Slow-nin夢爺の日日是好日
2025年最後の音楽活動はノコジョすなわち東京農工大学・女子美術大学混声合唱団の第67回定期演奏会でした。第28回(1985)の年に指導を引き受けてから実に41回目の演奏会になります。コロナ期に定期演奏会を組めず一度ジョイントコンサート形式で実施したため経年数と定期の回数に齟齬がありますが、いずれにせよ長きに亘る付き合いです。一言では語れない歴史がありました。理系と芸術系という異色の混成合唱団ならではの反目、意見の相違など紆余曲折の歩み。「離婚」の危機が何度かあったようです。最近では、やはりコロナ禍のため女子美の参加メンバーが激減し、合唱団の名称と実態との乖離、そして団全体の人的衰退によって活動の継続が危うくなりました。よく乗り越えたと思います。今回のプログラムに以下のようなあいさつ文を載せてもらいました。 夏合宿、今年度初めての練習参加です。驚きました。40名を超えるメンバーそれも女声が多い。1年生がどっと入団したんだそうな。 ボイトレ時に訊いてみると、中学校時代に学内の合唱コンクールの経験はあるけれど、高校には部活がなかったという答えが多い。つまりはコロナ禍の反動ということでしょうか。 練習をはじめてみるとアルトパートが特に分厚い。40年間余関わってきてここまでアルトが多いのは初めてかも。もっと声出してアルト、ではなく、アルトそこちょっと抑えて、って注意するのは殆んど初めてではないか! ここ数年、メンバーが少なくて苦労の連続でした。この欄も「この人数でよく頑張ったね」と褒めたたえ労う内容ばかり。潮目が変わったのは昨年あたりから。合唱も世につれ復活著しく、喜ばしい限りです。女子美生の新入メンバーも含まれています。農工生の女声の増加と相まって男声の人数を凌駕する合唱団になりました。女声が多い普通の混声合唱団になったね、との声がありましたが、本番ではその効果が想定以上の完成度をもたらしました。女声のハーモニーが美しくかつ重厚なのです。ホールトーンとの相性が良いのかもしれませんが、あの倍音の響きには驚嘆しました。ノコジョでは初体験かもしれません。男声はいつも通りのアンサンブルを心得た歌いっぷりで、とても良かったのですが、女声の引き立て役に終始しましたね。コンクールを目指す合唱団ではないので、とことん極めるシチュエーションにはなかなかならないのですが、今回は名演が少なからずあったと思います。私の関係者の感想は、特にソプラノの伸びやかさ、透明感を絶賛するもの多数。また、アルトの柔らかな声が素晴らしかったというコアな指摘はうれしかったですね。来年は12月27日だよ、ともらしたら友達連れてくる、とうれしいリアクションでした。当日ノコジョの現況の音楽的レベルを象徴する演奏だと思ったのは、アンコールで取り上げた混声合唱組曲『ティオの夜の旅』(木下牧子作曲)の第1曲目のアカペラ曲「祝福」です。厳粛の中にも教会音楽的な美しさと祈りの力強さを湛えた難曲をあそこまで歌い切ったことに感動しました。このところアカペラ曲を上手に歌えることを合唱指導の最重要ポイントにしているので、指揮者冥利につきる演奏でした。ノコジョの充実を誇りに思います。
私が詩に接する機会のほとんどが歌の歌詞としてです。そのため、詩句は楽曲の主要な構成要素である旋律に乗って登場し、作曲者の解釈とイメージ、つまり曲想とともに詩に向き合う訳で、その詩を好きになるかどうかは、曲想にもよるように思われます。「リフレイン」は、覚和歌子さんが作詩、信長貴富さんが作曲を手掛けた合唱曲です。もとは童声合唱として発表されましたが、後に混声合唱曲集『等圧線』の終曲として編曲されました。くりかえし 咲くつぼみくりかえし 実る枝と始まる覚和歌子さんの詩は、自然や人の生の繰り返される営みと「今」という瞬間の一期一会が、子どもでもわかる平易な言葉で綴られています。私が雲の描く景色に心惹かれ飽きず画像に納める理由(わけ)は「リフレイン」の最後の一節が語ってくれています。 何度でも くりかえす このときは たったいま このいまは いちどだけ本日クリスマスイヴ。このブログを訪れて下さる皆さんに信長さんの名曲「リフレイン」をプレゼントします。どうぞ良いお年をお迎えください。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com
エリザベート王妃国際コンクールのピアノ部門の結果が出た折、私はブログに次のように書きました。"久末くんの第2位は納得です。ブラームス絶品でしたね。悠揚迫らぬ演奏、圧巻でした。我が家では第1位でした。ナマ演奏に接する機会があったら是非聴きに行きたいと思います。"『どの花が一番きれいかって云われても ―エリザベート・ファイナルを聴いてー』ツツジが終わったあたりから次のアジサイの盛りまでの間、路傍の小さな花々に目が行くことが多くなりました。季節の代表的な花も良いですが、地べたを這うよ…ameblo.jpそれがとうとう12月2日サントリーホールにて実現したのです。チケットは完売 待望のサントリーデビューです。それでも空席が少しあったけれど、事情があって聴き逃した方々もったいなかったですね。現在日本人の唯一無二の若手ピアニスト!と断言したくなるほど素晴らしい凱旋リサイタルでした。Xをみると、同じような感嘆の言葉が並んでいました。それらの感想に共感しつつ私は修業を積んだ古武士または地道な研鑽にいそしむ有能な技術者のような風貌、立ち居振る舞いと、突飛な感想を抱きました。音楽に誠実に向き合い、真摯に取り組み、衒いや余計な粉飾を加えず、作曲家の意図を再現していく真に正統派のピアニストです。前回のショパンコンクールで本格的にピアノ音楽に目覚めた初心者の私には馴染みのない曲が多かったにもかかわらず、導入のラヴェルからアンコールまで耳を奪われ心をつかまれっぱなしでした。リストでさえ波が引いていくような静か終わり方で、聴衆に大きな拍手を求めるような派手なパフォーマンスの選曲でないことが、久末さんの優れた感性と知的な選択の結果だと、大いに好感が持てました。後ろの席に座っていた多少はピアノに縁があると思われる中年の女性グループ、開演間際まで大声でしゃべって騒がしいその連中が、休憩時に「まあまあだね」と上から目線の発言。驚いて思わず振り向いてしまいました。しかし、ベートーヴェンのソナタが終わった時は、リスペクト満載の興奮した歓声を挙げていたので「ざまあっ!」と密かにおもったことです。アンコールも心憎い演奏でした。 シベリウス:ピアノのための小品 Op.76-10 Elegiaco リスト:超絶技巧練習曲より 第12番「雪かき」 ブラームス:ワルツOp. 39-15それぞれの曲の良さを届けてくれる聴衆の身になった彼の演奏は人柄そのものです。滋賀県出身のため関西での演奏機会が多いようですが、また、彼の人柄に生の演奏で触れたいと切望しています。久末 航さんの真価を確認したエリザベート王妃国際コンクールのファイナルのコンチェルト演奏です。Brahms Concerto n. 2 in B flat major op. 83- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com
今年の11月は特に音楽関連のイベントが多くて、一つ一つの印象が薄い感じがします。記憶がどんどん上書きされていくようで、慌てて振り返ってみました。11月 1日:東京農工大学・女子美術大学混声合唱団(ノコジョ)練習 2日:T.K Chorus Crew(TKCC)練習 3日:リッチー4歳誕生日 6日:川口市民合唱団(KCC)練習 8日:クラーククラブ(CC)練習 9日:KCC 公民館文化祭出演 40分のコンサート。歌っている当人たちが一番楽しそう! 11日:アレクサンダーガジェヴ リサイタル 入魂の演奏 プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 op.83 「戦争ソナタ」 17日:KCC練習 18日:KCC 川口市民合唱祭出演 10分弱の演奏。伸びやかで存在感たっぷり。 19日:アレクサンダーガジェヴ デュオ・リサイタル 即興演奏にハマっているアレックス。面白い試みでした。 20日:KCC練習 22日:CC練習 24日:アレクサンダーガジェヴ コンチェルト スロヴェニア・フィルとの ラフマニノフ ピアノコンチェルト2番 絶品!録音・録画がないのが残念。一期一会の極楽。 26日:三大学ジョイントコンサート(JC)zoom打合せ 東北大・東大・北大のOB合唱団によるジョイントです。 2026年3月28日(土)府中の森芸術劇場 どりーむホール 改めてご案内します。 29日:CC練習は上記ジョイントコンサートの演奏曲 30日:ノコジョ練習9月くらいから音楽のトップシーズンに入りますが、今年は特に重なりました。一つ一つのイベントは充実していましたが、じっくり味わっている時間がなかったのは心残りです。あっという間に過ぎてしまいました。
年末恒例の演奏会といえば…いえいえ、第九ではありません。東京農工大学・女子美術大学混声合唱団定期演奏会!それも暮れの押し迫った12月28日(日)開催。私の記憶では12月27日開催は幾度かあったけれど、28日はもしかして初めてかもしれない。しかし、今回のトピックはそれだけではありません。まずは久々に50名を超えるメンバーが全ステージを歌います。女声に例年以上の新入団がありました。その結果、アルトの人数が史上最大数と思われ、ハーモニーの厚みがこれまでのノコジョと異なるような気がしています。それから今回のプログラムでは信長貴富氏の作品を2ステージ取り上げます。作曲家を重複してプログラムを構成することには音楽的に変化が乏しくなるリスクが懸念されますが、作品のタイプが異なること、そして何より、昨年逝去された詩人谷川俊太郎氏の詩を音楽化した作品を演奏したかったからです。また、演奏会場の風のホールは過去2度ほど使いました。何年も前のことで詳細は忘れましたが、キャパ625席の、音響なども含めて合唱演奏会にちょうど良いという印象が残っています。風のホール CONCERT HALL | 公益財団法人 三鷹市スポーツと文化財団mitaka-sportsandculture.or.jpアクセスは徒歩だと15分ほどですが、バスがホール前に止まりますのでお勧めします。アクセス | 公益財団法人 三鷹市スポーツと文化財団mitaka-sportsandculture.or.jp入場無料です。お正月の準備の手を休めて、若いハーモニーを楽しんでいただければ幸甚です。
11月2日、この日は午後から新しい合唱団の本格的な練習の初日でした。11時半には自宅を出なければなりません。準備をしながら、気がかりはついに7戦目を迎えたワールドシリーズ:ドジャース対ブルージェイズの試合。アマゾンプライムビデオのライブを視ながら、楽譜の確認や練習の段取りを考えます。ドジャースの先発は中三日の大谷翔平。絶好調とは云えない顔色と汗のかきかたが気になります。立ち上がり、ストライクが決まらない。ブルージェイズ打線は強力です。選球眼も良い。それでも1回2回はなんとかしのぎました。が、3回につかまりました。3ランを浴びて降板。がっくりと膝をつき、首を垂れる大谷の姿をあまり見たことがないので、ちょっと驚きました。ブルージェイズの先発はベテランの名投手マックス・シャーザー。初回の大谷のヒット後は3回までドジャース打線は音無し。勢いは大谷を降ろして明らかにブルージェイズにあります。ブルージェイズはしぶとく強かなチームです。シリーズを通してドジャースは押されっぱなしの印象。”ドジャース今回は負けかな?"そう思いながら自宅を後にしました。実のところ、ブルージェイズの戦い方がすっかり気に入ってしまって、勝負の行方にこだわりがあまりありません。どっちが勝っても後味が良さそう。移動中もほとんどスマホを見ませんでした。それぞれが1点ずつ加点したあたりで練習会場に到着。もう試合の行く末を気にしてもせんないこと。休憩の時は結果が出ているに違いない。と、せっせと練習に励みました。はじめの休憩時にスマホを見たら、なんと延長戦に入るところ。あらら、ドジャース追いついたんだ!へえー!そして次の短い休憩時、ケリがついたようでグラウンドに沢山の選手やスタッフがたむろしています。画面が小さくてどっちが勝ったのか判然としない。ん?ロバーツ監督が笑ってる?え?ドジャース勝った?「ドジャース優勝したみたいだね!」と合唱のメンバーに報告したけれど「そうなんですか」と頼りない反応。興味がなさそうなので、練習再開。(反省会へ向かう途中の夕空)終了後は反省会、打合せを兼ねた(?)飲み会です。実際合唱談義で盛り上がります。帰宅途中、とぎれとぎれの情報は得られるものの自宅に帰るまでどんな試合展開だったか分からずじまい。自宅のPCを起ち上げたのは日付が変わる直前でした。いやあ、凄い試合だったんですね。リアルタイムで見てたらドキドキどころじゃなかったでしょうね。9回と11回の攻防は何度見てもシビれました。ブルージェイズ、残念でしたね。ドジャース、よく勝ちましたね。というのも、データが2チームの対照的な試合運びを如実に示しているからです。AIが収集したものを再編集した両チームのヒット数、ホームラン数、得点のデータです。 ブルージェイズ ドジャース 1戦 TOR 11–4 LAD 14 H / 3 HR. 6 H / 1 HR. 2戦 LAD 5–1 TOR 4 H / 0 HR. 6 H / 2 HR. 3戦 LAD 6–5 TOR 15 H / 1 HR. 16 H / 4 HR. 4戦 TOR 6–2 LAD 11 H / 1 HR. 6 H / 0 HR. 5戦 TOR 6–1 LAD 9 H / 2 HR. 4 H / 1 HR. 6戦 LAD 3–1 TOR 8 H / 0 HR. 4 H / 0 HR. 7戦 LAD 5–4 TOR 14 H / 1 HR. 11 H / 3 HR. AIのまとめの言葉:「ブルージェイズがヒット数で上回り(75対53)、ドジャースが本塁打数で勝った(11対8)という対照的なシリーズ構図は、非常に興味深いです。」因みに総得点は ブルージェイズ 34点 ドジャース 25点つまりブルージェイズは概ね大差で勝ち、ドジャースは僅差で勝ったといえるでしょう。ドジャースの勝因の第1は山本の存在であることは誰しもが認めるところです。シリーズ3勝はMVP当然です。レギュラーシーズンではブルペンの不調のため勝ち星に結び付かない場合も多々あったけれど、先発投手陣の中で一番安定していました。勝因の第2はチームのメンタリティです。18回の延長戦をものにした第3戦といい、9回ワンアウトまで1点差で負けていた第7戦もしかり、あきらめることなく勝利を追求していく精神がドジャースのチーム全体で共有されていました。そのメンバーシップがブルージェイズを僅かに上回っていたと思います。しかも共有のされ方が、どうも日本の高校野球のそれに似ている。大谷翔平はじめ日本人選手の影響であることは間違いないでしょう。山本選手の中0日の連投はいかにも高校野球めいていますし、佐々木選手も同類でしょう。3人とも大学には行かず、高校卒業後すぐに日本のプロ野球チームに入団しています。大谷のみ甲子園出場。投手としては14回を投げただけでした。花巻高校時代の監督佐々木洋氏による『先入観は可能を不可能にする』(先入観を捨てることによって不可能が可能になる)という言葉は山本、佐々木両投手に共有されていたでしょうし、ドジャースの同僚たちにも影響を与えていたのではないでしょうか。『先入観は可能を不可能にする』この言葉に感銘を受けました。大谷の活躍はこの言葉の正当性を証明しています。正しく野球小僧(Baseball kid)です。そしてドジャースとブルージェイズの死闘は、野球小僧同士の不可能を可能にしようとする稀にみる試合だった。だから超絶面白かったのです。
いつ頃からだったか、潮目が変わる兆しはありました。「一葉落ちて天下の秋を知る」何が一葉だったのか自分でもよくわからないのですが、何か大きな変化が近いうちに起きると確信めいた感覚が湧いたのです。そのころから些細な用事や予定にドキドキする現象が。しかし直面してみるといたって冷静、というか平常心で臨んでいる。この気持ちはなんだろう。漠とした不安?いや、期待?それとも更年期!思秋期!加齢による動悸?つらつら思うに★レギュラーシーズン末のドジャースは確かにドキドキもんでした。大谷の不振、ブルペン崩壊!「なおエ」ならぬ「なおド」。ポストシーズン、ダメかなぁ。★ショパンコンクールもドキドキの種だったかも。映画『ピアノフォルテ』の続編を視聴しているような。馴染みのあるコンテスタントが落ちていく姿を見るのは辛いものがあります。☆2025年10月21日、日本で初めての女性首相が誕生しました。筋金入り(?)のノンポリティカルである私でさえ、この結果には期待を抱いています。ここに至るまでの経過には結構注目していました。なんといっても、目に余る数多の政治状況紆余曲折、泥仕合、迷走、独善、一進一退ステマ、フェイク、トラップ、オールドメディア…おかげでその手のボキャブラリが増えました。いらだち・腹立ちとともにドキドキも増えました。★私の動悸の大本の原因はこれですかね。期待したいがゆえにダメな時の落胆への恐れ。☆山本、佐々木、そしてスーパーヒーローのようなとんでもない活躍の大谷によって、ドジャースはリーグ優勝を遂げました。潮目が変わったのはどの時点だったのでしょう。25日からのワールドシリーズが楽しみです。野球に限らず、日本人選手の台頭がスポーツ界では珍しいことではなくなりました。うれしいことです。☆今回のショパンコンクール一押しの桑原志織さんは4位に入賞しました。優勝候補の一人と目され、実際素晴らしい演奏でした。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com3位以内に入れなかったのは、技術的・音楽的に不足があったからではありません。端的にいえば「ショパンらしさ」に欠けたからです。ショパンコンクールはショパンの作品のみの演奏で競うコンクールであり、「ショパンらしさ」は評価のもっとも重要な要素の一つです。思うに桑原さんの音楽的基盤はベートーヴェン、ブラームスといったドイツ音楽です。「ショパンらしさ」は桑原さんの対応力をしても会得しきれなかったのだと思います。インタビューで桑原さん自身が語っています。傾聴に値するインタビューです。↓- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.comコンクールの審査については様々な議論がありますが、私は今回の結果については概ね納得しています。というか、審査といっても客観的なものではありません。主観の寄せ集めであり、なにがしかのバイアスがかかっている。それを了解の上での納得です。桑原さん以外にも将来有望なピアニストに多く出会え、大変楽しませてもらいました。☆さて、高市内閣ですが、早速課題解決に着手しているようですね。驚嘆するほど明白に潮目が変わりました。党派や主義主張がどうであれ、日本人の安全と暮らしを守る政策を遂行してくれる限り、政治家高市早苗氏を見守り応援していきたいと思っています。「サナエあれば憂いなし」って上手いですね。実をいうとこの標語に感心して昨年から注目していたのです。不安のドキドキが希望のワクワクへと潮目が変わりました。※長年指導してきた合唱団を辞め、新たな合唱団を起ち上げた前後からドキドキがはじまったのだとしたら、世情の不安と私事の不安が同期して万事が揺らいだのかもしれません。今なお指導を続けている他の合唱団と同様に、新規の合唱団の安定した活動と音楽的な充実を目指して『スピード感をもって』邁進しようと思っています。夢爺は健在です!
公開初日、前回ショパンコンクールの裏側を描いたドキュメンタリー映画『pianoforte』を観てきました。昨年の11月、ポーランド映画祭で数回のみ上映された折りに観ていますが、10ヶ月を経てようやく一般公開されました。日本での公開が遅れたのは、おそらく主役6名の中に日本人がいなかったからでしょう。ショパンコンクールに挑戦してセミファイナリストまで昇りつめた〈かてぃん〉こと角野隼斗くんでさえ爪を切っている後ろ姿のワンシーンしか登場しません。日本人ピアニストの活躍ぶりを見たい向きには期待外れかもしれませんが、人生の機微に触れたい方には深い感動をもたらす作品です。私たち夫婦の一押しのピアニストが主役の一人だったことがこの映画を早々と観た理由ですが、私たちが殊更に感動したのは彼の活躍ぶりではありませんでした。私は前回の鑑賞の折にブログに以下のような感想を残しています。「コンクールのドキュメントは勝者の物語ですが、敗者の記録でもあります。映画の最後はファイナリスト12名が舞台に登場したシーンで終わりましたが、失意を抱えてワルシャワを去っていく若者たちの姿が思い出され、胸にきました。涙がこぼれそうになったのは、エンドロールで流れたノクターンNo.8の美しい旋律のせいばかりではありません。」そして今回、更に深い感動がありました。この感想は満更的外れではなかったようです。ヤクブ・ピョンテク監督へのインタビューで、彼は「負けた人」を描きたかったと述べています。「人生とは本質的に“負ける”ものです。これは負けることを描いた映画であり、勝たない状況に対峙する感情を映し出した映画なのです。」「アルトマン作品に影響を受けた」ショパン国際ピアノコンクールの舞台裏に迫るドキュメント「ピアノフォルテ」監督インタビュー : 映画ニュース - 映画.com多くの世界的ピアニストを輩出してきた、世界最古かつ最高峰の舞台であるショパン国際ピアノコンクールに挑む若きピアニストたちに迫ったドキュメンタリー「ピアノフォルテ」が公開された。ショパンの出身国であるポーランドの首都ワルシャワで、5年に1度開eiga.com私たちが注目したシーンについて、インタビュアーの的を得た問いかけにピョンテク監督が詳細に答えています。監督の主役たちに対するリスペクトと愛情が滲む言葉に感動を新たにしました。2025年9月26日全国順次公開映画『ピアノフォルテ』|『ピアノフォルテ』ヤクブ・ピョンテク監督インタビュー「勝たないピアニストを描きたかった」2021年に開催されたショパン国際ピアノコンクールに挑んだコンテスタントたちを追ったドキュメンタリー映画『ピアノフォルテ』が、9月26日より全国順次公開されます。主役となるのはエヴ...ontomo-mag.com前回のブログを、私は以下の言葉で閉じました。今回さらに強調しておきたいと思います。「この映画は成長、挑戦、青春、音楽、挫折、再生など、人生の様々な要素を描いています。音楽家を目指す若者たちだけではなく、生きる意味や生の充実を求めるすべての人に推奨します。国際エミー賞を受賞した内容の濃い作品であることは間違いありません。」『pianoforteにまつわる記事三題 その1』まず直近から11月28日エビスガーデンシネマにてドキュメンタリー映画『ピアノフォルテ』を観てきました。ピアノフォルテとは鍵盤楽器の一種。一般的には「ピアノ」と…ameblo.jpエンドロールに流れる「ノクターンNo.8 Op. 27 No. 2」の演奏者は誰でしょうか。ご存じの方ご教示ください。
《昨日》9月7日(日)フォーレのレクイエムをもって成城合唱団の常任指揮者を退任。客席にいた井上道義さんに報告すると、機嫌よくツーショットでカメラに納まってくれた。『最終章 ~小澤征爾氏に捧げる~』9月7日(日)14時開演 於:成城学園澤柳記念講堂記念コンサート in 成城プログラム・ベートーヴェン:「エグモント」序曲・ベートーヴェン:交響曲6番「田園」…ameblo.jp《今日》9月14日(日)クラーククラブ第13回演奏会、2ステージ合唱団員、2ステージ指揮者、酷暑残暑のせいか前回より疲労感強い。集客力は落ちたが評判は良かった。合唱団の世代交代とアンチエイジングは効いているが、リピーターの高齢化による聴衆の減少は否めない。SNSを活用してクラークの活動をもっと世に知らしめるべきだと痛感。聴くに値する演奏ができたのではないか。娘家族が聴きに来てくれた。リッチーもなんとか聴いていたようだ。ドレミファソまでと5の指まで覚えた、声が大きい、歌が好き、ごみ収集車が大好きで「好きです カワサキ 愛の街」を愛唱している、と、ばあばじいじを喜ばせている。『クラーククラブ第13回演奏会 ~ノスタルジーを歌う~』ノスタルジーとは何かとAIに訊いてみました。即座に”単なる「懐かしさ」以上に、「失われたものに向ける愛惜」と「帰れないことの痛み」が織り交ぜられた複雑な感情”…ameblo.jp《明日》9月21日(日)ノコジョのOBOG有志により新たな混声合唱団誕生。主宰に祭り上げられ、浮かれて大ぼらを吹いた。が、早速練習会場探しという難題が待っていた。成長発展する組織は、以下の条件を満たしているという。1.理念の共有ができている2.個人の意思による参加型の組織である3.活動に一貫性がある練習会場確保や組織作りなど実際の作業でメンバーシップが発揮される様子を実見。成長発展する組織の条件は揃っているのではないか。SNSやAIを活用するアイデアに富んだ新しいタイプの合唱団にしたい。 ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬ ♬結局、ずうっと続けてきたのは合唱の指揮だ。正確には合唱指導というべきか。続けながらもずうっとほかの生業にもかまけてきた。要するに生活のためだ。どれも片手間で出来た訳ではない。色々なことから解放されたのはつい最近のこと。約40年間素晴らしい音楽体験、至福の時間を過ごさせていただいたが、演奏家として世間に出ていた訳ではない。30年教員をしていたが、熱血でも有能でもなかった。苦労より楽しさが勝っていたから続いてきた。それが《昨日》までのこと。これからは合唱指揮一本で行きたい。明日77歳の誕生日を迎える。信じられないが『喜寿』だ。《明後日》あと何年活動できるだろう。小澤さんとツーショットの秘蔵写真
ノスタルジーとは何かとAIに訊いてみました。即座に”単なる「懐かしさ」以上に、「失われたものに向ける愛惜」と「帰れないことの痛み」が織り交ぜられた複雑な感情”とのご回答。さすが!そうだよね、多かれ少なかれ「愛惜」と「痛み」が交ざっているんだよね。今回、コンサートの練習時、時折私の心をざわつかせるのは何故なのか、少しばかり心が痛いのはどうしてなのか、とぼんやり思っていました。それはAIが指摘したように、今回の選曲の曲調に対して、単なる「懐かしさ」以上に「愛惜」と「痛み」が複雑にまじりあった感情がざわめきの理由だったのでしょう。何か具体的な記憶が生じていなかったにも関わらず心が揺れたので気持ちの正体が掴めなかったのです。そしてざわめきを鎮めるためには、どうやら、歌うのが一番効き目があるらしい。歌には、決して戻ることができない過去を思い起こすことに伴う痛みを癒す働きがあり、だから私たちは歌うのかも知れない。だって昨日のことだって、もう取り返しがつかないのだから。第13回演奏会のプログラムの基調は「懐かしさ」でした。『あの日たち』『あの頃へ』はステージ名からして追憶への誘いで、シベリウスでさえフィンランドの昔話であり、『方舟』は大岡信の少年期の幻想を歌っているという具合。私たちの演奏が何がしかお客様の心に響いたのだとしたら、それは全編漂っていたノスタルジーのおかげもあったのかもしれません。それを支えた渡辺研一郎氏の繊細で美しい伴奏に一期一会の儚さが潜んでいたように思われます。お客様の「選曲が良かった」との感想が、私には特にうれしい言葉でした。選曲の意図が伝わったと感じたからです。それから『方舟』という難曲の私なりの解釈と音楽づくりがまずまず実現し、私自身納得できたことは指揮者として大きな収穫でした。これは歌い手であるメンバーたちの集中力と、渡辺研一郎氏のアンサンブル能力の高さ、優れた音楽性があったればこそです。クラーククラブは音楽的意識が高い素晴らしい合唱団だとつくづく思いました。初めてクラークの合唱を聴いた知人が「知性、教養の輝きは色褪せない」と感じたそうです。『方舟』の第1曲「水底吹笛(すいていすいてき)」の印象的な一節を紹介します。 うしなったむすうののぞみのはかなさが とげられたわずかなのぞみのむなしさが
9月7日(日)14時開演 於:成城学園澤柳記念講堂記念コンサート in 成城プログラム・ベートーヴェン:「エグモント」序曲・ベートーヴェン:交響曲6番「田園」・フォーレ:レクイエム成城合唱団はフォーレのレクイエムを歌いました。オケは小澤さんとの繋がりで新日本フィルハーモニー指揮は小澤さんの弟子筋の村上寿昭氏ソプラノは成城学園出身の三宅理恵さんバリトンは合唱団と縁が深い青山貴氏故小澤征爾氏生誕90周年に捧げる特別音楽会はチケットほぼ完売。小澤さんに何らかのゆかりある学園の卒業生や保護者、教職員、成城の住人の方々で記念講堂が埋め尽くされました。聴衆のみならず、出演者、関係者、主催者、実行委員会のメンバーらの小澤さんをめぐる様々な想いが交錯し、互いに旧交を温める特別なイベントになりました。何より小澤さんがもたらした至福の時代を享受した人々の感謝と追憶の会だったのです。そして、この演奏会をもって私は成城合唱団常任指揮者を退任しました。1988年、否、さらに遡る1982年、成城学園初等学校へ音楽科の講師として着任して、ほどなくご縁ができた小澤征爾さんとの長きに亘る交流に最終のピリオドが打たれたのです。澤柳記念講堂は音楽演奏を主眼として建てられたホールではないため、本格的な演奏会を催す時には様々な工夫が必要です。今回の合唱団の演目であるフォーレの「レクイエム」は音響的に特に難物の選曲でした。フォーレの「レクイエム」は静謐で繊細な祈りの曲です。響きの良い音楽ホールならピアニッシモはピアニッシモで歌えば良いのですが、ここではオーケストラでさえ紗幕の向こうから聴こえてくるようなくぐもった音になる。ある程度想定はしていましたが、弱奏を基調とした曲のため、本会場でオケ合わせをするまでは通常のダイナミクスで仕上げるのは当然です。客席でバランスチェックをしていた新日フィルのコンマス崔文洙さんと相談して合唱もオーケストラも、指揮者が驚くほどずいぶん思い切った音量で演奏することとなりました。いかに美しいピアニッシモを奏でたとしても、聴こえなければ意味がありません。結果的になかなか明快なフォーレでした。明るくて陽気な小澤さんにふさわしいレクイエムになったということでしょうか。心のこもったとても良い演奏だったと思います。私の成城合唱団での最後の仕事でした。小澤征爾先生と成城合唱団には深く深く感謝いたします。長い間ありがとうございました。今のところサバサバした心境です。たまたまですが、新しい合唱団を起ち上げるプロジェクトに参画しています。その初会合が9月21日にあります。そして、9/14はクラーククラブの第13回演奏会です。感傷にひたってるヒマはありません。
月に3度ほど訪れる川口市。JR川口駅西口側は、私にとって空を眺める好きな場所の一つだ。おおむね夕方時に「絶景」を堪能する。絶景と思う理由の一つは、電線が邪魔しないからだ。360度に広がる空の雄大さを実感する場所は身近には案外ない。高層のビルがいくつか立っているが、夕日を背にシルエットを浮かび上がらせ、むしろ風情がある。15分ほどの間に、空の模様は静かにしかし大きく変化する。夕焼けは、なぜか懐かしい。懐かしさのテイストは毎回異なる。この日はウイーンを感じた。実際に見た光景ではないかもしれない。8月はセンチメンタルな月だ。だが、私の「夏の思い出」は具体性に欠ける。なんというか、全身で感じた夏の味わいとでもいおうか。翌日の夕方、自宅付近で電信柱と張りめぐらされた電線を撮った。これも悪くない。固形物のような雲の塊も撮った。スマホでは立体感は出ていなかった。川口 8月7日 立秋夏が終わっていた。
百日紅盛夏にふさわしい2月に生の演奏を聴きました。唖然!呆然!!想定を超える天才ぶり。しかし小柄で童顔、高校生にしか見えない。どこかオドオドしていて大丈夫?と声をかけたくなるようなステージ姿。それがピアノの前に座ると圧巻の演奏を繰り広げる確かな技巧、瑞々しい音楽性。何なの、この子は!2025年2月19日 ミューザ川崎のピアノリサイタル・シリーズ夜ピアノに登場したケヴィン・チェンはその衝撃の演奏と、出入りや挨拶で見せるうぶな姿とのギャップで強烈な印象を残しました。8月3日 日本時間午後11時にスタートしたドゥシニキ音楽祭(ポーランド)のケヴィン・チェンのリサイタルの配信を視聴しました。まあ、とにかくご覧になってください。2月19日とほぼ同じプログラムです。そのためもあってか、まったく同じ感想です。彼が真正のピアノ演奏家であることに確信を持ちました。Recital fortepianowy - 80. MIĘDZYNARODOWY FESTIWAL CHOPINOWSKI | DusznikiKEVIN CHEN- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com2月19日の私の感想です。『pianoforte その4 ケヴィン・チェン』ケヴィン・チェン初来日の最後は川崎ミューザ夜ピアノシリーズの第5夜のリサイタルです。先行して行われたコンサートの評判が異様に高かったので、それを確かめるため…ameblo.jp彼が次に日本にやってくるのは今年の10月だそうです。10月といえばショパンコンクールの本選ですよね。ファイナリストになって入賞すれば、色々忙しいだろうと思うのですが、スケジュール大丈夫なんでしょうか。10月3日から始まって10月23日の入賞者披露演奏会最終日まで拘束される可能性高いですよね…と、余計な心配をしています。
天候が荒れ気味の年は世情も何かと荒れ気味のような気がする…とAIに尋ねたら、まんざらでもない回答がありました。《AIの回答》 低気圧や曇天、雨の日には、セロトニン(精神を安定させる神経伝達物質)の分泌が減りやすく、 → 気分が沈んだり、イライラしたりしやすくなります。 気圧が下がると身体にも微細なストレスがかかるため、 → 頭痛、だるさ、不安感を訴える人が増える傾向があります。 米国の研究では、猛暑や嵐の時に暴力事件や事故が増えるというデータもあります。 荒天が続くと、人々のストレス耐性が下がり、対人関係もギスギスしやすくなるとも言われています。《予兆1》数日前、雲の変化がめまぐるしく短時間に様相が変わって行くのを目撃した時、世の中がまさしく「風雲急を告げる」事態になるのではないかと、ふと思いました。天候が人心に影響を与えるのだとしたら、この空模様によって変容する人の心の集積によって、今までにない変化が生じてもおかしくはないでしょう。ただ、必ずしも悪い予感とは思えなかったのは、私が雲フェチだからかもしれません。「一葉落ちて天下の秋を知る」神経過敏あるいは杞憂、と片づけていいのだろうか。《予兆2》映画『国宝』は確かに素晴らし作品です。「社会現象」といっても過言でないほどの人気沸騰は、多くのひとの心に響く「何か」があったからであることは確かでしょう。その「何か」は日本人としてのアイデンティティの覚醒を促す「何か」です。思えば私たち日本人は、世界に類を見ない文化の中で生きてきて、類を見ないことに劣等感を抱かされてきた。それが海外からの理解と高評価の流れの中で、類を見ないことが誇らしく感じるようになった、その矢先の映画『国宝』ではないか。おそらく「職人魂」に象徴される日本人のDNAに色濃く内在している精神と相通ずる作品と云って良いと思います。表層的には伝統への回帰といえますが、グローバリズムの潮流に流されまいとする確固たるアイデンティティへの希求の現れではないか。《予兆3》10年位前からでしょうか、ほとんどテレビを見なくなったのは。それまでも朝ドラか気に入ったドラマ、サッカーなどのスポーツ中継くらいしか視聴していなかったけれど、その頃からニュースや朝ドラさえ見なくなりました。新聞もとっていないので、情報の窓口はSNSのみとなりました。何か特別な理由はなく、敢えて言えばテレビが「面白くない」につきます。2011年12月からブログを始め、その流れで情報の収集はインターネット主体になりました。youtubeの動画から面白そうな映画のクリップをみてアマゾンプライムで全編を見るといった具合で、PCやスマホで情報もエンタメも事足りるようになりました。そして、AIの登場。資料を求めると、数秒のうちにコメント付きで出てくる。日進月歩で精度がどんどん上がっている。勿論、情報の偏りやフェイクもあるので丸ごと信じることはできないけれど、判断の材料にはなる。これはいわゆるオールドメディアでも同様ですが、同じような主旨・論調で提示されると比較検討が難しくなることは確かです。一方、ネットの情報ははるかに多様だが、視聴者が好む番組を優先的に表示する仕組みによって「同じ主旨・論調」の番組を知らず知らずのうちに享受して、いつの間にか判断に影響を与えられる。いずれにしてもしっかりとした情報リテラシーが必要であることは、今回の参院選でも痛感したところです。しかし情報をめぐる現況・問題点が浮き彫りになった機会でもありました。一番懸念を感じたのは、情報には国境がないということです。何か良からぬ狙いをもって日本人向けの情報番組をアップしてくる海外の人物・組織の存在を感じます。今のところそれらの番組のほとんどは出来がよくないので峻別できますが、見分けがつかないくらいの番組が登場するのは目前ではないか。
北大合唱団東京OB会 クラーククラブ第13回Clark Club演奏会日時:9月14日(日)13時30分開演会場:太田区民ホール アプリコ大ホールチケット:全席自由席 ¥1,500お問い合わせ公式サイト:http://hmcobclark.club/メール:infotokyo@hmcobclark.club推定平均年齢73歳の男どもが奏でる男声合唱ならではのハーモニーをご堪能下さい。 クラーククラブでは単独の演奏会に加えて、ほぼ4年毎にOBが一堂に会する札幌での演奏会とそれらの準備期間(1年半から2年)を想定して演奏計画を立案するのですが、今回はOB演奏会の丁度1年後というタイトな 準備期間になりました。前回までと同じ会場の確保が出来て良かったのですが、少ない練習回数を考慮しつつ演奏曲を精選しなければなりませんでした。各ステージのご案内です。第1ステージ:『あの日たち』は指揮者として招聘する北海道在住のメンバーが学生時代に歌った曲。どこかタダタケ 作品を思わせる重厚なハーモニーと夭折した詩人立原道造の繊細で瑞々しい詩句が独特の世界を構築しています。第2ステージ:『あの頃へ』~南のうた北のうた~は、昨年出版された『北のうたびとたち』(『北の吟遊詩人たち』 改題)を元に、故郷を離れた人々の郷愁と半生をストーリー風に構成したJPOPステージ。『北のうたびとたち』は 札幌のOB演奏会で演奏しており、南のうたを加えても短い準備期間で完成度を高められると見込んで選びました。第3ステージ:『シベリウス男声合唱曲集』は今回指揮者のメンバーが在学中歌った作品。プログラムの「起承転結」の「転」として海外の作品を選びました。シベリウスの音楽は練習を積むほどに面白く、聴衆の皆様にもその魅力をお伝えできればと願っています。第4ステージ:『方舟』は昨年のOB演奏会にて百数十名で歌いました。技術的にも表現的にも高度なものを含む作品で、クラークとしてやり残した感を少し抱きながら札幌に向かいましたので、今回再挑戦の気持ちを持って首都圏で初めてご披露します。
”Blut ist dicker als Wasser.”(血は水よりも濃い)元々はドイツのことわざだそうです。広辞苑によると「血筋は争われず、他人よりも血縁の人とのつながりの方が強い」の意。歌舞伎の世界に切り込んだ映画『国宝』は、この血筋を軸に二人の歌舞伎役者の友情と葛藤、栄枯盛衰を描いた豪華絢爛・映像美に満ちた作品です。6月6日公開のロングランヒットで、さすがに上映期間がそろそろ終わるのでは、と思い、7月2日観に行きました。平日の17時過ぎからの上映で、満席ではないもののお客はそこそこの入りでした。50年にわたる歌舞伎役者の人生を描くため、180分の長尺とはいえ、展開が速く、せりふも必要不可欠のものだけ、その分歌舞伎のシーンが多くを語ります。主役に限らず役者の力量が問われる作品でした。監督の采配があったればこそでしょうが、役柄の軽重や登場時間の長短を問わず、役者それぞれの存在感が活かされており、この映画の大きな魅力の一つだと感じました。歌舞伎という特殊な世界を映画の手法で表現し、歌舞伎役者も映画俳優が演じました。当然とはいえ、主演の二人にとっては苛酷な撮影だったに違いありません。歌舞伎の「通」から見れば歌舞伎のシーンに違和感や寒々しさを覚えるのかもしれませんが、私はあそこまでよくやったと感心しました。映画俳優の仕事は、与えられた役に命を与えることです。『国宝』でいえば“歌舞伎役者”という役を演じることです。それは歌舞伎役者になることを意味しません。虚実皮膜つまり映画という虚構と現実の歌舞伎の間にこそ、『国宝』という作品の真実がある。その意味では全編にわたり肉薄しようという意志とこだわりが感じられ、それが成功した素晴らしい映画作品だったと思います。芸の力量で後れを取ってしまう名門の御曹司と、芸の上で常に注目を浴びるものの血筋を持たない養子、この対照的な二人の織りなすドラマが歌舞伎のシーンに滲み出ているように思われ、それぞれの心情に心打たれました。勿論歌舞伎の素晴らしさは本物の舞台をご覧になるに如くはありません。これまで歌舞伎にあまり縁がなかった若い人たちの入門編として格好の作品だと思います。180分は長いですが、緊迫感が持続して冗長ではありません。ただトイレは事前にすっかり済ました上、上映中のドリンクは控えた方が無難です。私は5分ほど中座してしまいました。(笑)私の歌舞伎との出会いは45年前、サンシャイン劇場で上演された坂東玉三郎さん主演のオペラ『カーリューリヴァー』(ブリトゥン作曲)に修道僧の一人として出演したのがきっかけです。様々なジャンルに挑戦していた坂東玉三郎さんは声楽のレッスンも始めており、その先生が私の師匠だったこともあり、近しく話を伺う機会がありました。「私の声はハイバリトンらしいの」と嬉しそうにおっしゃっていたことを覚えています。その2年後、今度は妻が日生劇場の坂東玉三郎さん主演『王女メディア』にコロスの一員で出演し、夫婦そろって親しくさせていただくようになりました。それから、玉三郎さん出演の演目があれば、歌舞伎座や新橋演舞場など歌舞伎の本舞台を拝見するようになりました。しかし、当時、オペラを中心に西洋音楽を修業中の身には、舞台や衣装の美しさは感じるものの歌舞伎の魅力はおろかセリフやストーリーがちっとも入って来なかったのが正直なところでした。それが数十年の後長い間ご無沙汰していた歌舞伎座を訪れた折、何故かセリフも内容も理解できることに気がつきました。舞台は結構観てきましたが、現代劇や翻訳ものがほとんどで、歌舞伎にはあまり接していません。ですが、わかる、すんなり芝居に入っていける。私の心の奥底にあるDNAのスイッチが入ったのか、日本人としての血が覚醒した、すなわち「血は水よりも濃い」ということなのか。歌舞伎が、少なくとも、私のアイデンティティの一部を成していると確信しているようなのです。※追加情報:私の言いたいことを簡潔に述べてくださった大変的を得た評を紹介します。映画「国宝」に心を鷲づかみにされた! 湯山玲子が綴る吉沢亮のあっぱれな役者魂、歌舞伎という芸術の見事なエンタメ化 | Mikiki by TOWER RECORDS 吉田修一の小説「国宝」は、出版された直後から、周囲の歌舞伎好きの間で話題となった小説だった。小説家本人が黒衣の姿に身をやつして舞台の裏事情までをも体験取材し、描ききった世界は非常に説得力があり、〈語ら...mikiki.tokyo.jp
先週の月曜日頃からでしたか。梅雨入りが宣言されたにもかかわらず、30度を超える真夏日が続きました。気がつくと冷蔵庫の氷の出来がはかばかしくない。全体の冷えも鈍い。ある程度ストックされていた氷はこの暑さで瞬く間に使い切ってしまいました。取説を見ると、急に暑くなったりすると冷却能力が落ちる場合があると書いてある。色々いじったり、ほこりや汚れを取ったり、しかし回復しません。製氷は完全ストップ。やむなく袋入りの氷を購入。「売ってる氷って溶け易いね」飲み物に浮かべた氷の効果があまり続かない。しかも、購入した3袋目4袋目の氷は冷凍室に格納してもジワジワ溶けて来る!これって、もしかして寿命?事ここに至って初めて疑いが。夫婦揃ってまだ一時的な不具合だと思いたくてグズグズ。だが野菜室の葉物がまず劣化、つぎに冷凍品が次つぎ溶けてきた。ヤバい!冷凍エビのストックが多い。大急ぎでエビマヨを、翌日は海老ちりを大量に作りました。肉を煮たり蒸したり、魚を焼いたり、残った卵6個は茹でて、などして3日続けて冷蔵庫一掃メニューが、食べきれない…もう買い替えるしかありません。しかし年金暮らしにこの出費は痛い!とはいえ現有の400リットル超は不要だとしても、半分の200リットルではどうにもおぼつかない。量販店で現物を見、店員さんに説明を受けながらも決めかねます。あれこれ調べるうちに、ひん死状態の冷蔵庫はなんと22年前に購入したものであることが判明。驚きました。何故ならこの22年間全くの故障知らずで来たのです。だから故障など思いもよらなかった。冷蔵庫の寿命は一般的に8年から12年だというから、倍近く持ったということでしょう。これは驚異です。量販店をうろついてて気がついたのですが最近は海外ブランドの家電が多く出回っている。魅力は何といっても価格。国内メーカーの同等品と比べて2割は安い。正直、迷いました。しかし、我が家の2003年製造を知るに及んで、同じ国内メーカー東芝の製品を少し無理してでも購入しようと心に決めました。300リットル超でお買い得品はないか。ありました、ピッタリなのが。勿論東芝製品。幅と奥行きは同じ、機能もほぼ同等。高さは15cmほど低いでしょうか。その分100リットル容積が少ない。念のため同じメーカーの製品を見て回っていたら、なんと22年前と同じデザインの冷蔵庫を見つけました。容量も同じ。細部に多少の違いはあるものの外観は変わらない。変わらないのは変える必要が無いからでしょう。東芝のモノづくりの姿勢に感銘を受けました。22年前私はとても良い買い物をしたのです。300リットルに戻り、早速購入の手続きを進めたのは云うまでもありません。今回も良い買い物になるはずです。今時、冷蔵庫が私たちの生活になにより不可欠な存在であることを痛感しました。食品や食材の保存に欠かせないだけでなく、よく冷えた飲み物が私たちの生気を蘇らせる力は絶大です。それを失って改めて思い知った。冷蔵庫の中身の断捨離を決行。捨ててしかるべきものが大量にありました。棚やケースなども水洗いをして交換に備えます。柄になく、ひん死の冷蔵庫を愛おしんでいる自分に気がつきました。ま、22年間つつがなく勤めてくれたのですから、感謝の気持ちが湧いてくるのは不思議ではありません。2005年公開の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で鈴木家が冷蔵庫を購入するエピソードが描かれています。鈴木家はそれまで氷を冷却に用いるいわゆる「氷冷蔵庫」を使っていたのですが、六ちゃんが食あたりを起こしたことから電気冷蔵庫に買い替えることになりました。届いた光景を氷屋さんが自転車を止めて寂しそうに見ているシーンが印象的でした。この時代の変わり目を丹念に描いていました。昭和33年のお話です。 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』本日我が家にも新しい冷蔵庫が届きました。製氷機の構造がほぼ同じで、早いペースで快調に氷を作ってくれています。これで今年の夏も何とかのり越えられそう。冷蔵庫不調騒ぎの最中に、訃報が届きました。同期のMが昨年9月20日逝去したというのです。知らせてくれた同期のHがMにメールで連絡しても返信がないので、同期のFに尋ねたところ昨年暮れに奥様から喪中のはがきをもらったとのこと。同期といっても、お互い私生活に首を突っ込まない間柄でした。仲が悪いという訳ではなく、人との関わりに淡々としているタイプが多いというべきか。2023年12月、24年4月、そして24年9月と立て続けに3名の同期が亡くなりました。最初に亡くなったNが淡々としている同期の唯一の求心力でした。Nが発起人になっては2年に一度くらいに旧交を温めることができたのです。その肝心のNを失って、おろおろしているうちに次々と同期生が亡くなってしまった。首都圏在住の同期が集まったのはコロナ禍が広がり始めた2020年3月が最後でした。後期高齢を迎えたら何が起こっても不思議はないと思います。覚悟というか、誰にとっても遅かれ早かれ終わりが近いことは十分心得ている。それでも一人一人との間に悔いが残ります。一言でいえばもっと色々と語り合いたかった。まずまず綺麗な状態で、旧冷蔵庫は運ばれて行きました。多少の感傷があっても冷蔵庫なら買い替えれば済む話。しかし、袖すりあった人たちに代替えはない。他生で縁があるのでしょうか。あってもまた淡々としそうだけど…※そういえば日本で初めて電気冷蔵庫を製品化したのは東芝だそうです。
エリザベート王妃コンクールのクロージングコンサートを聴くためにベルギーの放送局のサイトを訪れた際、興味深い記事を見つけました。表題は”エリザベート王妃コンクールにおける差別と認知バイアス?”Discrimination et biais cognitifs au Concours Reine Elisabeth ? - RTBF ActusDans la nuit de samedi à dimanche dernier, l’édition 2025 du Concours Reine Elisabeth consacrée au piano a livré son...www.rtbf.beライターはMusiq3で番組を持っているピエール・ソロさん。ソロさんはピアニスト、俳優、ラジオパーソナリティ、そしてコラムニストでもあります。AIによる仏語から日本語への翻訳なので誤訳と思われる個所が散見されるけれど、内容はなかなか鋭い論評です。(誤解される恐れがある翻訳については訂正し下線をしました。)注目したのは、前回の私のブログ「どの花が一番きれいかって云われても ―エリザベート・ファイナルを聴いてー」で私が同様の指摘をしていたからで、多くの点で共感できるコラムでした。『どの花が一番きれいかって云われても ―エリザベート・ファイナルを聴いてー』ツツジが終わったあたりから次のアジサイの盛りまでの間、路傍の小さな花々に目が行くことが多くなりました。季節の代表的な花も良いですが、地べたを這うよ…ameblo.jpソロさんのコラムは以下のようにはじまりました。”15年間で女性がこの栄誉(1位から6位入賞)を獲得したのはたった一人であることを改めて認識させました。これは、単なる偶然の一致という枠をはるかに超えて、かつては非難の余地がないと考えられていた審査員の偏見と透明性について、疑問を投げかけています。” バイアスとは「偏向」という意味。ソロさんの指摘は審査結果に性差別が疑われるということです。エリザベートでは、性差別を防ぐため、審査員の男女比を同数にしています。女性7名、男性7名に審査に加わらない審査委員長1名で構成。また、審査内容について審査員同士だけでなく他との意見交換を固く禁じられている。点数で評価し、終了後即座に回収・集計され、実際、時間を置かず結果が発表されました。認知バイアスとは、AIによると「人間の思考の癖や偏りによって、客観的な事実を正しく認識できず、不当な判断や意思決定をしてしまうこと」無意識無自覚に物事の判断をしてしまう思考の偏りですので厄介です。14名によるコンクールの審査ですので、各々が性差別したつもりがなくても集計してみると偏向が浮かび上がる。また、演奏順が遅い方が入賞する確率が高いといわれます。ソロさんはいいます。”私たちは専門家による審査員を招集することで客観性が高まるという信念を抱いていますが、それは幻想です。”そして続けて”エリザベート王妃コンクールの審査員は、他の皆と同じように、おそらく無意識のうちに、認知バイアスや判断の歪みに満ちている。私と同じように、すべてのリスナー、すべての視聴者と同じように。認知バイアスは、個人の精神構造が複雑に絡み合った結果である。”ソロさんは、エリザベート王妃コンクールの信頼性が危ぶまれることを懸念して、他の主要なコンクールと同じように審査の採点の公開を提案します。少なくとも透明性は担保され、各審査員の判断の偏りを可視化できる。差別は「性」だけではありません。出身国、人種、宗教なども根深い差別の歴史があります。数種のバイアスが絡み合って、意識的・無意識的に差別感情が形成される。可視化は出来ても、差別感情を克服することは極めて困難です。ソロさんは言及していませんが、今回第1位から第4位までの入賞者の内、第2位の久末氏を除く3名は同じ先生の門下です。優秀な先生といえばそうなのでしょうが、忖度とまではいかないまでも、認知バイアスが働いた疑いを拭い去ることはできません。勿論その先生は審査員ではありません。しかし私は、コンクールの結果を否定している訳ではありません。そもそも、音楽を客観的に評価することには無理があります。専門家であろうと感情つまり主観で音楽を受容するのです。音楽経験を積み、包容力が増えたとしても、客観性は有意には高まらず、根本にあるのは主観です。結局、コンクールは将来性が見込まれる若き演奏家を見出す装置に過ぎません。入賞、入賞外に関わらず、その後どうなるか、素晴らしい演奏家として活躍するのか、がコンクールの評価を決めるのです。その意味で、やはりエリザベート王妃コンクールは最難関の素晴らしいコンクールでした。ファイナリストたちは皆、将来を嘱望される演奏家です。私の主観が太鼓判を押します。(上から目線は認知バイアス?)最後にピエール・ソロさんが久末航さんのファイナルのコンチェルトの演奏をどう評価したかを紹介します。「彼は壮大で壮大な物語を劇的な力で語りました。彼自身は物語の主人公ではなく、いわば古代の語り手でした。彼は『アエネイス』を語るウェルギリウスであり、アキレスとユリシーズを語るホメーロスでした。オーケストラが彼の語りに深く入り込み、追従しているのを感じました。第3楽章にはクラリネットによる魔法のようなパッセージがありました。つまり、ブラームスのコンチェルトの非常に完成度の高い演奏でした」とピエールは説明し、こう締めくくっています。「彼は最後の演奏順でしたが、それが二位を獲得した理由ではありません。彼は本当に音楽部門で二位を獲得したのです」
ツツジが終わったあたりから次のアジサイの盛りまでの間、路傍の小さな花々に目が行くことが多くなりました。季節の代表的な花も良いですが、地べたを這うようにひっそりと咲いている姿にはどこか心打つものがあって、その健気さに毎度ちょっぴり感動します。動物の種類の多様さにも感心しますが、動物以上に植物の多種多様なありようには驚嘆します。花は生命を繋いでいくために咲くのでしょうが、その色や姿かたちは千差万別。ガクアジサイの実物を初めて見た時、その宇宙ステーションのような姿に、驚きというより、何故こんな形に、と首をかしげました。今でもこの造形の妙に感動します。『みんな違ってみんな良い』エリザべート王妃コンクール(ピアノ部門)が終わりました。今回初めてファーストラウンドから成り行きを追いました。ショパンコンクールも苛酷ですが、それ以上にエリザベートはコンテスタントに慄然とするほどの試練が与えられます。まず驚いたのはそれに挑んだ日本人6名のコンテスタントが全員セカンドラウンドに進んだことです。ピアノ音楽全般に初心者である私の耳でさえ納得の行く結果でした。特に一番人気の亀井くんの演奏には感銘を受けました。素晴らしい演奏でした。今回随一の出来ではなかったか。それから桑原さんと久末くん、初めて聴きましたが、堂々たる完成度の高い演奏でしたね。日本人の層の厚さにうれしい驚きと共に頼もしく思いました。そしてファイナル。なんと4名の日本人が残りました。シャペル幽閉という息の詰まるような期間の後の本番。メンタルの強さ必須!いやいや、12名全員良く弾いていました。これで順位をつけるのはほとんど不可能に近い…。どんな評価が下されるのだろう。ベストスリー内に日本人の誰かがはいるだろうとは思いましたが。結果で一番意外だったのは第1位になったオランダの若者です。正直なところ視野に入っていませんでしたので、リアルタイムどころかアーカイヴさえ聴き逃していました。順位が発表になってから初めて聴きましたが、ウ〜ン、良かったけれどね…。スター性はありそう。久末くんの第2位は納得です。ブラームス絶品でしたね。悠揚迫らぬ演奏、圧巻でした。我が家では第1位でした。ナマ演奏に接する機会があったら是非聴きに行きたいと思います。亀井くん、度肝を抜かれるサン=サーンス!凄まじい演奏でした。ただ終楽章のテンポは高齢者には超速過ぎて目が回りました。ファーストラウンドが素晴らしかったがゆえに惜しかったと感じました。桑原さん、良かったんだけどなぁ。入賞さえしなかったのは疑問が残りました。中国の方も素晴らしかったと思いましたが賞外でしたね。で、過去の結果を確認したら面白い傾向が見つかりました。ここ4回のコンクールの内、女性ピアニストの入賞者は2013年のただ一人でした。確か5位だったかな。ま、偶然かもしれません。バイオリン、声楽、チェロには少なからず女性が入賞していますから。さらに遡って調べました。女性の入賞者はいますが、全体男性優位ではあります。ピアノという楽器の特性が影響しているのかもしれません。打鍵の強さに男女差があるのでしょうか。その分デュナーミクの幅に影響があるとも考えられます。ネット配信だけではわかりませんが。モヤモヤはコンクールにつきものだけどまた、その構図も見え透いてる気がするけどチューリップに譬えるなら結論は『どの花見ても綺麗だな』てところでしょうか、ほんとに。それはともかく、このレベルの演奏を無料で拝聴できるのですからこんな贅沢なことはありません。コンテスタントの皆さんには今後の活躍をお祈りするとともに素晴らしい時間をありがとうと申し上げたい。上位3名は、まだまだ苛酷な本番が続くようです。
"Im wunderschönen Monat Mai(美しい五月には)"R.シューマン作曲の連作歌曲『詩人の恋』の第1曲目です。詩はハインリヒ・ハイネIm wunderschönen Monat Mai,Als alle Knospen sprangen,Da ist in meinem HerzenDie Liebe aufgegangen.Im wunderschönen Monat Mai,Als alle Vögel sangen,Da hab ich ihr gestandenMein Sehnen und Verlangen.毎年、北海道の5月を想起しつつ、ついつい口ずさみます。Im wunderschönen Monat Mai⇒驚くほど美しい5月にAls alle Knospen sprangen⇒すべてのつぼみが弾ける時Die Liebe aufgegangen⇒愛が花開くかつてはフィッシャー=ディースカウがお気に入りでしたが、この頃はフリッツ・ヴンダーリッヒが心に沁みます。この動画には訳詞が出てきます。16曲の連作ですがそれぞれが短いので全曲を聴きながら4月5月に撮りためた花々をご覧ください。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com