筋肉を見せびらかす生活からの脱却・・・そして自然体

筋肉を見せびらかす生活からの脱却・・・そして自然体

長年に渡り“筋肉”を成長させ続けた結果、ぶち当たる「壁」。

「いつ辞めるのだろう・・・」多くのボディビルダーが悩む「筋肉からの脱却」。

見えない筋肉からの強迫観念を静かに紐解いて参りましょう。

ご相談はお気軽に。

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世の中は人々にお金を使わせようと必死になっています。
メディアは広告媒体ですので、それを更に煽ります。
皆その煽りに色々な形で乗ってしまっています。
タレントやスポーツ選手を起用し、色々な商品を買わせようと迫ってきます。


極々一部のお金持ちの生活ぶりを「勝ち組」と命名し、お金が無ければ「負け組み」と称し、更にその不安を煽ります。


でもよく考えると見えてきますが、殆ど(99%以上)の人達は「勝ち組」ではありません。


彼らのカテゴライズしている「勝ち組」とは、「今現在、お金持ちかそうか」と言う哀れな基準です。
騙されてはいけません。


お金持ちになって物欲にまかせて物を買っても、幸せ等とは程遠い状況にしか無い事を認識しましょう。
欲は欲を呼びます。

食欲も一旦満たされても、数時間後には復活するでしょう?


結局果てしなく物欲は続きますので、終わりの無い苦痛に取り囲まれるだけです。
その苦痛から逃れようと、周囲の人達を傷つけたりし始めると末期症状です。
それが何故「勝ち組」等と言えるのでしょう。


筋肉は筋肉を呼びます。
筋肉で自分自身をアピールすればする程、苦しみが終わらなくなります。
心の中で勝手に作った「筋肉の勝ち組」は幻です。


負のエネルギーを溜め込まない様に心を見つめなければなりません。
それが出来る人が幸せなのです。
私達は、勝ち負けなんてつまらない事で人生をカテゴライスするのは止めなければなりません。

では、どの様に「筋肉見せびらかし男」から脱却するか?

まず、自分自身が「筋肉を見せたい」とか「体を自慢したい」と思う瞬間をしっかり把握する事から始めます。

必ず「今!」と言う瞬間があります。

しかし、それが習慣化しているので気付く事が出来ないのが殆どです。

気付いた時、「時既に遅し・・・」と言う場合が殆どです。

この訓練を繰り返していると「何て俺はくだらない事で見栄を張っているんだろう・・」と自己嫌悪に陥る事がありますが、自己嫌悪なんて何にも良くありませんので、感情を長引かせない様にする訓練も必要です。

それでも把握する訓練を日々行なう事で、必ず「今!」となった時に瞬時に自分自身の心が見えます。ここまで来ればコントロールする事が容易になって来ます。

頭では分かっていても実際に把握出来て、コントロール出来る様になるまでは地道な努力のみが近道です。

ご相談メールです。


「いつもお前の筋肉は使えない筋肉だと言われます。ボディビルをしている自分としてはコンテストで活躍したいので、他のスポーツを目指しているわけでは無いのですが、どうして分かってもらえないのでしょうか?(以後割愛)」


これは殆どのボディビルダーが経験している事です。
世間一般で言われる「使える筋肉、使えない筋肉」と言うのは多くの場合はスポーツ競技で好成績を残す為とか、良いパフォーマンスが出来るかどうかの場面で活かせるかどうかと言う意味だと推察します。

大きなカッコいい筋肉を持っているのにスポーツで活躍できないとなると世間の人は残念なのでしょう。
「筋肉マン=スポーツ万能」と勝手に作られたイメージを元にボディビルダーは責められるわけです。

このブログを読んでいて少しでも気付いてきた人には少し分かるかと思います。


この作られたイメージと「ボディビルの筋肉は使えない」と言う、屁のツッパリにもならないセリフは「嫉妬する側」からの攻撃です。
筋肉に憧れを持っていなくても「筋肉をアピールするボディビルダー(嫉妬させる側)」の自己顕示を感じると、嫌な気分になり思わずその様な心理状態になるのです。
「筋肉見せびらかしやがって、このナルシスト!そんな筋肉は見せ掛けで、使えないんだよ!」ってな
具合です。


ボディビルダーは筋肉を見せるのが好きです。
見せるのが恥ずかしい人もいますが、周りから認められたいのは当然です。


しかし周りの人には単なる「自慢」としか写らなく、先ほどの攻撃をしてきます。
その攻撃の一つが、お決まり文句の「使いえない筋肉」ですが、まぁそれは当たっているでしょう。
ボディビルはスポーツ万能になりたくてやっているのではありませんから。
解剖学に基づいて、筋肉に刺激を与えて筋肉を肥大させ、時には脂肪を削ぎ落としコンテストに出場する。
そう言う芸術性の強いスポーツなのです。
なので、ボディビルダー達は「俺たちはスポーツ万能だぜ」なんて思っていませんし、それが目標ではありません。


「その筋肉は使えない筋肉だ」と言われても、ピントがズレまくりの攻撃なのですが、それに気付いていない攻撃側(筋肉を見せられた側)は惨めなものなのですが、その嫌なエネルギーで固められた攻撃は、攻撃を浴びた側に(内容がどうであれ)嫌なエネルギーを浴びせてしまいます。


賢いボディビルダーは「そうですよ、見せるための筋肉ですから。あなたは洞察力が素晴らしいですね」と軽く流せるのですが、賢くない人は躍起になって応戦してしまいます。
その応戦の内容も「●●選手は筋トレをやっているから成功している」とかの例を持ち出してくるのですがお互い大した結論が出ないまま、こんな論争は繰り返されるのであります(笑)


こんな所でも「嫉妬する側、嫉妬させる側」の無駄なエネルギーの垂れ流しが見られますね。
垂れ流しのエネルギーはお互いの心の中に蓄積され、それを増幅し、以前よりも濃度も濃くなります。
悪循環の出来上がりです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081205-00000010-yom-soci

橋下大阪府知事の「ケータイ禁止令」ですが、昨今の子供達の通学途中の事を考えると親としては持たせたいので反対でしょう。
しかし時々子供達が携帯電話で通話しながら歩いているのを見ますが、通話中は無防備になっている気がします。
車等の運転中の携帯電話使用が禁止になったのも、通話中は眼の動きが悪くなり危険察知が難しくなると言う実験結果もある様です。

GPS機能で子供の居場所を確認出来るのは良いと思いますが、通話やメールとなると「危険察知」が難しくなって不審者が近付いても気付くのが遅くなるのではないでしょうか。


そう考えると持たない方が子供の危険察知への感覚が養われる様な気もします。
「ケータイ禁止令」が再度子供達の安全について考える良い機会でしょう。

自分の体を自慢げに見せびらかしていると、どうなるか?
「どうもならない」と思う方が殆どではないでしょうか?
その場では目に見えて何かが起こるわけではありません。
しかし人間の心とは結構単純と言うか、マイナスに流れる様に出来ているのです。
これを無意識に放っておくと、心が蝕まれて行くものなのです。
そして小さな自慢は一瞬の勘違いの「快感」と本人は思い込んでいますが、深層心理ではその様に認識されないものなのです。


深層心理は正直であり、意識して見つめないとパターン化された溝をどんどん深く刻み込んで行きます。
そして最終的には、誰から見ても嫌な人間となりストレスをはけ口を求めます。
ストレスを発散しようと行動しますので、ろくな事にはなりません。


そもそも「ストレスの発散」等は有り得ないのです。
これも勘違いの快感に過ぎず、結局は深層心理の溝をくっきりさせてしまうだけで、事ある毎にその溝を伝って負のエネルギーを溜め込んでしまうのです。


何てこと無い「自慢」ですが、周りも不快にさせますし、自分の気付かない所でストレスの爆発のタイマーをセットするだけですので、自慢したくなったら「あれ?また『自慢したい病』が発病した。」と心を見つめましょう。
そうすると、不思議な事にす~っとその病が消えて行きます。


嫉妬させる事を快感と勘違いしている状況を地道に変えて行く事が大切なのです。


筋肉でも、車でも、家でも、服でも、見栄でも、学歴でも、子供でも・・・自慢する為とか、恥ずかしくない様にとかが優先されていませんか?

そして結局皆が苦しんで、いらぬ事で悩んで不幸になっていませんか?


その様な事は結局、惨めな事と認識するのが大切です。