ゴミの問題は、「公共サービスに含まれるかどうか」という点にあります。そもそも、ゴミになる前の製品は民間企業が販売しているわけですから、本来であれば、民間がゴミ箱を設置し、回収まで責任を持つのが筋だと思います。したがって、こうした取り組みは経団連などの民間団体が主導すべき課題であり、それを市町村が代わりに行っているのが現在の実態ではないでしょうか。
NEXCO中日本は、公共性の高い企業とはいえ民間企業です。そのため、「ゴミ対策を放棄する」という姿勢は少し違うように感じます。そもそも、なぜゴミ収集が公的サービスになったのでしょうか。ゴミの元をたどれば、民間企業が生産した商品なのです。企業側からすれば「税金を払っている」と反論するかもしれません。しかし、ゴミの回収業務は民間の責任を行政が代行している要素が強いのではないでしょうか。道路整備や橋の建設のように、明確な公共性のある事業とは性質が異なります。
「臭いものには蓋をする」ではありませんが、ゴミ箱を撤去すれば、ポイ捨てが増えるのは必然です。そして、風に飛ばされたゴミは山林や海に流れ着きます。ゴミの総量が減るわけではありません。PA(パーキングエリア)がきれいになっても、他の場所が均等に汚れていくだけです。結局のところ、根本は教育の問題なのだと思います。そして、今後、外国人が増え、地域のルールに従わない人が増えると、日本は表面上はきれいでも、見えない場所から汚れていくでしょう。
現在のように「SA(サービスエリア)では物を売っているからゴミ箱を設置し、PAでは販売がないから設置しない」とするのであれば、SAのゴミ箱を増やさなければ、結果的に周辺の山林がゴミだらけになるかもしれません。清掃コストもかえって増大するでしょう。一方で、SAのゴミ箱を増やせば収集作業は効率化しますが、その分、SAの混雑はさらに深刻化するかもしれません。
そういえば、テロ対策の名目で地下鉄からもゴミ箱が撤去されました。では、もともと地下鉄で捨てられていたゴミは、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか。最終的に、誰かがその“割を食っている”ような気がしてなりません。
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