「優しくて穏やかな日本」

は???それって「舐められる日本」の間違いだろ。

左翼政党やTBSその他偏向報道機関の穏やかさ、優しさなんてそんなもんだろ。

今まで日本は国際社会で穏やかかつ優しくありすぎたから、国際社会で舐められてきたのだ。


更に言うなれば、

外交力は軍事力である。

信頼できる国というのは、信頼できる軍事力を持った国である。


今こそ、日本は強く生まれ変わらなければいけない。


藤乃あおいが、27歳で早世されたことが報じられた。
一度は難病を克服したが、どうやら癌が再発していたみたい…
2025年末には芸能界引退を表明していたというが、最後のツイートはもう助からないと覚悟を決めていたような内容だった。
これは悲しいとか何とかと言うより、とにかくショックが大きすぎる。ただただ残念すぎて言葉が出ない。
せめて、良心ある皆さんが、藤乃あおいが生きられなかった分まで末永く健康である事を願って、記事の締めとしたい。





一日遅くなりましたが、今年も細ーくやっていきます。

新年早々、何組かの芸能人の結婚が相次いで報道されましたね☆

率直に言いますが、子孫に恵まれ、行く行くは少子高齢化解決のきっかけとなれば幸いです。

子沢山夫婦について、この期に及んで「不節操」「ナニが緩い」「性的にだらしない」などと謗る声が絶えませんが、

そんな誹謗中傷はこの御時世にはそれこそ不謹慎。子孫繁栄にかこつけてオラオラ態度の親はともかくとしても、子供がまともに育てば、むしろ少子高齢化解決にもなるわけだから、子供を産まない人よりは遥かにマシではなかろうか。

それにしてもまだまだ子供達を安心して世に送り出せる時代とはまだまだ程遠い。他力本願ではあるが、せめて世の中が良くならないと…


そんなこんなで、今年もヨロシクお願いします。

題名は、あくまでも俺の声である。

高市早苗さんは、安倍晋三さんが出来なかった事を徐々にやってのけていますが、流石に安倍さんへの敬意までは固持しているでしょうから。

来年もまた物価の暴騰が続くのがほぼ確定ですから、外国人労働者の受け入れは継続するみたいですから、まだまだ反対派のネガティブキャンペーンは止まらないでしょうが、

とりあえずガソリン代が幾分か安くなったのだけはまあ助かった。今日から暫定税率という馬鹿げたことも廃止だからかなり助かった。

公明党との連立をやめたのは大英断だった。公明党並びに公明党支持者にとっても願ったり叶ったりみたいですから。

政治は飴と鞭の世界。新たに厳しい政策があるかも知れないが、来年もまた高市政権の動向を見守っていこうと思う。


来年は皇紀二六八六年。まだまだ手枷足枷もあるでしょうが、高市さんが働いて、働いて、働いて、働いて、働いて、働いて(笑)下さるでしょうから、日本人ならば、日本及び日本国民の為になる事は可能な限り力をお貸ししなければ。

そんな訳で、来年もヨロシクお願いします。

よく、「世間様が、お金を稼ぐことが悪い事だと認識している」という言葉を受けるが、それは違う。

世の中では誰も、金を稼ぐ事自体が悪いと言っているわけではない。お金を稼げなければ、生きていく為に誰かから金品を強奪しなければならなくなる。

世の人々が言うのは「盗みや詐欺などと言った不正な手段でお金を稼ぐこと、払い手に法外な支出を強要してお金を稼ぐことが悪である」なのだ。


詐欺師や一部の偏屈な人間は何を勘違いしているのだろうか。

YouTube上では、早くも高市早苗・総理大臣に対する批判の声が上がっている。

来年には増税する、外国人労働者の受け入れを継続する、等々。


それじゃあアンチの皆さんは誰ならば支持できると言うのかね。


そりゃあ俺だって高市さんに百点満点を付ける気は毛頭無いし、安倍さんの時と同様に高市さんにだって「駄目なものは駄目」と言う。現に小泉進次郎のようなお馬鹿さんを防衛大臣にしたのは、俺としては如何なものかと思う。

それでも(あくまでも現段階では)石破や岸田よりは、進次郎が総裁に選ばれるよりは遥かにマシだと思う。


もう一度言うぞ。

高市さんでは駄目だと言う皆さんは、誰ならば支持できるの???対案を聞かせてくれ、対案を。

何度でも言うが、俺は非国民・国賊の肩を持つ気は全く無い。


参政党をはじめ、一部国会議員から、「国旗損壊罪」を適用できるようにしよう、という法案が出ている。

日本にいながら、日本国旗に敬意を示さず、それどころか敵意でもって日本国旗を燃やしたり、「☓」をつけたり、子供にオシッコをかけさせる不心得者を取り締まろうというのだ。


そこで、色々と気になることがある。

不幸にしてカビが生えたり色褪せたりして掲揚しづらくなった国旗、その他已むを得ない理由で手放さざるを得なくなった国旗を廃却処分するとどうなるのか。

故人への敬意として、遺体とともに日の丸も火葬するのは良くないのか。

不心得者を割り出す為に日本国旗を踏み絵させ、踏んだ者を国外追放にするという手法も駄目なのか(クリスチャンをはじめ、一部から「踏み絵」そのものが人権侵害だ、という声はありそうだけど、そんな事は俺は知らん)

日本にいながら、日本国旗を敵意でもって損壊させるという行為は、日本に対する明確なヘイトクライムである。日本へのヘイト行為は取り締まらなければいけないが、柔軟な対応が出来なければ、それはそれで問題となるだろう。

今日で、教育勅語が発布されてから135年。


未だに、左も右も教育勅語反対派は大勢いる。

教育勅語に書いてあることは間違っていないとは言え、反対派の思考を覆すにはまだまだ材料が不十分である。教育勅語が正しく理解されるには、大変な時間がかかるだろう。

元々、教育勅語は臣民の良心を否定するものでもなく、間違っても他国を蹂躙する為に発布したものでもない。


課題はまだまだ残っているが、教育勅語が正しく理解され、その生き方が世界中の規範となれば、きっと世界は良くなる。

家族を愛し、人を愛し、自分の能力を高め、世の為人の為に尽くし、法律や秩序を守り、国家の危機に際しては勇気を持って解決させる。それは何ら間違っていない筈。

俺は教育勅語が正しく理解され、日本のみならず世界が良くなることを願ってやまない。

俺にはどうしても理解できない。

確かに、大東亜戦争が終結してから80年、日本は大きな戦禍に巻き込まれる事は無かった。

だけど日本人が日本人らしく生きる事を忘れてしまった。

自分の国を平気で蔑み、自分の国を平気で生き地獄にしようとする者が国を動かしている。

自分の国の国民よりも反日外国人の人権を優先する邪悪な者が日本を支配している。

添田詩織議員の件でも、反日外国人に有利な判決を下す愚かで浅はかな司法が裁きを行う、まさに狂気の沙汰。

「金だけ、今だけ、自分だけ」の短絡的で浅はかで利己的な思想が罷り通っている。

日本はそんな馬鹿な国でいいのか。

世界に恥を晒し続ける国でいいのか。


確かに教育勅語は完璧な教典ではないかもしれないが、書いてある事自体は特に間違っていない。

特攻までしろとは言わないが、他国が自国に脅威をもたらすならば、それを排除しなければいけないのはどこの国でも同じじゃないか。

それを侵略戦争だ何だと難癖をつけるのは、GHQに洗脳された人の浅はかな妄想でしかない。


今一度、教育勅語の真髄を理解し、日本を正しい道に修正していかなければいけない。


…今は高市早苗さんも日本初の女性総理大臣に就任し、閣僚も保守的な人員で固めた(といってもなんであの馬鹿進次郎を防衛大臣に起用したかなぁ…俺も心配し過ぎかもしれないけど、それは残念)。自分の国を進んで荒廃させる、恥ずべき現状は、幾分か改善されると信じている。教育勅語に対する価値観も見直されるかもしれない。お願いしますよ、高市さん、その他先生方。

教育勅語は、あくまでも天皇陛下の名前を借りた「おことば」であり詔勅や勅命ではない。

文中では「遵守すべき所」と語気を強めているものの、あくまでも強要するものではなく、「このようにしていけば、日本のみならず世界が良くなるから、やりましょうよ」というノリで書かれたものである。

不敬ではあるが、教育勅語は、天皇陛下のおことばの中でも格下なのである。

教育勅語の文末が「御名御璽」だけなのは、言葉に強みを持たせた詔勅と区別する為である。

竹田恒泰が言うように、それに気がついた井上毅は確かに天才だった。


だが、渙発されたあとの流用がいけなかった。

井上毅の意図に全く気づかなかった当時の教育機関が、内村鑑三が勅語の奉読の際に礼をしなかったことに対して馬鹿騒ぎを起こし、内村鑑三不敬事件として槍玉に挙げた。

加えて後に井上哲次郎なる馬鹿者が中心に発刊した「勅語衍義」がいけなかった。

そこには「無理非道を言わぬ限りは、妻は夫に対し従順であるべき」「国家の為に死するより愉快なることなかるべきなり」等など記述されている。

こうした要因が勅語反対派が、教育勅語を頑なに受け入れられない要因と思われる。

前述の内村鑑三不敬事件において内村を激しく糾弾したのも井上哲次郎であり、一部から「大東亜戦争の敗因」とも評される戦陣訓の作成に関わったのも井上哲次郎である。

無論、その側面だけで井上哲次郎の全てを非難するのも暴論ではないかと思われるので、良い部分は良い部分で評価する必要はあるだろう。

ただ、国民の良心の自由をほぼ否定し、後にリベラルとの禍根を生んだ件は否定せざるを得ない、俺としては。


それにニコニコ大百科とアンサイクロペディアの記述は、ポータルサイトとしては如何なものか。

不敬とか何とかの前に、否定派の意見と肯定派の意見を載せるのがポータルサイトのあるべき姿なのに、否定派の意見だけを載せて肯定派の意見を封殺するような記述は、非常にまずいだろう。

アンサイクロペディアはふざけ半分でユーモアを持たせて記述してナンボのサイトだから、百歩譲るとしても、ニコニコ大百科は多くの人が見るのだから、それはマズくないか。

「勅語の十二徳」が戦後の拡大解釈として頭から押さえつけるのは暴論でしかない。あの高橋源一郎でさえも、不敬かつ不愉快な解釈文を書きながらも十二徳の解釈はほぼ正しいと認めているのだから。

もっとも、ニコニコ大百科が元々そのような思想のサイトだと言うのならば、俺も今後はそのような色眼鏡で見てやるけどな。


俺は教育勅語の肯定派であるし、間違っても自分の国を進んで生き地獄にしようとするお花畑共の肩を持つ気は陰毛の先ほども無いが、国民の良心の自由を著しく否定するような運用には賛同できない。教育勅語を復活させるならば、御勅語の意味をよくよく理解し、現在の憲法や法律が本当に日本並びに日本国民の為のものなのかをよくよく吟味し、時代にそぐわない・もしくは日本国民(こと犯罪被害者・事件や事故などによって命を落とした人の遺族)の人権を著しく侵害するものであるならば即座に改める体制を作り、行く行くは日本が世界に冠たる国に生まれ変わるように運用されなければならない。