Vol23. 丁寧な暮らし | パンとコーヒー、ときどきスープ。

パンとコーヒー、ときどきスープ。

なんでもないようなことをつらつら書いています。

おはようございます。

 

丁寧な暮らしに憧れる。

日々殺伐と暮らしているので、

丁寧な暮らしに憧れてしまう。

 

丁寧な暮らしをイメージした時に、

思い出されるのは、母の姿。

 

母は、おそらく丁寧な暮らしをしていたのだと思う。

子供服を手作りし、既製品でもボタンを姉妹の好きなタイプに付け替えてくれたり、

今でも手編みの靴下を私達夫婦に編んでくれる、我が家の冬の定番。

姿が見えないと思ったら、庭でハーブを積んでいたり、

暑い日は、レモネードやミントティーを入れてくれる。

寒い夜は、チャイ。母の淹れる飲み物は本当に美味しい。

スキー授業の時に、母が持たせてくれた温かい紅茶は、いまでも忘れられないぐらい。

 

何でも手作りする人で、それが当たり前だと思っていました。

 

少し大人になったある時、「母のようにはなれないな」と悟った。

母が何かを丁寧に行う姿に、私は若干の苛立ちを感じるようになってしまった。

母の行動は、「効率的」ではないのだ。

そして、時々息切れする母の些細な手抜きや疲れて休んでいる姿を、

受け入れられなかった。

疲れるくらいなら、最初からきちんとペース配分して効率良くタスクをこなせるように工夫しろ、何年主婦やってるんだ、そいうことを私や父は思ってしまうのだ。

 

でも、母には通じない。

何というか、時間軸が違うのだ。

長いこと専業主婦でいて、時々気まぐれにパートに行ったりする。

なぜ採用されるのか不思議。

家族は母のペースに翻弄される。

母は、いつだって真剣なのだ。

でも、やっぱり、外の世界とのずれはある。

 

とはいえ、母は彼女の世界の優先順位と価値観で生きている。

そして、彼女の食事や手編みの靴下、紅茶は美味しい。

 

殺伐とした娘の心にも、「丁寧のたね」が根付いている。

わたしは、わたしらしい暮らしをつくっていこう。