日本国民としての私もどちらかと言えばTPPは反対だったが、少なくとも保護貿易に走ったからと言って即雇用が生まれるとは思っていない。 各国の事情はあると思うが、アメリカ経済を牽引しているのはITや先進医療であり、「アメリカ人」であれメキシコ人であれ、アラブ人であれ、そこに従事できるだけのスキルがない人たちにはこの分野で活躍する 「機会」 はない。
不法移民を追い出せば単純労働の枠は空くのでそこに関しては多くの 「アメリカ人」 が働く 「機会」 を得る事だろう。 メキシコから正式な移民手続きを踏まずにやってきた英語が話せない人達がやっている仕事の多くは農産物の刈り取りや洗浄、箱づめ、といった仕事かレストランでの皿洗いなどだ。 彼らはよく働くし、こういった仕事を根気強く続ける才能がある。 果たして今回トランプを支持した 「アメリカ人」 たちがこういった短調かつキツイ仕事を続けていけるのだろうか? 確かに雇い主は法律に基づき、不法移民よりは高い給料を払う事になるだろうが、それでも最低賃金スレスレのあたりしか払ってはくれないだろう。 FANG(Facebook, Amazon, Netflex, Google)やそこに係るハイテク企業に勤める人たちとの格差が埋まる事はない。
アメリカ(という国)を再び偉大(な国)にしたいならTPPに参加した方がアメリカとしては良かった様な気がする。 経済指標をみて数字を分析した訳ではないが、少なくとも西側諸国のインフラに強引な位に押し込まれているのはアメリカのIT技術であり、医療技術であり、保険も含めた金融システムである。 日本の車(実際には既に60%以上が 「アメリカ人」 の手によって作られているが)とアメリカの農産物(小麦やトウモロコシは既に50%前後は米国から輸入しているわけで、あとは米と牛肉位しか残っていないのではないだろうか)を比べる様なレベルではない。
いくら 「機会」 を与えても、そこに従事出来ない(する気のない)「アメリカ人」 が何万人居ようと失業率は変わらないし、生産性も落ちこそすれ、上がる事はないだろう。 メキシコからの違法移民が摘もうがアメリカ生まれの 「アメリカ人」 が摘もうが、マーケットに並ぶ苺の品質は同じなのだ。
今回のトランプ氏のキャンペーンで彼の愛するアメリカに一番大きなダメージを与えたのがこの 「アメリカ人」 の定義だろう。 ハイテク産業や医療といったドル箱産業で働いている 「アメリカ人」 は実はトランプ氏や彼を支持した 「アメリカ人」 が想像する 「アメリカ人」 とは違う様な気がする。 カリフォルニア州シリコンバレーでアップル社、インテル社、フェースブック社などを訪れれば一目瞭然だが、白人比率はそれほど高くない。 多くは有色人種であるが、彼らもまた 「アメリカ人」 であり、その中には英語を第二外国語とする「合法移民(一世)」も多く含まれる。
トランプ氏は賢い人だからその定義を巧みに変えながらこれからやっていくのだろうが、彼を支持した層の多くがどこかのタイミングで 「あれ、なんか思っていたのと違う」 と気が付く筈だ。
TPPから離脱し、メキシコに壁を作っても富める有色人種の 「アメリカ人」 は確実に存在し続ける(なぜなら優秀だから)。 全ての違法移民が国外退去となり、まだ(彼らが望むような「素晴らし」)仕事にありつけない 「アメリカ人」 が次に槍玉(scapegoat)にあげるのはひと目で見分けがつく有色人種であり、しかも経済的に豊かであるこうしたドル箱産業で働く有能な有色人種だろう。 結局のところ、彼らが定義している 「アメリカ人」 は 「白人」 なのだ。
第二次大戦中にドイツ系やイタリア系のアメリカ人にはせず、(有色人種の)日系アメリカ人に対してのみ犯した過ちをまた繰り返す事だけは無いように心から祈るばかりだが、今 「アメリカ人」 がイスラム教徒のアラブ系 「アメリカ人」 に行っている事を見ると悲観的にならざるをえない。
ちなみに今アメリカで起きている事には今後の日本が考えるべき事が多く含まれる。