ちょっと昔話をします。
私は小学生くらいのころ、母親や家族から胸のことを、
「えぐれ胸」とか言われてました。
まあ私の記憶違いかもしれないが、胸がないことを結構気にしてました。
自分の胸に自信がないからか、高校生になるまでブラジャーを買ってもらうこともなかった。
あと生理についても、母親に言い出せず、
しばらくは小学校でもらったナプキンを使用したり、なんとか隠してた。
なんででしょうかね。
何か母親の呪縛みたいなのがあったのだろうか。
私の母親は、胸が大きく、たまに、大きいのは辛いみたいなことを言っていた。
私の胸は、高校生くらいには多分Bカップくらいはあって、
同級生と修学旅行でお風呂入ったときも、
周りと同じか少しあるくらいかもと本当は思っていた。
大学生時代は、多分小さいCカップくらいにはなってたんだけど、
相変わらず母親には胸ないねーとは言われていた。
そして話は飛んで現在、
私は大きい方のDカップになっている。
はてさて、私の中で何が起こったのか。
結構言語化するのは難しいのだけど、
「小さい胸は嫌だ」と思う気持ちを受け入れて、
「小さい胸でもいい」ということも受け入れて、
そして「大きい胸もいい」と現在は受け入れていた。
ちょっとわけわからないかもしれないけど、
その時その時で小さい胸を罰していた自分を認め、
でも大きくしたい自分も認めることで、
なぜか胸は大きくなったのだ。
思い返すと、少しでも大きくなる胸に対して
小さい頃は自分を罰していたのだ。
ちゃんと罰を受けるように、なかなか成長しなかったし、でも成長は少ししていたからまた罰して苦しんでいた。
そこに気づくのが最初で、
まずは自分の味方をつくる。
自分の味方とは、もう一人の自分。
大きくしたいけど大きくしたくない、そうだよね、大丈夫、私は味方だから。
罰していた自分をなだめ、胸を大きくする方法を色々試すようになった。
最初はあまり大きくならないけど、段々と今の自分も受け入れていくことで少しずつ大きくなっていった。
で、気付けば大きくするとか考えずに何年か過ごした現在、あの時よりも更に胸は成長していた。
ちゃんと自分を受け入れていけば、理想の体型に近づいていく。
その間の過程に、身体の声を聞く、というのも実践していたから、
自分の「身体」と自分の「心」に耳を傾ける、
自己受容って「身体」にも耳を向けることだと思う。
結構「心」のことは色んな本に自己受容って書いてあるけど、
「身体」のことってあまり書いてないなって思う。
というか、本当は「身体」に心があるだけで、
身体に聞けば良かったのかと今では思う。
ということで、身体さんに寄りそって、身体さんに聞いてみたらいいと思う。
胸を大きくするにはどうしたらいい?
身体をラクにするにはどうしたらいい?
受け取ったら罰したりしないで、そうかそうかって聞いてあげてたらね、
多分仲良くなれるよ。