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The Sloth's (Ameba Version)

このブログで記事を発信する時のHNはslothですが、某所とか某所経由でいらした方はL○○○でもま○○でもお好きなよ~にお呼びくださいませ(笑)♪

まずは、今週の結果から。


一番太ってた時:7月20日:74.6キロ

一番やせてた時:7月24日:73.2キロ


蛇足:

最大時の前日:7月19日:73.6キロ

最大時の翌日:7月21日:73.9キロ

最小時の翌日:7月25日:73.7キロ


・・・20日ダケ、特別だった、と、思いたい・・・。


今週は、ウォーキングは毎日やったけど、

ベリーダンスは時々さぼりました・・・orz。


そこらへんが、結果に、出てるカンジが、します(笑)☆



ああ、でも、先月は、最大75.3~4キロまでいったのに対して、

今月は、最大時で74.6キロだから、

少し、進歩、したのかな???


体重の変化が目に見えにくくなってきてるから、

ダイエットの手ごたえを感じにくくなって、

その結果、最近、ベリー・ダンスがサボり気味だけど・・・。


ココロをちょびっとダケ入れ替えて、今月末まで、きょうから頑張ってみようかな?!

さて、今回は、クルアーンが何バージョンあるのか、という問題について書こうと思う。


実は、ついこの間まで、クルアーンは「ウスマーン版クルアーン」ひとつしか存在しないと、思ってました(爆)♪


いや、だって、主要宗派の諸法学派が「イスラームの聖典」として認定しているクルアーンは、「ウスマーン版のクルアーン」ダケなので、「クルアーンはウスマーン版ダケだ」と思い込んでいたわけです(笑)☆


結論から言いますと、

主要宗派の諸法学派が、欽定クルアーンとか、標準クルアーンとか、クルアーンのスタンダードと認定しているのは、ウスマーン版のクルアーンだけです。


でも、このウスマーン版のクルアーンが編纂されるまでに、

少なくとも、2・3種類の先行版があったようなのです。


・預言者ムハンマドの死後数ヶ月以内に編纂し終わったといわれる「アリーのムスハフ」と呼ばれるクルアーン

・アリー版よりもアトでつくられた「アブー・バクルのムスハフ」と呼ばれるクルアーン

・「ハフサ・ビント・ウマルのムスハフ」と呼ばれるクルアーン←いつ、つくられたかはしらない。ウスマーン版よりは前に作られたのはたしかだけど・・・

・アブー・バクル版を編纂する時に既にあった数々のクルアーン←何バージョンあったか迄は不勉強なため知りません


など


で、これらのうち、アリー版とハフサ・ビント・ウマル版や数々のクルアーンについては、個人的なクルアーンであって、公的に共有されるクルアーンではなかったようです。


それに対して、アブー・バクル版の方は、ウンマで共有されるべき官製の標準クルアーン的なモノであったようです。


これらのクルアーンの性格の違いは、その成り立ちの違いにあるようです。


クルーアンというのは、預言者ムハンマド(PBUH)が生きていた頃は、「預言者の口から伝えられた神のコトバ(メッセージ)」のコトでした。

つまり、文書では、なかったのです。


勿論、カレの生前から、クルアーンの書き取り(文書化)は始まってはいましたが、

基本的には、信者が、暗誦するための補助としての、個人的な、部分的な、覚書のようなのものでした。


アリーは、クルアーンの全てのスーラ(章)やアーヤ(節)を暗記していたいわば「人間クルアーン」の一人だったらしいのですが、

かなり早い時期から(一説にはムハンマドの生前から)、色んなひとから、色んなクルアーンのパーツを集めて、クルアーンのスーラ集というかアーヤ集というべきモノをつくっていたようです。

ハフサ・ビント・ウマルのムスハフと呼ばれるクルアーンも、どちらかというとアリー版と似たような性質で、

個人的に集めたクルアーンのスーラ集というかアーヤ集とでもいったものだったようです。


初代カリフのアブー・バクルは、はじめのうちは、標準クルアーンを編纂する予定はなかったようなのですが、

633年(AD)のヤマーマの戦いで沢山の「人間クルアーン」が死んだ時、

ムハンマド(PBUH)の口から伝えられた神のコトバを文書化してカタチにして残す必要性を感じ、

標準クルアーンの編纂事業に着手したそうです。

アブー・バクル版は、様々な都市や部族に「標準クルアーン(一応)」として送られたそうです。


で、イスラム圏拡大に伴い増えたアラビア語が不得手な信者達の数も増えたり、

数種類のバージョンの文書化されたクルアーンがあってややこしい状況になったりして、

「基準」となるクルアーンの必要性が出来たために、

3代目カリフのウスマーン・イブン・アッファーンの時代に、改めて「欽定クルアーン」を編纂し、コレ以外のクルアーンをメディナに集め、燃やしたり水に浸したりとかして、廃棄したそうです。


で、その時以降、この「ウスマーンのムスハフ」と呼ばれるクルアーンが、今のイスラム社会でのクルアーンの原本となるワケですが・・・。


原本、現存しておりません。


原本の写本は、トプカプ文書とサマルカンド文書の2つが、現在も、残っています。



で、トプカプ文書が、最古のクルアーン(ウスマーン版以外のクルアーン含めて)だと思ってたんですが・・・。

実際には、サナア文書っつーモノがあるらしいです・・・。



で、クルアーンのバージョン問題・・・。


実は、今迄述べてきたような現世におけるバージョン問題ダケでは、終わらなかったらしいんです・・・orz。



と、いうわけで、クルアーンのバージョン問題については、また別記事で・・・orz。

なんだかねぇ~・・・。

とりあえずの目標(BMIの肥満度1から肥満度0になる)を、クリアしちゃった所為か、
最近、ダイエット、する気が、限りな~く薄ぅくなっちゃって・・・orz。

ついでに言えば、余裕で肥満度1の時はガンガン体重落ちてたんだけど、
肥満度が0に近くなったあたりから、だんだん体重の落ちが悪くなってきたのも、
ダイエットのヤル気が失せて来た、遠因かも・・・(爆)☆

でも、BMI的には肥満じゃなくても、まだまだ余裕でデブだから(笑)、
ホントはダイエットを続けなきゃならないんだけど(゜_゜)

BMI的には、my標準体重は63.5キロぐらいだそうな(笑)☆
だから、あと、10キロ強はやせなきゃなんないんだけどな~・・・。


え~っと、BBCで面白いニュース(http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8136820.stm
)、拾ってきました♪

これによると、肥満の秘密が解明されたとかで、肥満解消のお薬の開発の役に立つかもってコトなんだそうです♪♪♪

そんな薬が市販されたら、是非々々、ためさせていただきませう<(__)>


さて、今週のmy体重ですが、
73.2キロ~74.0キロの間をいったりきたり、しています・・・orz。

ウォーキングの目標(大またで歩く&手をぶんぶん振り回しながら歩く&早歩きで歩く)も達成できてないし・・・。
ベリーダンスも、時々、さぼっちゃってるし・・・。(「週4日さぼっちゃったら、負け」という裏設定が、あったり、スル(笑)☆ で、今回は、その裏設定的にも、負けてしまったわけだ)


ちっっっ・・・。

ヤル気が下がるよなぁ~・・・(爆)☆

さて、気を取り直して・・・。

今週のベリーダンスの課題。

正しい姿勢をとる
http://www.ehow.com/video_2390111_correct-posture-belly-dancing.html
(http://www.youtube.com/watch?v=gQj3zB5Iyp0)


先ずは、カラダを巻き上げたり巻き下げたりするウォーミングアップ。(rolling warm up)
http://www.ehow.com/video_2390113_rolling-warm-up-technique-belly.html
(http://www.youtube.com/watch?v=itzUDd4XmzU


まだ、スムーズには行かないけど、
でも、やっててカラダがバキバキとならなくなったし、
カラダがバラバラにされるようなカンジはしなくなったので、少しは、進歩したのかな?

それから、肋骨のある胸の部分を持ち上げたり(Isolating the rib cage)
http://www.ehow.com/video_2390115_isolating-rib-cage-belly-dancing.html
(http://www.youtube.com/watch?v=dKTddiM1iUc)


以前は全然出来なかったのだが、
最近は何回かに一回できるようになったので、進歩、かな?

で、胸回し(chest circle)
http://www.ehow.com/video_4394896_the-chest-circle-egyptian-belly.html
(http://www.youtube.com/watch?v=8Vi0B2Ab6KI)


こちらは、全然胸がまわらない・・・(笑)☆

こちらは、腰回し(hip cirlce)
http://www.ehow.com/video_4394894_egyptian-belly-dancing-posture.html
(http://www.youtube.com/watch?v=SY8WQBMqMAU)


で、もひとつ苦戦してるのがundulation波なみ~♪
http://www.ehow.com/video_4948598_belly-dance-upper-lower-undulation.html
(http://www.youtube.com/watch?v=llRHO5eNrFY)


特に下腹部のlower undulationがうまくいかない(笑)☆
http://www.ehow.com/video_4949450_belly-dancing-lower-undulation-move.html
(http://www.youtube.com/watch?v=A0J8BGCEtA0)


http://www.youtube.com/watch?v=ChoDbplGTQs

こちらは比較的、なんとかなってるシミー(shimmy)
http://www.ehow.com/video_4394899_the-shimmy-egyptian-belly-dancing.html
(http://www.youtube.com/watch?v=e95gQSA1iTY)


Expertvillageやehowからペタリしようとしたのだけれど、うまくいかないので、youtubeから映像を引っ張ってきました(笑)☆

引っかかっていることその2:Bさんがイスラームにおけるクルアーンのコトを、「キリスト教における聖書」のイスラーム版と単純に勘違いなさっているのではないかというコト。


そして、この勘違いのドコが問題なのかというコト。



と、いうわけで、「引っかかってることその2」についてなんですが・・・。


Bさんは、「質問(http://ameblo.jp/aysya/entry-10292326926.html )」という記事で、

『この様に実際のところ定かではないと、私は解釈しました。
言葉、表現、時代差、歴史背景等、何通りにも翻訳、解釈できるので、決め手の答えは難しい』と、言われました。


このコメのドコが、引っかかったのかずっと考えてみたのですが・・・。

多分、『何通りにも翻訳できる』というところにも、引っかかったのだろうと思います。


現代のカトリックやプロテスタントのような西方教会系キリスト教であれば、

聖典の翻訳は一時期を除いてタブーではなく、

翻訳された聖典もまた、原語によって書かれた原典と同じ聖なる聖典として、扱われます。


翻って現代のイスラームでは、宗派・法学派を超えて、聖典はウスマーン版クルアーンの(写本の)コピーのみが、クルアーンです。英語や日本語、ペルシャ語などに訳されたクルアーンは、もはや聖典ではなく、聖典を理解する一助となる参考書でしか、なくなります。


この、各宗教における聖典の扱われ方の違いを飛び越えられたように見受けられるコメに、多分、引っかかったのだろうと、この記事をかきながら思いました。


原語では理解できないものを、似たような概念をもって説明するコトの功罪の、罪の部分を、奇しくもこのコメが体現してしまったのです。


クルアーンがイスラームの聖典であるという意味においては、「イスラームにおけるクルアーン」は「キリスト教におけるバイブル」のようなモノです。

けれど、翻訳された聖書も聖典なキリスト教と、翻訳されてしまったクルアーンは聖典ではないイスラームでは、

その聖典の成り立ち方ゆえか、その宗教の成り立ち方ゆえか、聖典のカタチも、その扱われ方もかなり違うので、

クルアーンのコトを、「キリスト教におけるバイブル」のイスラーム版であると単純にとらえることは、とても、キケンなのです。



と、いうわけで、これから、おおまかに、聖書の成り立ち方とその特徴と、クルアーンのソレについて述べたいと思います。

まずは、聖書から♪

え~っと、実は、イスラームのクルアーンとは違って、キリスト教の場合、どの言語でかかれていようと『聖書』は『聖書』として扱われる。たとえそれが、現代日本語訳聖書であろうと、ラテン語訳聖書であろうと、ヘブライ語原典であろうと、ギリシャ語原典であろうと。


このことは、キリスト教の成り立ち方に、影響を受けている。


キリスト教は、もともとはユダヤ教の中の改革運動として始まったから、ヘブライ語やアラム語で書かれたユダヤ教の聖典(通称タナッハtanakh)も、当然キリスト教の聖典(旧約聖書)になる。そして、キリストが生きていていた頃はヘレニズム時代だったためか、実は、新約聖書の多くの原典は、もともとギリシャ語でかかれてたり、する。


と、いうことで、キリスト教は、その最初期の頃から、「多言語」による「複数」の聖典が存在していたのだ。


そのためか、初期の頃では聖典の翻訳に対するタブー感がイスラームに比べるととても薄く、かなり早い時期から、ラテン語やシリア語・コプト語などの聖書の翻訳は始まっており、これら翻訳された聖書も、原語のの原典と同等の価値をもつ聖書として広く受け入れられていたようである。


このことがナニを意味するかというと、「翻訳することによって、聖書が改竄される危機に直面していた」というコトだ。


ひとつの言語によって書かれている文書だって、何通りかの解釈がありうる。それを翻訳によって、ひとつの解釈を拾い上げるために他の解釈を捨てなければならなくなる。また、同じ原語で同じ表現でも、時代によって、地域によって、意味が変わってしまうコトもある。

たとえば、「健全な肉体に健全な精神が宿る」というローマの格言はもともとは「健全な肉体に健全な精神が宿りますように」という祈願文だったらしいし、

rolling stone gathers no mossというコトバは地域によっては「清廉潔白」という肯定的なイメージがあるが、地域によっては「腰の落ち着かない流れ者」的なネガティブなイメージがあるし、

a piece of cakeというコトバなど「ケーキのひとかけら」と訳すべきか「おちゃのこさいさい」とか「あさめしまえ」と訳すべきか悩ましいところである。


このように、翻訳をするというコトは、

同一言語でも意味が違ってしまう場合、どちらの意味をとるのかというところで、翻訳者による判断という名の解釈が必要となり、

更に、同じ解釈でもどの表現を使って翻訳するかというところで、また翻訳者による判断という名の解釈が必要とされる。


この取捨選択。


翻訳者が控えめな人間なら、できるだけ原典に沿うカタチで行われるが、

キョーレツな個性の人間の場合になると、恣意的な改竄が行われるコトもありうる。

また、スポンサーなりパトロンなりの都合で翻訳が意図的にゆがめさせられるコトもままある。


と、ゆーわけで、個人的にはキリスト教の聖書こそが『定かでは無』く、『言葉、表現、時代差、歴史背景等、何通りにも翻訳、解釈できる』ので、『決め手の答え』を得るのは難しく、『何通りにも説が考えられるので、討論も難しい。。。。』モノだと、思います。(でも、この手の聖書のあやふやさって、世間じゃあ、あんまり問題とされないんだよね~(爆)☆)

でもまぁ、ソレゆえに、ヲタク心をひきつける、興味深い研究テーマだとは思います♪(でも、私の研究テーマじゃないんで、このことについて深ぁく勉強しようとは思いませんけど)



で、イスラームの聖典についてですが・・・。

これについては、スンニー派やシーア派をはじめとするイスラム教の諸宗派の諸法学派において統一見解があります。


イスラームでは、Quranic Arabicによる、القرآنアル・クルアーンと呼ばれる預言者ムハンマド(PBUH)が神からうけた啓示ダケを唯一の聖典として扱います。

預言者ムハンマド(PBUH)の言行録(のようなモノ)のハディースは、準聖典扱いですが、聖典ソノモノではなく、あくまでもイスラームを理解するための参考書という位置づけです。

また、イスラームは、自身のコトをアブラハムの宗教の正当な後継者とみなしており、その為にユダヤ教やキリスト教を、自分の姉妹宗教とみなしておりますが、キリスト教とは違って、「旧約聖書や新約聖書(ユダヤ教やキリスト教の聖典)は改竄されてしまった聖典であり、クルアーンを理解する一助になる参考書でしかナイ」との立場にあります。また、تفسيرタフシール(クルアーンの解説・詳説)も、クルアーンの原文付のものであってもクルアーンとはみなされません。



つまり、コレは、

預言者とはいえただの人間のムハンマドの言動をつづったモノは聖典としては認められず、ムハンマドの口を通して伝えられた神の言葉ノミがクルアーンの内容であること(←「神のコトバ」が事実であるかどうかは、この際おいといて~(笑)☆)と、

「Quranic Arabicという統一言語」以外のコトバによるクルアーンを、聖典たるクルアーンとして認めないことにより、

「翻訳者による改竄のリスクを少なくしている」というコトがあるのです。



また、これらとは別に、宗派を超えて、多くのイスラム法学派では、ウスマーン版のクルアーンのみを、欽定クルアーンの原典であるとみなしています。



と、まぁ、簡単に述べても、コレだけの違いが、クルアーンとバイブルの間には、あるのです。


翻訳されてしまっても聖典扱いされる聖書と、翻訳されてしまっては聖典扱いされないクルアーン。

ユダヤ教の経典さえもキリスト教の聖典扱いするキリスト教と、クルアーン以外は聖典扱いしないイスラム教。


キリスト教もイスラム教も、アブラハムが信仰した神を信奉する姉妹宗教ですが、

それらは、似て非なるモノなので、

似てる部分に誤魔化されて異なるところを軽視してしまうと、

議論がかみあわずに、あさってな方向へ走ってしまう可能性もあるのです。


この似てる部分に誤魔化される傾向は、翻訳を介すことによって、よく行われます。


『クルアーンが何通りにも翻訳できる』というコメに、

翻訳によるクルアーンへの改竄の危機を感じるよりも、

似てる部分に誤魔化されて異なるところを軽視してしまうという翻訳の功罪の罪の部分をより強く感じてしまった為に、

このコメに引っかかってしまったのかも、しれません。

(勿論、翻訳の功の部分は、わかり辛く想像しづらいモノをわかり易くイメージしやすくしてくれる、というものです)



クルアーンのバージョン問題や初期のクルアーンについては、また別の記事で♪

引っかかっていることその1:『クルアーンについては、討論をすることさえ、難しい』


そのこと自体については、同意できます。

discussionだろうとdebateだろうと、クルアーンについて討論をするのは、難しいと思います。

特に、無神論者(atheist)の私は、ある意味究極の部外者(笑)なので、

クルアーンに対して、あるていど(笑)誠実な態度で、尚且つ討論をしようとすると、前準備もある程度しなきゃならないし、discussionの場では、ホントーに緊張するし、discussionが終わると、とっても疲れましたから(笑)☆


でも、クルアーンについて討論するコトのドコが、そんなに難しいのだろうか?


・まず、史料の問題。←資料じゃないです。

イスラム圏は中国とならんで、史料がわんさかある地域なのだが、中国と同じで、量と質のバランスが悪い(笑)☆

Aの時代の史料は山ほどあっても、それから10年ズレただけで、空白に近い状態になるコトも多い。

また、「コピペか~(笑)!!!」と思いたくなるほど、現存する史料が同じ本の写本ばっかり、ってコトもある♪


クルアーンの場合もやっぱり、史料の状況があまりよろしくないので、そーゆー意味では、discussionやdebateの足場になるべきresourcesがあんましナイのは、討論、しづらい、原因だと思う。


・また、その現存している史料が、はっきりいって、使いヅライ(笑)☆

ムハンマドが生きていた頃のアラビア語というのは、点がなくて、波線だけの表記だったらしいので、

(つまり、BもNもTもTHもYも、みんな同じ表記になるワケです。

例えば、بيت(bayt=家)も、بنت(bint=娘)も、点々がなければ同じ表記になります。

こんなシンプルすぎて、ある意味とっても複雑な文字体系でも、当時の識字の人間には、文脈で読みわけができたのだそうです)

はっきり言って、研究者でもなきゃ、イスラム教徒だろうと非イスラム教徒だろうと読めない・・・orz。

だから、史料があっても、専門家じゃなきゃ、使えない(爆)☆

(しかも、これらの史料、あんまり、現代アラビア語や現代英語に翻訳されてないし・・・)


っつーワケで、やっぱり、クルアーンについてって、討論、しづらいと思う。



では、Bさんが仰っていたような『何通りにも説が考えられる』コトが、クルアーンについて語るコトを難しくさせているのだろうか???


ごく個人的、あやふやな感覚でモノを言わせて貰えば、

この問いに対する答えはNoだと思う。


学生時代、discussでレポート提出しろって、よく言われたけど、

選択肢が少なければ少ないほど、字数が稼げず(爆)、難儀したものだ(笑)☆

3000words、5000wordsと、単語数が徐々に増えるにつけ、学説が2つ・3つしかなかった時は、泣きそうになりながらdiscussのレポートを提出した記憶が、ある(笑)☆

(学説が4つ・5つと多くあると、比較しやすいし、検証しやすくなるのだ(笑)♪)


ただ、論点が散漫になってしまいやすいので、

ひとつのポイントについて、複数の意見を比較するって原則が、クルアーンについてdiscussやdebateする時には、必要だとは思うけれど(笑)☆



と、いうわけで、

・史料の状況があまりよろしくない

・一定の教養が要求される

・議論のポイントが沢山あるので、あっちこっちと散漫になりやすい

って理由で、クルアーンについて討論するのは難しいと思うけれど、

『何通りにも説が考えられる』から、クルアーンについて討論するのは難しい、とは、思わない。

とりあえず・・・。


ウォーキングでは、3500歩以上か、35分以上歩くコト(←歩数が多いほうを、時と場合に応じて選ぶ)、

早歩きをするコト、

腕をぶんぶん振りながら歩くコト、

の3つ。

(早歩きをすることと、腕をぶんぶん振りながら歩くことは、ピグ界のダイエット師匠の「だいすけ」氏に薦められました♪ ホントは、歩く系統より走る系統の方が減量には効くらしいんだけど、運動嫌いなので走るのは、却下(爆)☆)


ベリー・ダンス(もどき)では、基本の姿勢(http://www.ehow.com/video_2390111_correct-posture-belly-dancing.html )を、停止している時ダケでなく、動いている時も保てるようになるコトと、

カラダの巻上げと巻き下げのウォーミングアップ(http://www.ehow.com/video_2390113_rolling-warm-up-technique-belly.html )が出来るようになるコト、

の、二つ。


蛇足ダケド、この動画にでてくるポーシャ先生は、もうひとつのウォーミングアップ(http://www.ehow.com/video_2390112_warm-up-stretches-belly-dancing.html )も薦めているけど、コレは、ワタシは、パス(笑)☆


とりあえず、この5項目が、今週の目標でした・・・orz。



んで・・・。

今週の結果なのですが・・・。


今週から、偽腹回り、測るのやめました。

・・・メジャーが伸びそうな気がするからです。


で、ホンモノの腹回りも、測るのやめました。

こちらは、1週間単位では、ほとんど数値に差がでないからです。


で、今週で一番軽かった体重は、今朝の73.3kg(ウォーキングは毎日やってるけど、昨日・一昨日とベリーダンスさぼっちゃってんのになぁ~???)


とりあえず、早歩きは、挫折しました。

ので、引き続き、早歩きdeウォーキングが次の週の目標♪

在英時代から、実は、ずっとaysya様のブログ(http://ameblo.jp/aysya )にちょこちょこ遊びに行っているのだけれど、今回、気になるコメを見つけた。


ドコが気になるのか、ナゼ気になるのかがわからぬままに、記事の本題とはズレたところで、レスを重ねつづけてしまいそうになった自分に気がついたので、とりあえず、自分のトコロに持ち帰ってみた(笑)☆


とりあえず、気になったのは、Bさんという方が「質問(http://ameblo.jp/aysya/entry-10292326926.html )」という記事につけられた、2009-07-07 02:09:58のコメと、2009-07-07 23:41:40のコメ。


とりあえず、気になった部分ダケ、引用してきました。


『”モハメッドの時代の日付と実体が違う、クルアーンを所持している”とムスリムが公表しているそうです。
クルアーンのコピー(原本)は、2冊だそうで、モハメッドが没落して数百年後のクルアーンの完全版が、美術館で一番新しいそうです。
この2冊のコピーは、イギリス ロンドンの美術館とイスタンブールの美術館にあるそうで、クルアーンの記載内容が現在出回っているものとは、異なるらしいです。

”フーリー”についても、疑わしいです。
クルアーンの真相を解明したくて、紐解きたい人々もいるようですが、差し止められているらしいです。
まず、原本を読める人も実在するかどうか?。。。
ムスリムの多くは、クルアーンの解読ができないそうです。』


と、


『この様に実際のところ定かではないと、私は解釈しました。
言葉、表現、時代差、歴史背景等、何通りにも翻訳、解釈できるので、決め手の答えは難しい。そしてこの様に語るには、勉強不足と言うより、何通りにも説が考えられるので、討論も難しい。。。。

知識として広げていくには良いですが、惑わされないよう自己を確立していってください。
実際、起こっている(た)事件などをもとに、話し合われると、身近に語れるかもしれません。』


の二つです。


でも、これらのコメのドコが、ココロにひっかかっているのかが、具体的にはよくわからないので、

ココでゆっくり考えてみようと思う。(注意:未来記事については、更新日が来るまで表示されません)


13./07/2009 イスラームの聖典について1~クルアーンについてdiscuss・debateするって難しい?~http://ameblo.jp/sl0th/entry-10296770805.html

16/07/2009 イスラームの聖典について2~クルアーンの特徴と、キリスト教のソレとの差異~http://ameblo.jp/sl0th/entry-10296832825.html

20/07/2009 イスラームの聖典について3~ウスマーン版クルアーンができるまで~http://ameblo.jp/sl0th/entry-10297218517.html