前から書きたかったネタをちょこっと・・・
昭和62年の東京モーターショーで日産のコンセプトカーとしてJUDOというクルマが出品されました。
何人のひとが憶えているでしょうか?
この時の日産の出品はかなり熱の入ったもので、ミッドシップスポーツカーMID4をはじめ
PAO・S-CARGO・SAURUS・ARC-X・JURAそしてJUDOとなかなか魅力的なクルマばかりでした。
そのうちPAO・S-CARGO・SAURUS(レース用)は市販され、ARC-Xはレパード・Jフリーに、JURAはプレーリーにそのコンセプトは移されたようです。
残るMID4は国産スーパーカーとして各自動車雑誌に試乗レポートが掲載されたり、確かレースのペースカーとしても使用されたのではないかと思いました。
ではJUDOは?
じつはほとんど資料がありません。
残っているものといえば
カバヤBIG-1ガムのおまけ(いまでも持っています)とモーターショー記念テレカくらいでしょうか?
当時はXマガジンという自動車のスクープ雑誌に「オーテック・ジャパン」より発売予定と掲載され、オーテックのステッカーの貼ってある写真も掲載されたのですが、結局それ以降はなにも載らなくなりました。
クルマのコンセプトとしては、その後に発売されたトヨタのRAV4くらいの大きさの、ちょっと小さなオフロード4WDといったところです。
JUDOが発売されないで、RAV4が出たときは「真似したな?」と思ったくらいでした。
あ、デザインじゃないですよ、コンセプトが
まあ、トヨタもいつだったか、TAC3という3人乗りのミニオフロードカーを参考出品していましたから、いちがいにJUDO=RAV4というわけではないと思いますが。
そんなわけでこのJUDOは日の目をみることのないまま終わってしまったコンセプトカーなのです。
まあたしかに2シーターなので実用性という面ではちょっと劣りますが、リアルーフフレームごと後方にスライドしてルーフが開いたり、スペアタイアを電動で出し入れしたりと、なかなか魅力的なんですけどね。
なんといってもあのサイズがとてもいいコンセプトだと思いますけど・・・
なにが原因だったのでしょうか?当時の日産の経営体制の問題だったのでしょうか?
まあ2人乗りじゃなく、ちょっとカタチ変わってもいいから4人乗りも出したら売れたのではないかと思いますけどね。
いまから発売してくれと言いたいところですが無理でしょうから、せめてどこかのからミニカーでも発売されないかと、切に思う次第です。
でも、こんなに20年前のコンセプトカーに思いがあるのは、自分だけかなぁ~?
