娼婦の股ぐらに落とされる情報のためだけに、
香子は娼婦を抱く。
嬌声を上げる女に興味はなく、その体温には吐き気を覚える。
人の温もりに返せるものは、鳥肌しかない。
それでも香子が娼館通いを止めないのは、
情報を保身と観劇のために求めるからだ。
「街を騒がせてるのは、犬と蜂」
「知ってる」
「じゃあ、女王蜂については?」
「この間縁あって聞いた」
「そう、じゃあ狂犬については?」
「殺し屋、動物にたとえるのが好きな組織の所属」
「そう、じゃあ知ってる?狂犬には趣味がないって話」
「知らない」
「狂犬は自由がお好き」
「知らない」
赤い紅を塗りなおし、蠱惑に微笑む女に首を振る。
女は情事を終えた後特有のけだるさを漂わせながら
でもね、と唇に指を当てて笑う。
「あたしたちも、狂犬についてはそれぐらいしか知らない。
何故って、分かる?」
「リドル?」
「リドルってほどのもんでもないわよ。
狂犬には日常が存在しない、殺し・任務が日常。
だから、話せることがない。
それだけ」
香子の問いに否定を返し、娼婦は言葉を吐く。
情報は、彼女達が好き勝手に遊べる玩具のようなもので
弄くりがいがない、きゃあきゃあと言えもしない乾いた話は
少なくとも馴染みの娼婦は、お気に召さないようだった。
彼女はごろりとベッドを転がると
「犬と蜂で言うならね、女王蜂のが、あたしらは好きよ」
「ふぅん」
「綺麗だからね。綺麗なものは、女は好きなの」
「狂犬は」
同性であること、元々は同じ娼婦であること。
同じ殺し屋でも、狂犬よりも弄りがいのある情報を持つこと。
好かれる要素がよほど多いなと思いながら
一応あちらについても尋ねてみると、娼婦はうぅんと唸りを上げる。
「男好み。あとは、女なら破滅主義者」
「随分な言いようだ」
「言われてもね。趣味のない男なんて、あたしはごめんよ。
薬もタバコもやらないって話」
誰に聞いたとは言わない。
口には出されない、明確な規則がある。
「案外、外に出ないインドアな趣味を持ってるかもしれないじゃないか」
「インドア」
その代わり軽口を叩くと、娼婦はぱちくりと目を瞬かせた。
例えば、と促され
「料理とか」
「あはは、気持ち悪い」
「………」
香子は口をもごつかせたが、結局押し黙ったまま女の笑いを聞いた。
気持ち悪い。
…料理が趣味なのは香子なので、なんともいえない気持ちになる。
このまま黙っていると、気が沈みそうで
香子は今聞いた狂犬についての情報に、考えを巡らせる。
僅かばかりの情報だけれど、さて、導き出される狂犬像は。
考えて、それからえらくストイックな男だと思った。
いや、ストイックというにも語弊がある。
そういうには、狂犬という男の生き方は、乾燥しすぎているように
香子には思えた。
任務の間に日常を挟まず、断続的な殺しによって人生を繋ぎ
そして無類の強さを誇り、他を寄せ付けない。
実に物寂しい。
口の中で呟いて、しかしと続ける。
その男が好くのは自由か。
全く面白いことで。
全く面白くないことで。
狂犬という殺し屋は、命令やセオリーを無視すると伝え聞く。
そこから想像するに、自由を好いているというのは
真実の情報なのだろうが。
「…リドルでも出そうか」
「え?」
娼婦が、またぱちりと目を瞬かせたが、無視して香子は続ける。
「太陽がいて、北風がいる。
太陽は日に十二時間地上を照らす仕事があり、
雲が太陽を隠しているとき以外は、必ずこれを行わなければならない。
太陽は、これについて何も思っておらず、自分を自由だと思っている。
一方北風には仕事がなく、必ずやらなければならないこともない。
気ままにどこぞを吹いて、木枯らしを起こしても起こさなくても良いことになっている。
北風は、自由な自分を好いていて、勿論自分のことを自由だと思っている。
さて、果たして自由なのは、どちらか」
突然に謎かけを始めた香子に、娼婦は目を白黒とさせていたが
香子が謎かけを出し終えて、壁に頭を持たせかけたのに嘆息して
唇を指でなぞった。
「そうね」
一度言葉を切って、娼婦は首をかしげる。
「そうね、でもやっぱり、北風じゃないの?」
「なぜ?」
「だって仕事がないんでしょう?」
「だが、自由を好いている」
一拍。二拍。
娼婦が首を反対に傾げたので、香子は補足をすべく口を開いた。
「好いているということは、執着しているということだよ。
執着があるということは、自由に縛られているということ。
そうした場合、仕事で縛られている太陽と、
自分の執着に縛られている北風は同じ数だけ物事に縛られており
よって、太陽と北風は同じだけ自由でないということになる。
ただし、自分の執着を北風が認識した時点で、
自由に執着している自分というのは本当に、真実自由かと
北風の自由の定義が崩壊するため、北風はやや太陽よりも不利である。と。
ようするに現時点では引き分けだな」
「………一つ言っていいかしら」
「理屈くさい、というのは抜きで」
「ごめんなさい、やっぱり言うことは無いわ」
「あぁ、そう」
気のない返事を返すと、娼婦は呆れた表情を浮かべる。
大方考えていることは、それを考えて楽しい?だろうが。
放っておいてくれ楽しいんだ。
言葉に出さずに態度で示して、それから香子は狂犬へと思考を戻す。
さて、リドルのように、狂犬という男が自由を好き自由へと執着を見せるなら
その男は自由か否か。
自由を求めるあまり、自由に囚われてはいないか。
それに気がつくか気がつかないか。
それ以前に、男が求める自由とは、一体いかなる定義のものなのか。
気になるな、と呟いて、香子は珍しく少年のような笑みを漏らした。
香子は娼婦を抱く。
嬌声を上げる女に興味はなく、その体温には吐き気を覚える。
人の温もりに返せるものは、鳥肌しかない。
それでも香子が娼館通いを止めないのは、
情報を保身と観劇のために求めるからだ。
「街を騒がせてるのは、犬と蜂」
「知ってる」
「じゃあ、女王蜂については?」
「この間縁あって聞いた」
「そう、じゃあ狂犬については?」
「殺し屋、動物にたとえるのが好きな組織の所属」
「そう、じゃあ知ってる?狂犬には趣味がないって話」
「知らない」
「狂犬は自由がお好き」
「知らない」
赤い紅を塗りなおし、蠱惑に微笑む女に首を振る。
女は情事を終えた後特有のけだるさを漂わせながら
でもね、と唇に指を当てて笑う。
「あたしたちも、狂犬についてはそれぐらいしか知らない。
何故って、分かる?」
「リドル?」
「リドルってほどのもんでもないわよ。
狂犬には日常が存在しない、殺し・任務が日常。
だから、話せることがない。
それだけ」
香子の問いに否定を返し、娼婦は言葉を吐く。
情報は、彼女達が好き勝手に遊べる玩具のようなもので
弄くりがいがない、きゃあきゃあと言えもしない乾いた話は
少なくとも馴染みの娼婦は、お気に召さないようだった。
彼女はごろりとベッドを転がると
「犬と蜂で言うならね、女王蜂のが、あたしらは好きよ」
「ふぅん」
「綺麗だからね。綺麗なものは、女は好きなの」
「狂犬は」
同性であること、元々は同じ娼婦であること。
同じ殺し屋でも、狂犬よりも弄りがいのある情報を持つこと。
好かれる要素がよほど多いなと思いながら
一応あちらについても尋ねてみると、娼婦はうぅんと唸りを上げる。
「男好み。あとは、女なら破滅主義者」
「随分な言いようだ」
「言われてもね。趣味のない男なんて、あたしはごめんよ。
薬もタバコもやらないって話」
誰に聞いたとは言わない。
口には出されない、明確な規則がある。
「案外、外に出ないインドアな趣味を持ってるかもしれないじゃないか」
「インドア」
その代わり軽口を叩くと、娼婦はぱちくりと目を瞬かせた。
例えば、と促され
「料理とか」
「あはは、気持ち悪い」
「………」
香子は口をもごつかせたが、結局押し黙ったまま女の笑いを聞いた。
気持ち悪い。
…料理が趣味なのは香子なので、なんともいえない気持ちになる。
このまま黙っていると、気が沈みそうで
香子は今聞いた狂犬についての情報に、考えを巡らせる。
僅かばかりの情報だけれど、さて、導き出される狂犬像は。
考えて、それからえらくストイックな男だと思った。
いや、ストイックというにも語弊がある。
そういうには、狂犬という男の生き方は、乾燥しすぎているように
香子には思えた。
任務の間に日常を挟まず、断続的な殺しによって人生を繋ぎ
そして無類の強さを誇り、他を寄せ付けない。
実に物寂しい。
口の中で呟いて、しかしと続ける。
その男が好くのは自由か。
全く面白いことで。
全く面白くないことで。
狂犬という殺し屋は、命令やセオリーを無視すると伝え聞く。
そこから想像するに、自由を好いているというのは
真実の情報なのだろうが。
「…リドルでも出そうか」
「え?」
娼婦が、またぱちりと目を瞬かせたが、無視して香子は続ける。
「太陽がいて、北風がいる。
太陽は日に十二時間地上を照らす仕事があり、
雲が太陽を隠しているとき以外は、必ずこれを行わなければならない。
太陽は、これについて何も思っておらず、自分を自由だと思っている。
一方北風には仕事がなく、必ずやらなければならないこともない。
気ままにどこぞを吹いて、木枯らしを起こしても起こさなくても良いことになっている。
北風は、自由な自分を好いていて、勿論自分のことを自由だと思っている。
さて、果たして自由なのは、どちらか」
突然に謎かけを始めた香子に、娼婦は目を白黒とさせていたが
香子が謎かけを出し終えて、壁に頭を持たせかけたのに嘆息して
唇を指でなぞった。
「そうね」
一度言葉を切って、娼婦は首をかしげる。
「そうね、でもやっぱり、北風じゃないの?」
「なぜ?」
「だって仕事がないんでしょう?」
「だが、自由を好いている」
一拍。二拍。
娼婦が首を反対に傾げたので、香子は補足をすべく口を開いた。
「好いているということは、執着しているということだよ。
執着があるということは、自由に縛られているということ。
そうした場合、仕事で縛られている太陽と、
自分の執着に縛られている北風は同じ数だけ物事に縛られており
よって、太陽と北風は同じだけ自由でないということになる。
ただし、自分の執着を北風が認識した時点で、
自由に執着している自分というのは本当に、真実自由かと
北風の自由の定義が崩壊するため、北風はやや太陽よりも不利である。と。
ようするに現時点では引き分けだな」
「………一つ言っていいかしら」
「理屈くさい、というのは抜きで」
「ごめんなさい、やっぱり言うことは無いわ」
「あぁ、そう」
気のない返事を返すと、娼婦は呆れた表情を浮かべる。
大方考えていることは、それを考えて楽しい?だろうが。
放っておいてくれ楽しいんだ。
言葉に出さずに態度で示して、それから香子は狂犬へと思考を戻す。
さて、リドルのように、狂犬という男が自由を好き自由へと執着を見せるなら
その男は自由か否か。
自由を求めるあまり、自由に囚われてはいないか。
それに気がつくか気がつかないか。
それ以前に、男が求める自由とは、一体いかなる定義のものなのか。
気になるな、と呟いて、香子は珍しく少年のような笑みを漏らした。