日々は静かに過ぎてゆく。
香子が私物の拳銃を分解して遊んでいると
突如として机の向かい側で携帯を弄っていた女が噴出した。
「や、やりやがった!」
「………………」
気でも狂ったのかと、突如として言葉遣いが乱暴になった
女を胡乱気な目つきで見つめると、彼女は携帯をこちらに投げて寄越す。
眉間に皺を寄せながら内容を確認して
「………おい」
「私のせいではないです、多分」
画面に表示されているのは、小説、のような日記のようなもの。
その中には、見覚えのある単語が、一つ、二つ、三つ。
『友人は女性。
かれこれ数年の付き合いになる、気の良い友人だよと私は言う。
こちらの方は、とウェブは重ねて問う。
そちらの方は男性。どうやら警官らしい。』
『彼は別に真面目な警官という訳ではないよ。
ほどほどに仕事をして、ほどほどに悪事を見逃したりもする。
しかし賄賂を取る訳でもなく、自主的に、淡々と、それらをこなしている。
掴みどころが無いと言えばそれまでだけれど、
人間らしいと言えば人間らしいのではないかと思う。
彼はただ自分が厄介事に巻き込まれない為に、
私達のように積極的に彼らに関わろうとする人間には近付きたがらないんだ』
………どう考えても。
自分のことであると、馬鹿でも分かる。
それだけならまだいい。
話の種にされているだけだ。
しかし、話はどんどんと嫌な方向へ向かっていき最後には
『彼は狂犬と女王蜂に関する情報は提供してはくれないけれど、
彼がここ数日見聞きした事が載せられた、
とあるブログがあるのだ』
…話の終盤には、見覚えのあるURLが表示されていた。
非常に、見覚えがある。
誰にも見せるつもりなどない、片隅で遊んでいた代物だ。
香子はしばらくの間、画面を見つめていたが
やがてため息をついて、携帯を振る。
「…顔も知らない人間に、自分を語られると言うのは
どうも…なんといえば良いのか、面白いというか、奇妙というか」
「あら、怒らないんですか」
目を瞠る女に香子は首を振って否定を示す。
「今更。怒ったところでどうなるというんだ」
すでに掲載されてしまっている代物。
どうしようもない。
その香子の返答に、女は一瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに
「それは、そうです」
と頷いた。
「お前の差し金と言うわけでも」
「まさか。どんな馬鹿です、私は」
女の表情を注視しながら、香子が問いかけると
彼女はとたんに勢いよく否定をした。
自爆行為ですよと続けた女に、香子はそれもそうだと深く頷く。
女は香子を通してこちらを見ているのだ。
香子を危なくするような真似は、利を損なう。
しかしそれならば。
「お前は、怒らないのか、俺」
「怒りませんよ、私」
騙し討ちのような形で、自分たちの存在をばらされたと言うのに
女は本当に怒りの欠片も感じていない様子で、ひらりと手を泳がせる。
「便所の落書きは、見られてもどうでも良い、糞みたいなものでしょう」
言葉遣いが汚いと、注意しようかとも思ったが、香子は頷くにとどめた。
今更面倒だ。
そうだなと、相槌を打ちながら、香子はそのまま携帯の画面をスクロールさせて
前の記事前の記事へと遡ってゆく。
ウェブ。
「………動いているとは聞いていたが」
「ご存知でしたか」
目を瞬かせる女に、香子は画面から目を離さず頷く。
「知っている。一応。この間聞いてきた。
どれぐらい知っているかと聞かれれば、
隠し口座から金を見事盗みだして、隠居のような生活を送っていること。
仕事で請け負って調べているうちに、狂犬と女王蜂に興味を持ったようなこと」
「……最近の動向ほぼ全部じゃないですか。
彼・彼女が、それしかやっていないことの証明でもありますが」
「派手すぎる。段々熱が入っているのか。少しばかり」
香子が、その存在を聞いたのは最近のことだ。
女が読んでいたブログ。
その内容を見ていれば、『繋がった』ときの動画あたりで
漏れ出したのかと、簡単に予想はついた。
「彼・彼女は情報を求めていて、現場で流れている噂、空気。
外に出ないと分からないものを渡してあげれば
それなりにギブテイク出来そうですけど、しないんですよね」
疑問ではない。
断定で女は言う。
「情報を、求めているのだとは分かるがな。
俺は、この蜘蛛以上に情報を集めることは出来んだろうよ」
「先ほど言ったことは」
「………言わせたいか」
「一応、明確にこちらからも言っておくべきかなと」
ようやく画面から顔を上げて、女の顔を見据える。
彼女はやはりどうでも良さそうな表情をしていたが。
…アドバイスか。
目の前の女のご友人からも、止めてもらったようだが。
「俺は踊り子には手を触れない主義だ」
「興味を持って調べたのならば、もはや舞台の上の人ですか」
「あぁ、そうだとも。だから、お前の友人にも余り情報を渡すな」
「あなたがそれを望まないのなら」
女が頷く。
言いながら香子は気分が高揚するのを感じた。
舞台に上がったものが居る。
望んで舞台に上がったものが。
くっと笑い声をもらすと、女があぁと嘆きの表情を浮かべて天井を見る。
「楽しそうですね」
「楽しいさ。あぁ、楽しいとも」
「そのうち飽きて、舞台から降りてしまうかもしれませんよ」
「いいや、明確な意思を持って、舞台に居続けるよ。予感だが」
「……やはり、すごく楽しそう」
「楽しいさ。あぁ、楽しいとも。
きっと舞台の真ん中じゃない。それでも舞台の上で追いかけるよ、この蜘蛛は。
狂犬と、女王蜂という誘蛾灯に対して明確に意思を持ってね。
そこにこそ、俺は火を見るんだ」
目を細めて、男は笑う。
舞台の上には上がらない、男が笑う。
さぁ、見せてくれと。
追いかけるお前もまた、消えない熱を持つものだろうと。
くっくと、更に声を漏らして笑うと、女がちいさく謝罪の言葉を呟いた。
誰にか。
おそらく友人に。
そこでふと我に返って、香子は女に向かって、おい、と呼びかける。
「そういえば、だ。知り合いならば忠告してやれ。
先ほども言ったが、動きが最近派手過ぎる。多少漏れているぞと。
良い思考を持った個体に消えられるのは惜しいんだ」
「本人も、自覚があるようですけど。止まらないんじゃないです」
「好きにやらせておけば面白いが、しかし。………いや、お前が良いなら良いんだろう」
「はい」
たやすく女は頷く。
その様に、蜘蛛の片割れの女の友人と、女。
両者の間にあるはずの友情について、香子は考えかけたが
恋人同士の間の愛について、他者には分からないように
友情もまた、そういうことなのだろう。
大体、どうでもいい。
軽く流すことに決めた香子は、次の疑問を女にぶつける。
「ところで言い訳はされたのか」
「言い訳になってない言い訳なら」
「良いのか」
あっさりと女が答える。
その淡々とした調子に思わず問いかけると、女は少し首を傾げて
「ちょっと欲望に忠実な方が、見ていて可愛いんですよ」
「巻き込まれてもか」
「許容範囲内です」
「あぁ、そう」
「あなたが怒るなら、話は別でしたけど」
言われて香子も考える。
別に、怒るほどのことでもないし。
大体。
「………ちょっと欲望に忠実な方が、見ていて面白い」
「許容範囲内ですか」
「許容範囲内だな」
二人して頷く。
正常よりかは、少しばかり壊れているほうが。狂っているほうが。
好みというやつですね。
誰に言うでもなく言った女の言葉に、香子は頷きながら
女の携帯電話を操作して、表示されているURLをメモする。
「抜かりが無い」
「観察対象だといっただろう」
笑いを含んだ声で言われて、素知らぬ顔で返すと、女がくすくすと笑い声を上げる。
が、しかし。
URLをメモし終えたところで、香子ははたと気がついた。
気がついたことに、同情を覚えて思わず手を止めると
女もそれに気がついたようで、視線でどうかしたのかと聞いてくる。
「…俺は、思うんだが」
「はい」
「お前の友人は、俺のことを蜘蛛にばらしたな」
「えぇ、はい。そのとおりです」
「そして蜘蛛は俺のことを知った。知っただけだ。
『俺』に特別興味は抱いちゃいない」
「はい。肯定します」
「そうだな。そして、俺だ」
自分を指差す。
「俺は、今のことが起こる少しばかり前から、蜘蛛のことを知っていた。
しかし、狂犬と女王蜂のことを調べているという裏が取れていない状態で
未確定という棚に放り込んでいた。
が、しかし」
「今のこれで、確定情報になったと」
「然り」
「…なんとなく、分かりましたがようするに」
女が歯切れ悪く促す。
それにつられて、こちらも歯切れ悪くなりながら
「暴露をしたのは、向こうのほうが先なわけだが
あちらは、明確にこちらの観察の対象になったのだから、
向こうの方がダメージが大きいのじゃないか」
「………………」
無言で女は香子を見て、それから携帯に目を落とす。
気難しそうな、子供のような、そのくせ蜘蛛の巣のように張り巡らせた情報網を持つ人。
彼・彼女は、探るのは好きそうだが、
どう贔屓目に見ても、探られるのは好きとは思えない。
「………どうしても嫌なら、人を使って俺を殺せばいいのではないだろうか」
「自分で提言してどうするんです」
「少し親切を」
「普段の警戒振りは何処へいったんです」
「お前の友人に、口止めしておくべきだったんじゃないかと、詰めが…」
「あぁ…こっそりと」
「やるべきだった。こういう形ではなく」
「…あちらの自分に」
「恨むなら…」
文章として残してしまった、片割れの自分へと恨みはぶつけてほしいと
責任を擦り付けつつ、部屋の二人は沈黙した。
詰めが甘いだとか、口止めぐらいするべきだとか
こういうところから漏れるんじゃないかだとか
そういうことを言ってやったほうが良い様な気もしたが
二人ともが押し黙ったまま、気まずげに沈黙を続ける。
しかし二人ともが、先ほどのURLを消そうとも消せとも言わず
とりあえずのように、女が「コーヒーでも飲みましょうか」と提案し
香子もそれに「そうだな」と、乗り…そしてこの話題が再び二人の口にのぼる事は無かった。
メモ
http://ameblo.jp/paradoxia24/追記
お互いに無言で画面を見詰める。
読み進めているうちに知らずよった眉間の皺に気がついたが、
そのままにしておく。
向こうから見られたので、私は一つ。と、何か言われる前に声を上げた。
「一つ、折を見て話すつもりでした。
二つ、客席から動くつもりはありません。
ニュースやゴシップ誌よりかは近く、やはり、観客席で。
三つ、こんなところまで話していいと、許可は出していません」
「………それならいいがな」
特に怒った調子もない声にほっとする。
が、しかし。
私は再度友人の書いた物を見た。
蜘蛛と、友人のやり取りはどうでもいい。
ただ、情報の横流しの部分が。
「…お前」
「はい」
「お前の友人は口が軽いな」
「というよりかは、話すのはかまわないんですよ、ただ、お互いの間で秘していてくれればよいだけです」
「あぁ…」
彼が、僅かにため息をついたのが聞こえる。
珍しいとは思ったが、私も釣られてため息をついた。
これを、書いて、こちらが捕捉しているのだから、あれこれを見れば
こちらで揉め事が起こる可能性が高いことなど、考え付くのは容易いだろうに。
「計算だったら、文句は言いませんけどね」
「そうだな」
「多分違うんですよね、多分」
「…………………嘘でいいから、計算だというように言っておいてくれ」
「承ります。ところで挑発をされていますけど」
「構わない。目的と立ち位置と、全てが違う」
「そうですね、えぇ、そうです」
「…で、お前はもう、この友人に何も話すな」
疲れをにじませた声で言われて、私はそれはもうと、一二もなく頷いた。