番外編 VELVET PΛW〜プログレッシブ・ロックとJ-POPの間で(第七話) | skyp2tの音楽が好き!

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〈ベルベット・パウの歴史 part.9〉


VELVET PΛWメンバー紹介⑤

ギター 高澤祥子



1988CBSソニー・ラオックス・レディースコンテストに出場したVELVET PΛWスポンサー賞を受賞します(「スポンサー賞」と書いている資料が多いため今後は統一します)。


その後ギターの長見順(86年加入、実質活動は87年初頭から〜88年)が辞め、

3ヶ月に渡るオーディションの末高澤祥子(愛称: ショーコ)が加入します。


4歳ぐらいから約10年間ピアノを続けていたものの「ゴダイゴが好きになり、ギターをやってみたくなった」という理由でピアノを辞め、14歳の時学校のクラブでクラシックギターを始めたそう。


その後17歳の時ヴァン・ヘイレンのコピーをしたくてエレキギター🎸にギターを持ち替えることとなります。



好きなミュージシャンは、


エディ・ヴァン・ヘイレン

窪田晴男(パール兄弟)



好きなアルバムは、


エアロスミスライブ(多分『ライブ・ブートレッグ』(1978年))

ヴァン・ヘイレン1st炎の導火線』(1978年)

ヴァン・ヘイレン2nd『伝説の爆撃機』(1979年)

マドンナライク・ア・プレイヤー』(1989年)

パール兄弟のアルバム(1986年〜)




心がけていることは、


独りよがりにならず、5人のアンサンブルの中で気持ちよく弾けること


お笑いが大好き。


明るく🔆面白い性格だけどメンバーで一番ミュージシャン体質、とメンバーから評されていたようです。




高澤祥子が加入した年にアマチュアバンドとして初めてNAONのYAONに出演を果たします。



内容を最近音声起こししたものがこちら。


(こちらの映像はYouTubeに上がってますので探してみてください)







ちょっと気になったのが、下線を引いた



須賀えー、いろいろ言われるんだけども



の部分。


ここでクローズアップされる曲が2曲目の

Promised land

という曲です。




最近よく聴いているYouTubeがありまして。


それがNAONのYAON 2参加の約1年前、


桐生千弘が約10ヶ月のブランクから復帰し、ライブを再開した1987年のライブ音源




これも音だけを頼りに曲名を調べてみました。




9曲目だけ曲目が違っているかも。


6曲目の「ソアラー」以外アルバム未収録曲のオンパレードです。


この時期の楽曲で特筆されることは、やはり英語詞曲の多さ。9曲中6曲が英語曲となっています。



1987年から少しずつポップな要素を入れていったというベルベット・パウ


しかしポップ化といっても、ベルベット・パウ比。

まだこの時期はスピード感が強いHR/HMを通過したシリアス系ハード・プログレの手触りを感じます。


個人的にはドストライクなんですけど。



NAONのYAON 2では、これまでの作曲スタイルを大きく変えた日本語詞による楽曲3曲をお披露目したわけです。


ここまで大きくソングライティング方法を変えたのには、まず本人達の意思があったことは間違いないとは思うのですが、


メジャーデビューにあたりセルフ・プロデュースといいながらも、外野からの色々な意見があったんだろうなと。



本来の持ち味である技術力をほぼ封印しながらどれだけ共鳴性の高い楽曲を作るか、



約半年という短期間のレコーディング期間で難題に立ち向かったベルベット・パウ



そういった思いが前述の


須賀えー、いろいろ言われるんだけども


から伝わってきますし、


一方唯一の過去曲「PromIsed land」を演奏する="私達はプログレッシブ・ロックをやっている"という誇りも伝わってきます。




もう一つ大きく変わったのは、ギターの活躍。


1987年ライブでは、ドラム・ベース・キーボードの鉄壁なトライアングルにギターが絡むという、第2期U.K.withアラン・ホールズワースのような立ち位置に感じられました。


とはいえ「Into the coffin」の泣きのギターソロは絶品。長見順は「スローハンド」のブルーズギタリストなんですよね。


NAONのYAON 2ではギターが前面に出て、ブラフォード(ブルッフォード)的ジャズロック感から、より当時のメインストリームであるギター・ロックに接近した楽曲になっている点も見逃せないところです。


ギターヒーロー、エディ・ヴァン・ヘイレンリスペクトのギタリスト高澤祥子の加入は、その性格同様明るく🔆華やかな楽曲が作れる体制をバンドにもたらしたのかもしれません。



話が全然進まなくてすみません🙇。


前回にまたもやタイムスリップしてしまいますが、


NAONのYAON 2では"1989年の春にリリース予定"と言っていた1stアルバムは伸びに伸び、9月30日にようやく発売されます。



1stアルバム発売後、音楽雑誌にはこんな広告が載ったようです。



何故かドラムの桐生千弘がギター🎸を抱えているという、まあまあ謎な広告となっています。

"作曲、編曲なんでもキメちゃう"と書いてあるのでマルチプレイヤーという感じで使われたのでしょうかね。


1stアルバム発売後、早速バンドはセカンドアルバムの構想に入るわけですが、ここで2名の人物が登場します。


が、それはまた次回ご紹介します。



それでは

猫猫猫にゃー