リオデジャネイロ港、サンフランシスコ港とともに 世界3大美港の一つに数えられているシドニー港は、なんと湾の入口からサーキュラキー(Circular Quay波止場)まで奥行19kmにおよぶ天然の要塞なのです。
一見風光明媚にみえますが、湾内には第二次大戦中前より潜水艦基地があったり、囚人を閉じ込める牢獄島などあったり、また土壌汚染の為閉鎖になっている小島など、いろいろな歴史を秘めています。
終戦の約3年前、1942年5月、大日本帝国海軍
の特殊潜航艇によるシドニー港攻撃もありました。3隻の日本軍特殊潜航艇が探知されることなくシドニー湾に侵入し、その中心部に達し そのうちの1隻が海軍基地内の軍事目標を狙って魚雷を発射。混沌とした夜が明けた時、21名のオーストラリア人及び英国人水兵と、日本人潜水艦乗員6名が死亡していました。
シドニー湾の海底から引き上げられる特殊潜航艇の写真は、オーストラリアに対する日本の脅威を強烈に象徴するものとして、太平洋戦争関連の記録や新聞記事に繰り返し使われています。
今日、ゆったりの船旅を楽しむ、豪華客船ツアーがブームとなり シドニー湾には連日のように世界各国の客船が入港するようになりました。通勤途上でも電車の窓から毎日違った国旗が掲げられた豪華クルーズシップを眺めることができます。
1973年に竣工、2007年にユネスコ世界文化遺産に登録されたオペラハウスは、貝殻やヨットの帆をイメージした外観で、ハーバーブリッジとともに
観光客の定番スポットとなっています。 我が家から車で約10分程なので橋脚横にあるミルソン公園まで時々ピクニックに行きます。
また、ハーバーブリッジの頂上(海上134メートル)から360度広がるパノラマ景色を楽しむ「Bridge Climb ツアー」 最近人気があります。
2000年
には夏季オリンピック
「シドニーオリンピック
」の開催地となったことで世界的に有名となり、シドニーから300km南のキャンベラが首都ですがシドニーがオーストラリアの首都であると誤解する方も少なくありません。
シドニー地区の人口は400万人、周辺の人口を含むと約600万人。 私が移住した1998年当時は朝夕の通勤ラッシュ時でも交通が混雑することはあまりなかったのですが、昨今では、朝晩のラッシュ時にラジオで「渋滞情報」が定期的に流されるようになりだんだん大阪、東京と同じ賑わいを呈するようになりました。
物価も年々上昇してゆくのでノンビリした生活は難しくなり、数年先には物価の安い日本に引越しをしなくてはならないのでは・・・ともっぱら日本人会の会合での話題となっています。
毎月、日本人居住者が「里帰り/帰省」をするのですが、皆さん、後日、ふるさとからシドニーに戻ると、口癖のように・・・・・“日本のレストランでの食事は味も最高、値段もシドニーのほぼ半額 ・・・” とべた褒めします。 そうです、洩れなく手放しでほめるのです。
1980年代はシドニーの物価は日本の7掛け程度、スーパーに食品を買いに行ってもとても安く感じましたが、バブル崩壊後、ゼロ金利政策の施行が
デフレスパイラル現象となりここ20年間物価が凍結、結果シドニーと日本との物価が逆転してしまいました。
今日では、シドニーの物価の方が 約30%は高いのではないかと・・・・日本人会のメンバー、異口同音に唱えられます。特に住宅、マンション、自家用車、電気製品は日本の倍額またはそれ以上です。
シドニーハーバーが一望できる高級住宅は殆どが3ミリオン、5ミリオン、10ミリオン、15ミリオンの値段がついています。わかりますか? 単なる景色が良いという理由で住宅1戸が3ミリオン(3億円)~15ミリオン(15億円)もするのですよ・・・・
1992年から1998年頃にシドニーの住宅を購入した人は、その後の住宅価格の急騰により2008年までに倍額以上に資産価値が増えました。普通のサラリーマン家庭で暮らしている人が この金額を聞くとおそらく卒倒するでしょう・・・・
とにかく欧州系の人はビュー(景観)に莫大な金を払うのです。日本人には信じられない価値観の違いです。 さらに世界中の資産家がシドニーハーバーのViewに投資するので余計に加熱します
。
リオのコパカバーナ海岸、南フランスのリヴィエラ コートダジュールニース海岸、サンフランシスコ海岸など類似するビーチ付近の住宅はいわばかぎられた特別限定地区の為か 住宅の価格は年々上がることはあっても 下がることがありません。
例えばシスコの場合、西は太平洋で空地スペースなし、東はシエラネバタ山脈が背後に迫り住宅建設は飽和状態で発展する余地は全くなし。リビエラ海岸、コパカバーナ海岸も同じような状況ですが、この地は多少地理的条件が異なります。
シドニーの場合、東は太平洋に続く海域にて空地スペースはありませんが、西は60km Blue Mountains の入り口までフラット(平坦)な土地があり、狭隘な行政機関も今後は市の中心City からParramatta市(25km西側) 移管すれば、新しいシドニーの中心地になることは確実です。
というのは、あと10年以内にシドニー空港が満杯となって、第二空港(一番候補地)がBadgery’s Creek バジェリーズ クリーク に決定されると新空港までわずか20kmの有利な立地条件になるからです。 そうなれば、海路からのシドニー着陸以外に、世界遺産のブルーマウンテン峠から新シドニー空港に着陸態勢に入ることになります・・・・
ただ、現政権(労働党)は9月7日の総選挙前に第二空港の内定は発表すれば、騒音問題などで地元からの反発が予想され支持率が下がるのを恐れて
足踏みをしております。
環境保護と自然破壊とどちらか優先するのか? 豪州では環境保護優先の左派の「緑の党」(グリーンズ)が活発な 活動をしています。 例えばブッシュファイアー(Bush Fire)を避ける為に、住民が森林の間引き申請をしようとしても緑の党に阻止されます。
(・・・そもそも、そんないつ火災が発生するかわからない危険な場所に住むのが悪い・・・という論理です)
日本の調査捕鯨
に対しても断固とした対応を望んでおり、「シーシェパード
」を支持している政党です。その他、いろいろ議論がありまだまだ新空港実現までには予断を許しません・・・・新空港建設の具体案が発表された1986年からすでに27年も経過、いまだにモメており・・・このまま何も決まらず「延期、延期・・・」となれば現空港が飽和状態になることは間違いありません。
「雇用創出と経済面に加え、シドニーが世界都市であり続けるために第2空港は緊急課題」と政府は主張しているのですが・・・・
世論調査によると、今週の総選挙では現政権の労働党から自由党に政権が替わるのは必定とのことなので、今後どうなるのか?
ガソリンの値段(Petrol、略してペトロと呼びます)も私がオーストラリアに来た頃は、日本の価格のほぼ半額、リッター70セント前後だったのに、
それから比べると倍に跳ね上がっています。 昨年まではリッター当たり $1.30 だったのにだんだん値上がりして$1.40 そして豪州ドル安から
輸入コストにスライドして 昨今 $1.40 ~$1.50 に定着して、ほぼ日本の価格に近い状態になっています。
2000年~2003年頃に豪州に移住した人の為替レート 1豪ドル=¥60円台・・・・・ *史上最安値:2008年10月24日、55.02円 その後、通貨は安定して1豪州ドル¥80~¥90 前後を推移しておりましたが・・・・
安倍新政権のアベノミクス効果による円安につられて豪ドルも ついに¥100を突破、いずれ¥130を超えるという噂もあって、あの頃に豪州住宅を買った人が不動産を売却して即帰国すればほぼ2倍程度の儲けになるという・・・・「捕らぬ狸の皮算用」という諺もあれこれと・・・・というのも一瞬にして、またもや・・・90円台に逆戻り・・・・・そうです・・・世間というものは早々甘い話しばかりではないのですが・・・・・・・
安倍晋三
首相の経済政策
「アベノミクス
」はすでに英語化し、豪州のテレビや新聞ではこの言葉が使われています。
日本銀行
の大規模な金融緩和
策、円急落、長期金利
の急上昇、株価の暴落など、日本発の話題でこのところ株式市場から目が離せません。
相場が大きく動くことで、もうけるチャンスが増えるため、ヘッジファンド
などの市場関係者の投資熱は高まるばかりですが、これはかならずしも市場と連動していないのでは? 1992年に弾けた“バブル経済” のミニ版再来という声も聞こえます。