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SKYのブログ

オーストラリア、シドニーから

あなたの近くにお住まいの方で、消防車のサイレンが鳴ると途端にお家から飛び出して、その車の後を追っかける趣味の方いませんか?

そうです・・・火災の現場を見たいという強烈な意欲のあるお方です・・・・

野次馬的根性に溢れている人です。人の不幸を興味半分で見るのがたまらないのです。 普通の人なら火災を起こした方の不幸を遠巻きに見ているだけですが・・・・「心配だから見に行く」なんて美辞麗句に過ぎません。

他人が修羅場を踏んでいるのですから、そのような行為は失礼にあたります。 好奇心のかたまり ・ 詮索好き・ もの珍しげにのぞき込むのが好き・・・・このような性格の人は個人の特性なので平凡な庶民の暮らしをしている我々にとって きわめて迷惑な行動にもなりかねません。


“明るくて、社交的で、友達?がやたら多くて” ・・・・「私何でも知っていわ!」というタイプの方が当てはまります。

世話好きだし、信頼されているから知り合いも多いのかな、と思っていたら、よそ様の家庭の内情やご主人のことまで、なんでもかんでも「他人の生活」が気になる不思議なタイプの人です。

 

このDNAの持ち主の方は自分が何かの理由で不幸な境遇に陥ると危険です。隣近所の幸せな家庭を 恨んでみたり、悔しく思ったり、呪わしく思ったりすることが大いにあり得るからです。

1998年、和歌山市の夏祭りで、提供されたカレーにヒ素の毒物が混入されて、4人が死亡、63名が中毒症状をおこした「カレー毒殺事件」もちょっとした「恨み」「嫉妬心」「差別」が無差別殺人に発展した可能性があります。


また、病的な嫉妬心をもっている人、心の病のある人は自己愛が強すぎる傾向にあります。このような特異な性格の持ち主は、精神医学的な見地から「自己愛性人格障害者」とも言われています。

もしも、二人で一緒に歩いていて、前から、格好良い人が通り過ぎて行った時、どちらかが思わず目で追ってしまったら、むっとするとは思いますがこれは誰にでもある正常範囲です。


しかし、嫉妬が度を過ぎてしまい、以下のような事が見られるようになったらどうでしょう。相手が他の人と親しげにしているだけで怒り出してしまう。 相手の行動をしつこくチェックする。

相手が自分の目の届く範囲にいないと不安になる。

こんな時、あなたならどうしますか? このままでは、2人の生活が成り立たなくなってしまう可能性があり、別れるというのも選択肢でしょうが相手の嫉妬深さを除けば、なかなか良い人であったり、幸せな思い出を共有している場合にはすぐには別れられませんよね。

「自閉症」の方も一種の精神分裂病なので、時には「嫉妬心」から 親しい友が他の人と親しく話をするだけでも拒絶反応を起こすこともあります。

嫉妬心はよくある感情であり、愛情の裏返しですが・・・・・執念ぶかい、うるさくつきまとう、くどい・・・独占欲も強く好きなものはなんでも独り占めしないと気がすまない人は、ひとつ間違えば危険な行動に走る可能性があります。


愉快犯という言葉が世間に知られるようになったのは、1977年に東京・大阪で発生した「青酸コーラ無差別殺人事件」であるとされています。犯人の正体はおろか目的も不明なまま迷宮入りしました。 

自分が起こした事件を社会やマスコミが大きく取り上げて、人が傷ついて大騒ぎしている様子を「犯人が愉快に思っている」という意味で、愉快犯と呼ばれるようになりました。自分の行為で世間が慌てふためき、怯える、大きく騒がれる…そんな様子を見たいが為に迷惑行為を起こす者を「愉快犯」と呼びます。


自分の未熟さや劣等感の裏返しとして、手段を選ばずに他人を操作して自分の存在を主張する快楽を得ようとするのも愉快犯の心理です。 英国、オーストラリアでは、このような卑劣な行為をする人物の唐突な行為を 「LOOSE CANNON」(ルースキャノン)と云います。

つまりこの意味は、何をしてかすか行動が予測不可能、コントロールが出来ない人々を指します。愉快犯の犯行に似た行動です。 つまり、ある瞬間に突然「 精神的異常行動」を起こすタイプの箍(たが)が外れた危険人物です

。一般の英語では Fanatic ファナテック(マニア、狂信者、過激論者)、または Eccentric イクセントリック(偏心者、精神的におかしい人)、これらに類する人々です。 「阿鼻叫喚の巷と化する」ことに異常なる喜びを感じる特異体質、精神異常者の世界です。


世間では、自分の幸運を喜び、自画自賛の人生を謳歌するタイプの人も多くみられますが、これがノーマルな凡人の感覚かも知れません。反対に、「人の不幸は蜜の味」という言葉の通り、他人が苦しみ、嘆くさまを無常の喜びとするタイプの人が問題なのです。その限度を超えると、始末に負えなくなるのです。


ちょっとしたイタズラなら良いのですが、他人に迷惑を掛ける行為、たとえば、駅の電車一面に落書きをする、鉄道の線路脇のトンネルの壁に巨大な落書きをしてたのしむ若者、電車の窓に大きく傷をつけたり、異物で引っ掻いてキズをつけて楽しんだり・・・・他人の生命を傷つけるまでには至らないがこれに似た行為はすでに公共の乗り物を快く利用する善良者の心を傷つける行為です。

シドニーのトンネル横の壁の落書きは尋常ではありません。


米国のボストンで開かれていたボストン・マラソンのゴール付近で2度の大きな爆発があり、8歳の男の子を含む多くの観客らが死傷、90人以上が病院で手当てを受けました。 スポーツのイベントが、市民や観光客を無差別に狙う卑劣な爆弾テロの標的にされました。残念なことです。

政治的なテロなのか、只今のところ100% ではありません。このような爆弾テロ行為は決して許されるべきものではありません。


米捜査当局は米ボストン爆破事件の容疑者2人は、ロシア・チェチェン共和国出身の米国在住者と発表。捜査当局者が明らかにしたところによれば逮捕された連続爆破事件のジョハル・ツァルナエフ容疑者ら兄弟が、当初は7月4日の米独立記念日に爆破を計画していたとか・・・・犯人らしき2人の内、1名は射殺されましたが、もう1名は身柄を拘束。 

チェチェン出身者ゆえに反米思想に傾いたのか?米メディアによると、容疑者の兄は以前、インターネットに「米国人の友人は一人もいない」と書き込んでいたそうですが、それならばやはり、「LOOSE CANNON」(ルースキャノン)、政治的恨みというよりも、単独犯、愉快犯の犯行に似た行動かも知れません。


2005年にロンドンで起きた地下鉄・バス爆破テロ事件の実行犯にも、英国で疎外されて、心の闇、「恨み」を抱えた英国育ちのイスラム教徒の若者でした。 国際的に著名な都市や観光地は近年、繰り返し爆弾テロの標的になってきました。2001年の米同時テロをはじめ、インドネシア・バリ島のディスコやスペイン・マドリードの鉄道、インド・ムンバイの高級ホテルなどで、多くの市民が巻き添えになっています。こうした場所での爆弾テロでは、多くの人が密集しているため被害が拡大しやすい傾向にあります。


一方で、絶え間なく行き交う不特定多数の人を対象にした持ち物検査などは物理的に難しく、警備や抑止の面で大きな課題となっているのが現状です。

国際的な行事が頻繁に開かれる土地柄が、治安維持の難しさにつながった面もあるでしょうが、事前に防止するのは困難でしょう。

ボストン事件は、日本にとっても対岸の火事ではありません。日本の地方都市を含め、アジアの各都市が世界中から人を招き入れ、国際会議やイベントの開催で競争力を競い合う時代ですが、Security(警備)には莫大な手間と費用がかかります。相次ぐ爆弾事件、テロは、こうしたグローバル化した社会の弱点を突いているともいえます。


もはや一国による爆弾テロ対策はあり得ません。各国の政府や治安機関がこれまで以上に緊密に連携し、国際的な視野で爆弾テロを封じ込めていく必要があります。しかしながら、このような類似事件は撲滅不可能な時代でもあります。 何万人も集まる集会所では、個別の危険物検査には限界があるからです。