先月の『100分de名著』は
ブルデューの『デイスタンクシオン』という社会学の本だった。
恥ずかしながら、この本の存在も著者に名前も知らなかったが、なかなか面白く番組を見た。
録画して何度も繰り返し 番組を見て、テキストも何度も読み返した。

要は『趣味の社会学』ということだと思う。

私たちには 自覚していない、自身の傾向性があり、
それに無意識のうちに縛られて活動している。

その自身の傾向性(ハビトゥス)の優位性を 他者に押し付けることから、闘争へ発展するとかいうものだ。


ここからは私の意見だけど、こんな例えが分かりやすいと思う。

日本の妖怪研究のルーツと言えば、柳田國男と井上圓了が有名だ。ラフカディオ・ハーンもよく知られている。3人とも、同じ時代の人で直接会って意見を交わしたこともあるようだが、必ずしも仲は良くなかったらしい。
柳田國男は 井上圓了に対して、「井上圓了君には徹頭徹尾反対」とまで宣言しているのは有名な話らしい。

私のような門外漢には 2人とも妖怪や怪異の伝承を収集して、学問へ発展させている点で とてもよく似ているんだけど、2人の出発点も、目ざす方向も微妙に違うようだ。

それが感情的な反発にまで発展しているように見える。

民俗学とか 妖怪研究とか 仕事として取り組んでいるけれど、今の私たちにはどちらも根本的な違いはないように見える・・・といったら叱られるだろうか?

両者の根本にハビトゥスによる違いがある以上、全く同じものを同じ価値観で序列化することなど出来はしないのだ。


さて、ここからが本題。

一昨年頃から 話題になっている『人工流れ星』

天文マニアからは とても評判が悪い。

『デイスタンクシオン』の分析方法を当てはめれば、これは元々のハビトゥスの違いが原因だ。

ネットでの炎上を防ぐために、人工流れ星に肯定的なサイトでは、批判的なコメントは削除されてしまうようだ。
それはそれで仕方ないのかもしれない。

天文マニアの絶対数はとても少ない。
賛成する人は圧倒的に星の知識に乏しい一般の人だから、天文マニアを相手にしないのが、ビジネスを成功させる早道なのだろう。
でも、そのようなやり方が ますます天文マニアの神経を逆撫でしているのも事実。

人工流れ星を推進する側は 
一般の人向けに 人工流れ星の良いイメージを宣伝することに躍起になっていて、
科学的な意義については全く触れられていない。

天文マニアだって、人工流れ星を何から何まで反対しているわけではない。

科学的な実験、スペースデブリの処理手段としての人工流れ星の利用ならば
人工流れ星について 肯定的な意見も多い。

人工流れ星を推進する団体の側は 絶対数の少ない天文マニアをほとんど無視して計画を進めているが、
日本の地方の公開天文施設などで、一般の人向けに対応しているのは 天文マニアのボランティアであることを忘れているようだ。

人工流れ星について 炎上を恐れずに 
天文マニア向けの説明もしないと
結局は地域で公開天文施設を支えている天文ボランティアの協力は得られないと思う。