もうもうと立ち上る煙の中から姿を表したのは、神楽の兄、神威だった。
「にっ…神威!何でここにいるアルか!?」
銀時や新八が神威と初対面したのは、吉原だ。あのとき万事屋は晴太と共に吉原へ行き、夜王鳳仙を倒し、日輪を助け、吉原の太陽を取り戻した。
以降吉原は日輪を中心とし、晴太もそこで暮らしている。しかし、いくら日輪を中心としているとはいえ吉原は鳳仙が作り上げた桃源郷。
管理全てを日輪が支配できるわけもなく、その支配権は「鳳仙を倒した」と上に伝えた神威が握っているのが現状だ。
また、吉原の一件から、神楽は神威を倒すと誓っており、修行にも突入したよう。まぁ、今現在修行している様子は見れらないんだけども。
まぁそんなことがあってか、兄妹仲は良くない。それぐらい神威も知ってるし、神楽を殺そうともした。なのに、なぜ今現れるのだろう。
当然といえば当然すぎる問いかけを神楽は兄に放った。
「ん?ちょっとね、遊びにきた。それに、お侍さんとも少し話がしたくなったし」
「遊びなわけないネ!!吉原を…私達をどうするつもりアルか!?」
「遊びだってば、それに吉原なんか俺は興味ないし」
「じゃぁ何で…ッ」
ここには遊びにきた、という神威の返答に納得でいない神楽は尚も問いかけを繰り返す。だがいくら問いかけをしたところで神威の答えが変わることはないだろう、だって本当なのだから。
だから神楽も納得できることはない。それを分かってか、銀時が神楽の肩を掴み自分の後ろへ押して自分が前へ出た。
「何しにきやがった?俺と何の話がしたいってんだ?」
銀時の片手は、木刀の柄にかけられたままだ。神威は銀時の警戒心を解こうとしてか、傘をたたむ。
「うん、ちょっとね。ここじゃなんだから外に行かない?俺、ちょっと江戸の町を見てみたいしさ」
「銀ちゃん、行っちゃダメアル!!身包み剥がされてしまうネ!!」
神威の提案を聞いて今度は神楽が警戒心を全開にし、銀時の腕を掴む。一方銀時といえばまだ警戒心があるのか薄らいできたのかは分からないが、どこか落ち着いた表情になっている。
「………神楽、新八、屋根の修理頼むぞ」
ぽん、と神楽の頭に手を置くとそのまま玄関に歩き出す銀時に続き、神威も玄関に歩き始める。別に神威の靴が玄関にあるわけでもない。というか神威は土足なのだが、とりあえず銀時についていくととにしたよう。
「銀ちゃん…」
――甘味屋『チャーリー』
甘味屋という割には名前がやけに洋風っぽい甘味屋に、銀時と神威はきていた。
この甘味屋は小さく、座席数も少なければ客席も少ない。しかも何故か店員はピカジュウのお面を被っているという変な店。
古くから通ってきてくれている常連客や、銀時のおかげでまだ続いているような店だ。ピカジュウのお面が人気なのか、やたら子どもが団子を買いにきたりもしてくれる。
今日も小さな子どもたち数名が団子を買いにきていた。
「へぇ、小さい子達にも人気があるんだ」
神威が店先で団子を頬張る子どもたちを見て呟くと同時に、店員が注文をとりにきた。
「このお面のおかげだぜ。注文は何にする?銀さんはいつものか?」
甘味屋『チャーリー』の店員は店員のくせに客に敬語を使わないというか、銀さんや子どもには敬語を使わない。最も、店員はコイツ一人しかいないのだが。
「いや、俺は今日は普通に団子頼むわ」
「へぇ、珍しいな。そちらさんは何にする?」
面のせいで表情は分からないが、声音から驚いている様子が感じ取れる。どうやら銀時がいつもの「銀時丼」を頼まないのは結構珍しいことらしい。
「何かおすすめってある?」
神威はこういった店に来ることが少ないのか、暫くメニューをジッと見ていた。頃合いかな、と思って店員は神威に聞いたようなのだが、どうやら神威は決まらなかったらしい。結局店員におすすめを聞いていた。
「俺個人のおすすめだと…今日は大福かな」
「じゃぁそれで頼むよ」
「はいよ」
2人の注文を受けるとさっさと奥に引っ込んでいく店員を見届けると、銀時は早速話を切り出した。
「で?何なんだ?俺に話ってよ」
「ん?いやさ、元気でやってるかなーと」
「あ?」
てっきり吉原とか警告とかの話をされるのかとばかり思っていた銀時だが、神威の言葉の真意を読めず思わず間抜けな声を出してしまう。
「言葉の通りだよ、神楽が元気でやってるかなってさ。にしても、吉原で会ったときは驚いたよ。小さい頃はちょっと男の子にいじめられただけで泣きついてきたのに、今は反撃までするようになったとはね」
少しも変わらない神威の笑顔と続けられる言葉に、銀時はますます混乱しよく分からなくなる。一体、神威は何が言いたいのだろう、喧嘩でもしに来たのではないのか、警告でもしにきたのではないのか。
「………」
混乱し言葉が出ない銀時とは対照的に、神威はスラスラと言葉を紡いでいく。
「アイツは出来の悪い妹だし、大食いだし弱っちいから将来が不安だったんだけど、楽しみになってきたよ。もちろん、お侍さんも楽しみだけどね」
「お前…何しにきたんだ?」
このまま相手の話だけを聞いていても分からないと思ったのだろう、銀時は神威に無駄だと知りながらも問い掛ける。
「言っただろ、遊びにきただけだよ」
返ってきたのは神威が神楽に言ったものと同じ言葉。銀時は神威が現れてからずっと頭の片隅で思っていたことを率直に問う。
「俺を殺しに来たんじゃねぇのか?」
吉原で…神威は銀時たちの前から消える前に、神威は銀時に「俺に殺されるまで」と言っていた。銀時は、神威が自分を殺しにきたんじゃないかと、思っていたのだ。
だから神威の提案にのって万事屋をでた。神威が提案してきた時点で、神威が銀時を殺すという目的は既に薄らいでいたのだが、万が一ということがある。
もし万事屋で神威と殺し合いなんか始めてしまったら、下のお登勢やキャサリン、たまだって無事じゃすまないだろうから。
「まさか、そんなワケないだろ。今日は言うなれば様子見ってとこだよ。お侍さんが強くなったかどうかとか、神楽はどうしてるとかとかね。出来の悪い妹を持つと…兄貴は心配なんだ」
「お前…」
「はいお待ちー。団子に大福ね。兄さん方空気重いぜ?折角いい天気なんだからもちっと明るくいこうや」
タイミングの悪い奴というか良い奴というか…店員が丁度注文の品を持ってきた。銀時と神威のどこか真剣そうな堅苦しい雰囲気を感じとったのか、ケラケラ笑いなが店員は言う。
「うん、やっぱり地球の食べ物は美味しいね。俺、大福も気に入ったよ」
早速大福を食べた神威は満足げだが、銀時はなんともいえない表情で団子を口に運んでいた。
「ところで店員さん、一つ聞いていいかな?」
何か甘味についての疑問でもあるのだろうか、神威は店員に聞いた。
「何だね?」
快く問いかけに応じる店員に、神威は最後の大福を腹に納めて問う。
「店員さんって、男と女どっち?」
店員の表情は面で隠されていて分からない。しかし、何となーく、さっきまでの陽気な雰囲気は薄らいでいるようだ
店員は少しの間黙ってから、面を少しだけ上げて言った。
「……実際に見てみるか?」
甘味屋からの帰り道、既に空は赤みをおび初めている中で、銀時は神威に甘味屋で聞きそびれたことを問う。
「お前、後悔でもしてんのか?」
母を捨てたことを、妹を見放したことを、父を殺そうとしたことを、神威は後悔しているのだろうか。銀時は、今日の神威を見てふとそう思ったのだ。
銀時は、今日の神威はただ単に妹と離れてくらす兄が、妹を心配して来たというだけにしか見えなかったのだ。心の中では、「後悔していないんだろう」という思いがほとんどだったが、それでも聞かずにはいられなかった。
神威は、その問いには答えなかった。
ガラッ
「帰ったぞー」
今度はちゃんと神威も玄関から入り、靴も脱ぐ。銀時は玄関を見てどこか違和感を覚えたものの、さして気にせず居間にいるであろう神楽たちに声をかけた。
すると銀時のいつもどおりの声音に反応し、居間から神楽と新八が銀時の元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫アルか銀ちゃん!何もされなかったアルか!?」
「銀さん大丈夫でしたか?」
「別に何もねーよ、安心しろ。」
心配そうな2人を安心させようとしてか、銀時は笑みを浮かべて答えた。その答えに安堵したのか、ホッと息をつく三人。
「そいつァ良かったぜ。団長がまた何かやらかしたんじゃ、元老に言い訳するのは俺の役目だからな」
特に安堵したのは阿伏兎のようだ。
「ん?……お前、あのときの奴じゃねーか!!!」
数秒してから漸く銀時が反応した。さも当たり前のように存在しているから中々反応できなかったようだ。
また、玄関をよく見ると靴が一足増えている。神威と同じものだ。銀時が玄関で感じた違和感は阿伏兎の靴があったからなんだろう。
「大丈夫ですよ、この人そんなに悪い人じゃありませんから」
新八が驚き警戒する銀時に告げる。
「そうアル。さっきまでずっと一緒に神威の愚痴言い合ってたね」
「ちゃらんぽらんな上を持つと、お互い苦労するもんだってな」
神楽・新八と阿伏兎は何故か和解したらしい。吉原で2人は阿伏兎に助けられたことが大きく働くとともに、神威の愚痴を言ううえで通じたようだ。
「酷いな、俺のどこがちゃらんぽらんなんだ?」
「全部だこのすっとこどっこい。ホラ、帰るぞ団長」
そうだ、阿伏兎は神威を迎えにきたのだ。明日迎えに来いとか神威は身勝手なことを言っていたが、そういうわけにもいかない。
春雨にもスケジュールとか予定とか仕事ってモンがあるのだ。阿伏兎が帰ることを告げると、「え~」と神楽と神威の声が見事にそろう。
もちろん、2人の「え~」の意味は違う。
「もう帰るの?もうちょっと遊んでいこうよ」
というのが神威の「え~」
「もう帰るアルか?もうちょっと話すアル」
というのが神楽の「え~」
神楽はどうやらもうちょっと阿伏兎と神威のちゃらんぽらんさについて話したかったようだ。
「いや、もう帰るんだ。
予定よりもう結構な時間遅れてるしな」
「いいじゃないか別に。予定をあと1、2週間先送りにしちゃえば」
「仕事が入ってるだろうがこの馬鹿。グダグダ言ってないで行くぞ団長」
まだ聞き分けない子どものような神威のわがままを、保護者のような阿伏兎は聞き入れるはずもない。さっさと靴を履き始めた。
その様子を見て今回は諦めたのか、神威もしょうがない、と溜め息をついて玄関へ踵を返す。
「それじゃ、また遊びにくる…あ。そうだ」
靴も履き終わり、玄関から外に出ようとしたところで神威は立ち止まり、何かを思い出したようにもう一度銀時たちの下へ歩み寄り、一つの白い箱を銀時に手渡す。
その白い箱は神威は春雨の船から飛び降りるときにも持ってたもので、丁度ケーキを入れるような箱であり、実際チョコケーキが入っていた。
今までどこに持ってたの、とか、着地するとき箱は無事だったの、とか、どこから出したの、とかそういった質問は全て聞かないこと。
「ハイ、これ。
今日って地球ではバレンタインデーっていうんだろ?チョコとかを誰かに送る日らしいから、俺から君達にあげるよ。神楽が好きそうな味にしといたから。」
神楽の好きそうな味=好きなもの=酢昆布=酸っぱい。ということなのだろうか、中身はチョコケーキであるはずなのに酸っぱい匂いが漂っている。
「それじゃぁ、またね」
「次会ったときはそのひん曲がった根性たたきなおしてやるアル!覚悟しとくネ!バーカ!」
神楽の最後の罵声に神威は声を返すことはなく、ヒラヒラと手を振って応え、万事屋から出ていった。
「団長、あの箱の中身って何なんだ?」
阿伏兎は神威が銀時たちに渡した箱の中身を知らない。まさかバレンタインデーだからって本当にチョコを渡すなんて思ってないらしい。
「あの中はアレだよ、チョコケーキ。神楽は酸っぱい味が好きだから、酸っぱい味にしようと思って結構な期間放っといたんだ。思ったとおり酸っぱそうな匂いしてたよ」
「団長…それって…」
「銀さん、箱の中身なんですか?」
神威と阿伏兎がいなくなったあと、万事屋三人は居間に集まっていた。神威からの箱が新八は気になるようだがが、神楽といえば「そんな箱怪しいから捨てるべきアル!絶対ロクなもの入ってないネ!」と言っている。
「まぁまぁ、一応開けてみようぜ。俺も箱の中身は知らねぇんだ」
神楽の忠告を冗談半分で受け止め、銀時はゆっくりと箱の蓋をあけた。すると……
「ケーキ…チョコケーキですね」
見事なチョコケーキが現れた。見た目的にとても美味しそうな一品だ。
「バレンタインだから…ってこったろ。中々気ィ利くじゃねーか。酸っぱい匂いがすんのが気になるがな。ま、とりあえず食ってみようぜ」
銀時が丁寧にチョコケーキを切り分け、皿に乗せて新八と神楽に渡した。
「そんじゃ、いただきます」
翌日―――
「銀ちゃん…おなかが不協和音奏でてるアル」
「俺だって腹がオーケストラやってんぜ…」
「僕もすごいんですけど……」
万事屋、全員食中毒。
☆ 終 ☆
バレンタインほとんど関係ないwwww