午前5時20分、運用開始前点検に出る。航空機の
離発着が始まる前に滑走路や駐機場を目視で
点検する。そんなときに邪魔をしてくれるのが地上霧、
いわゆる「Ground Fog」というやつだ。
湿度の高かった夜とか、前の晩に降水のあった時の
早朝、春先と晩秋によく現れる現象で、放射冷却で
冷えた地面のせいで地上付近の大気が冷やされ、
局地的に湿度が100%になって発生する。だから滑走路
オープン前の早朝点検の時にお目にかかる機会が多い。
これが出ると視程はあっさりと100フィート(約30m)を
切る。路面に何があるのか、周囲がどうなっているのか
まるでわからない。高さはせいぜい2メートルくらい。
だから管制塔からの視程は絶景なのに、私は管制塔の
場所すらわからないということになる。勿論向こうからも
私の車は見えていない。
地面の冷え方は一律ではないし、大気中に水分がないと
霧ができないので、大抵の場合は滑走路と誘導路の間の
草地がメインで発生し、それが流れてくる。霧が出るくらい
穏やかな大気の状態でも、僅かの温度差や風の影響で
霧はまるで生き物のように形を変え、飛行場を這い回る。
さっきまで霧に覆われていたところが行ってみたら晴れて
いたり、数秒前に通ってきた誘導路が振り返ったら霧に
覆われていたり…
夜明け前の薄明かりの中、神秘的な世界に浸ることが
できるのはちょっとした職権か… やがて水平線から朝日が
差し込むと、邪気が逃げていくかのように霧は瞬く間に姿を
消す。さっきまであった異次元との境目のような空間は、
いつもの見慣れた景色に戻っている。気持ちも仕事モードに
戻り、無線機を握りしめると私は管制塔に向かって
「滑走路オープン支障なし!」
を宣言する。
澄み渡った空のはるか彼方にはもう一番機の着陸灯が…
こうしてまた新しい一日が始まる…