装甲天使スローンズ
第六話「脱走兵」

22世紀。地球から遠く離れた惑星レハクリブ。
この星では、長年にわたってフォンタナによる侵食が続いていた。
レハクリブ軍は、フォンタナの侵食から惑星を守るため、徹底した防衛戦を続けている。
しかし、フォンタナに侵食された人間を放置すれば、周囲の人間へと侵食が拡大していく。
そのため、軍には常に過酷な判断が求められていた。
時には――侵食された村そのものを封鎖し、焼却する。
そこには、フォンタナに侵食された兵士だけがいるわけではない。
一般市民もいる。老人も、女性も、子供もいる。
それでも軍は、他の地域を守るために、村を焼く。
この作戦に参加した兵士の一人が、
アロン。

アロンは、優秀な兵士だった。
フォンタナと戦うことを、自らの使命としていた。
ある日、彼の部隊は、フォンタナに侵食された農村を発見する。
調査の結果、その村全体に侵食が広がっていることが判明した。
村を放置すれば、近隣地域へ侵食が拡大する。
軍司令部は、決断を下す。
村を、焼却する。
アロンは、命令を受ける。
最初は、ためらった。
しかし上官は、
「この村を残せば、もっと多くの人間が死ぬ」
と告げる。
アロンは、命令を実行した。
村が、炎に包まれる。
逃げようとする人々。泣き叫ぶ子供。助けを求める声。
しかしアロンは、引き金を引いた。
それが、「フォンタナから人類を守るための戦い」だった。
作戦終了。
軍は、勝利した。
しかし、アロンの心には、その光景が焼きついてしまった。

それからしばらくして。
アロンの精神状態は、急激に悪化していく。
眠れない。食事も取れない。幻聴が聞こえる。
そして、あの村の人々の顔が、何度も脳裏に浮かぶ。
「許してくれ……」
「俺は……命令されたんだ……」
「許してくれ……」
やがて、アロンは軍を脱走する。
軍は、彼を追跡する。
しかしアロンは、軍用宇宙船を奪って逃亡した。
最終的に向かった先は――
地球。

地球。
JAXAとGUDAP(地球圏超常災害対策機構)に、突然、未知の通信が入る。
通信元は、レハクリブ軍。
「我々の兵士が一名、脱走した」
「彼は精神的に非常に不安定な状態にある」
「地球へ逃亡した可能性が高い」
レハクリブ軍は、アロンのDNAデータを地球側へ送信する。
GUDAPだけでなく、地球警察にも情報が共有される。
地球側は、
「危険な宇宙脱走兵」
として、アロンの捜索を開始する。
しかしこの時点で、アロンが何故脱走したのか、誰も知らなかった。

地球の街。
アロンは、人目を避けながら逃げ続けていた。
しかし、精神状態はさらに悪化している。
人々の顔を見るだけで、焼け落ちた村の住民に見えてくる。
子供を見る。――村の子供。
女性を見る。――村の女性。
老人を見る。――村の老人。
アロンは、頭を抱える。
「違う……」
「ここは、あの村じゃない……」
「俺は……」
「俺は……」
そして、黒い影を見た。
路地の向こうから、巨大な黒い影が近づいてくる。
アロンには、それがフォンタナに見えた。
「来るな……!」
黒い影が、近づく。
「来るなああああっ!」
アロンは、逃げ出した。

黒い影が、フォンタナ?
アロンには、確かにそう見えていた。
しかし、地球側の監視カメラには、何も映っていなかった。
後に霧島玲子がアロンの精神波を調べても、
「フォンタナの残骸が存在した可能性はある」
「しかし、アロン自身の罪悪感が生み出した幻覚だった可能性もある」
という結論にしか至らなかった。
フォンタナがいたのか。
それとも、アロンの心そのものがフォンタナを生み出したのか。
その境界は、最後まで曖昧なままだった。
フォンタナとは、人間の心の弱さにつけ込む存在なのだ、ということだけが、静かに浮かび上がっていた。

アロンは、街を巡回していたGUDAP部隊と遭遇する。
隊員のライフルを奪う。
そして、黒い影へ向かって乱射した。
しかし、周囲から見れば――
街中で突然ライフルを乱射する、危険な人物でしかなかった。
市民が逃げる。警察も出動する。
GUDAPが、現場を包囲する。
「武器を捨てろ!」
しかしアロンには、周囲の人間がすべて敵に見えていた。
「来るな!」
「俺はもう殺したくない!」
「やめろ!」
そして、再び黒い影が見える。
アロンは、乱射する。
GUDAPは、これ以上市民に被害が出ることを防ぐため、苦渋の判断を下す。
Gガンではなく、最小限の火力による排除。
それでも、アロンは止まらなかった。
最終的に、GUDAPの銃撃を受け、アロンは銃殺される。
アロンは、地面に倒れた、
意識が、薄れていく。
最後に見るのは、あの村。
燃えている。
しかし今回は、炎の中にいる人々が、アロンを責めていなかった。
ただ、彼を見ている。
アロンが、呟く。
「……許してくれ」
「俺は……」
「俺は……」
最後の言葉。
「……もう、戦いたくない」
アロンは、死亡した。
GUDAPから、レハクリブ軍へ通信が送られる。
「脱走兵アロンは死亡した」
レハクリブ軍から、返信が届く。
「了解した」
「ご迷惑をおかけした」
「我々の兵士を保護していただき、感謝する」

その時、赤い光が現れる。
スローンズ。
背中には翼。頭上には光輪。手には長槍。
しかし今回は、戦闘ではない。
スローンズは、アロンの遺体の前に、静かに立つ。
玲子が、精神感応する。
そこに残っているのは、憎悪ではなかった。
深い悲しみ。罪悪感。
そして、
「許してほしい」
という思いだけだった。
スローンズは、アロンの魂を、肉体から静かに分離する。
淡い光となった、アロンの魂。
アロンは、スローンズを見た。
「俺は……罪を犯した」
スローンズは、答えない。
ただ、手を差し出す。
そして、アロンの魂を伴い、位相の彼方へと消えていった。
スローンズは、死者を裁かない。
彼の役割は、魂を神の御元へ送り届けること。
ただ、それだけだった。

しばらくして。
レハクリブ軍の円盤型宇宙船が、地球へ到着する。
地表に着陸し、兵士たちが降りてくる。
彼らは、アロンの遺体を引き取りに来ていた。
GUDAPに対して、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
地球側は、困惑した。
アロンは、地球で銃撃事件を起こした男だった。
しかし彼らは、アロンをただの犯罪者とは考えていなかった。
彼が、フォンタナとの戦いで心を壊した兵士だったことを、知っていたからだ。
レハクリブ軍の兵士が、静かに言う。
「我々は、彼を責めることはできません」
「彼と同じ命令を、我々も受けてきたからです」
この言葉に、GUDAPは沈黙した。

レハクリブ軍の宇宙船が去った後。
野村が、空を見上げる。
「フォンタナとの戦いは……簡単じゃないな」
万城目が、答える。
「敵を倒せば終わる戦争じゃない」
野村。
「……戦う側の人間まで、壊れてしまう」
霧島玲子が、静かに続ける。
「フォンタナは、人間の心を利用する」
「だから……武器だけでは勝てないんです」
武力は、必要だ。
しかし、
武力だけでは、フォンタナを倒せない。
なぜなら、フォンタナが利用する最大の武器は、
人間自身の心だからだ。

夜。GUDAP基地。
玲子が一人、夜空を見上げている。
遠くの宇宙。
赤い光が、一瞬だけ見えた。
スローンズ。
翼を広げて、宇宙を飛んでいる。
その手には、槍。
しかし今回は、戦っていない。
その遥か彼方へ、アロンの魂が、淡い光となって消えていく。
玲子は、静かに呟いた。
「……今度は、安らかに」
スローンズは、何も答えない。
ただ、宇宙の彼方へと消えていった。

第六話 終わり