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エピソード17「失恋がボクを画家にした-3」

エピソード17「失恋がボクを画家にした-3

みっともない話だが、ボクはようやく身じまいをして、出てきた彼女に、さっきの運転手に見せたラブレターを突きつけて、なぜ「愛している」とか「連れに来て」なんて書いたの、となじった。しかし、彼女は「ごめんなさい」といっただけだった。そういえば、彼女と初めて会ったキッカケもこの言葉だったけれど、分かれるときも同じ言葉か。「サヨナラだけが人生だ」じゃなくて「ゴメンナサイだけが恋だった」なんてサマにならないな、と少し自虐的だった。





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*「さよならだけが人生だ」とはもともとは漢詩

昔の中国、唐にいた于武陵(うぶりょう)という人が作った五言絶句「勧酒」を井伏鱒二という日本の作家が訳しました。※井伏鱒二のオリジナル訳は ”この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ”

 でも、ボクはまだ彼女に未練タップリだった。それはそうでしょう。彼女を幸せにするために、必死の思いで、イタリアまでやってきたのだから。フトコロがさびしいので、ミラノの町を歩きながらの立ち話で、ボクは彼女を翻意させようと熱弁をふるった。しかし、彼女の固く閉ざされたハートは、ガンとして、ボクの説得、いや、哀願、つまり話しをまるで、受けつけなかった。あの32・3の額のモゲあがった男は西ドイツの学生?で、私は愛しているから、そんな無理を言って私たちの生活を乱さないでほしい、今すぐ日本へ帰ってちょうだい、とまで言われたのであった。何たる侮辱、何たる屈辱、なんたる自分勝手なネコだろう。ボクは絶望を通りこして、実感も手がかりもない悪夢の世界をさまよっているような気がした。でも、夢ではない証拠におなかがすいてきた。彼女はレストランに案内してくれたが、勘定を払ったのはボクだった。

 午後2時ころ、食事が終わると、彼女はそそくさとアパートへ帰っていった。独りぼっちになったボクは、ミラノに泊まる金も無い、頼りになるのは、まだ通用期限が残っているユーレイ・パスだけである。フラレてもフラレても、まだ望みを捨てきれないボクは、一計を案じた。ミラノ・パリ間の国際夜行列車をホテル代わりにして、また翌日ミラノへ着けばいい。次の日、イタリア・フランスの間を無意味に往復したボクは、列車の中で一番安い食事のツナやハムや野菜のサンドイッチをパクつきながら、また、性懲りもなく、ミラノの彼女のアパートを訪問した。ボクの一途な純情を弄んだラブレターの手前、翌日も彼女は話し合いに出てきてくれたが、肝心の話は全く進展がなく、その日もボクはなけなしのフトコロをはたいて、レストランで彼女にご馳走しただけの結果に終わった。

 

 このパターンを繰り返して三日目、例によってミラノの彼女の部屋のドアをノックすると、外人のヘンな女が顔を出して何やらしゃべった。ハッキリとわからなかったが、カズコは彼と西ドイツへ行って留守という事らしかった。その瞬間、ボクは「ああ、これはダメだ」と身にしみて痛感すると同時に、自分の心からスーッと何か憑き物が落ちたような感じを味わった。

 情熱だけが人生と信じるボクが、ひたすら情熱と愛情をそそぎこんだ対象から、あまりにも手ひどい裏切りともいえる非情な仕打ちを受け、その許容範囲ギリギリで、情熱が一気に蒸発し、その情熱の容量だけの空っぽの広い空間に、空しく風が吹くという感じだった。「体の中を風が吹く」というのは失恋の実感に違いない、とボクは今でも信じている。

つづく



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