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エピソード16「失恋がボクを画家にした-2」

エピソード16「失恋がボクを画家にした-2

1972年晩秋の朝、確か午前645分着の夜行列車でミラノ駅に降り立ったボクは、万感の思いで眠れなった睡眠不足にもめげず、もうまもなく再開できる恋人をこの手で抱きしめて故国に連れてかえるという希望に胸をふくらませていた。西も東もわからないミラノだったが、建物の中と外の区別はだけはわかったので出口から表へ出た。(ヒロヤマガタのアメリカンジョークの一種)




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ボクは駅待ちタクシーの運転手に、何度も熱い思いで、読み返してボロボロになったラブレターの彼女の住所を指して、日本語で「ここ、ここ」といった。運転手は心得て、ボクを悪くない感じのアパート前まで連れて行ってくれた。いよいよ彼女との7ヶ月ぶりのご対面である。「和子!」「ヒロ!」としっかり抱き合い、キスする人生最高の感激のシーンまで、あと数秒。ボクは高鳴る胸を押さえながら、興奮におののく手で玄関のドアをたたいた。

「何?」という感じで、ドアが乱暴に開き、外国人の男がヌっと顔を出し、ボクの顔をウサン臭そうに睨んだので、ボクは仰天した。眠そうな仏頂面の男が玄関に立ちはだかって、「お前は何者だ?」といっている気配なので、まだ事情がハッキリ飲み込めないボクは、お守りのように、彼女の直筆の愛の言葉が充満しているラブレターを男の目の前に突きつけながら、バカの一つ覚えのように「カズコ、カズコ」と必死に繰り返した。この時点では、そいつを管理人か何かではないかと半信半疑であった。)

すると、外人の三十男は「カズゥーコ、カズゥーコ」と部屋の奥を振り返りながら声をかけ、早口のイタリア語でペラペラと何かを彼女にしゃべっていた。おそらく緊急事態を彼女に知らせたに違いないが、いくら鈍感なボクでも「カズゥーコ」と彼女を気安く呼ぶ男の馴れなれしい、呼び方と、ボクの立場を軽蔑したかのような目色で、ガックリあらかたの事情を察したのであった。

しかし、人間の煩悩というか、希望はなんてばかなのだろう?そんな状況であっても、ボクは、彼女さえ出てくれば、ヒョッとすればヒョッとするかもしれない、事態は急転するかもとひたすら彼女にすがるボクの目の前に、夢にも忘れない和子さんが、寝巻き姿の眠そうな顔で現れた。

「アッ!」とボクの顔を見てサッと顔色を変えて大狼狽した彼女に、今度は男がボクを指して、こいつは一体なのだ、と聞いている気配。実際、自分達が同棲しているアパートに、故国の男を平然と呼び寄せる女の神経が男性に分かるはずもない。ボクは自分のミラノ行きを、もちろん彼女に知らせてあったけど、まさかボクが本当に連れ帰りに来るなどとは夢にも思わなかったのだろう。彼女はみるもブザマにあわてふためいて、懸命に男にボクが何者であるかの弁解をしえいるらしかった。そのあとで、彼女は、遠路はるばる故国から自分を恋い慕ってきたこのボクを部屋にも入れずに、「表で5分待っていて」とだけドアを閉めてしまったのであった。その5分の3倍も4倍も、ミラノの街路にほっぽり出された形で待たされている間、ボクはひどく惨めだった。こんなバカなことが世の中にあっていいのだろうか?彗星のようにあらわれて私を連れてってと、という言葉を真に受けたばっかりに、ミラノくんだりまでやってきて、ボクを熱烈に愛しているといった恋人が、毛色の変わった男をつくり、遠来のボクボロキレのように放り出す仕打ちを甘んじて受けなければならないとは・・・。

つづく




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