妹くんの帰省 | skycafe canser station

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2012年冬に甲状腺がんと判明された道産子女子のゆるめな記録。
2014年夏から「絶対に勝たなきゃいけない戦い」に入ります。

横浜で働いている妹くんが連休がとれたからということで、帰省することになりました。
彼女の計画などでは、父も自宅にいてどういう様子か見ることができると思ってたのかもしれません。

しかし、9月18日に父が間質性肺炎の疑いで入院してしまったため、連休のほとんどが見舞いになってしまいました。、

入院したとき、私は彼女宛のメールに「緊急入院」と打ってしまいました。それ故に、一旦休みを前倒しで来ようかという流れになっていたのを「無理をするな」ということで予定通りになったのです。
(ほんとに申し訳ないなーって思ってます)

休みが終わるので、妹くんは横浜に戻ったのですが後日、母からこんな言葉を聞きま、した。

「私、お父さんの一番苦しい時を見ていない」

化学療法の最初の時も。
間質性肺炎だと言われた時も。
病理のための手術をした時も。
彼女は仕事の都合上立ち会っていません。むしろ、父のほうが「来なくていいいよ」という『好意』を受け取ってしまったからです。
それ故に、安定した時の時点での姿しか知りません。

そして、父のヤマイが長期戦になるということも知っていて、たまたま「こっちで仕事、というのは」という質問をしそうになりました。
私から妹くんには何の答えも聞いていません。ただ、母経由でいうと「迷った」とのこと。多分、その答えは彼女自身にあるのかもしれません。

父が退院したとき、妹くんにメールをしました。
「お父ちゃん、退院したよ」と。



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