日航便、16年の歴史に幕
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午後6時55分、小雪が舞う滑走路から伊丹空港行きの「JL2266」便が無事飛び立つと、空港勤務の日航関係者たちは手を振りながら深々と頭を下げ、最後の仕事を終えた感慨に浸った。中には目頭を押さえる職員もいた。デッキには最後のフライトを見ようと大勢の住民が駆けつけ、記念写真を撮る親子連れもいた。
ウルトラマンキャラクターの常設展示を通じて空港の活性化運動を続けてきた須賀川市の「サークルシュワッち」理事の岩崎哲久さん(45)は、約16年前の空港開港日の華やかな場面を思い出し、「なぜ、こうなってしまったのか」と日航の撤退を残念がった。
福島空港の歴史は、伊丹発の日航便を迎えることから始まった。県にとっても悲願だった空港が開港し、住民は盛大な歓迎ムードの中で満席の第1便を迎えた。ウルトラマンの着ぐるみ姿で第1便に乗った一人が岩崎さんだった。
「上空から空港を見た光景は今でも目に焼き付いている。滑走路横の土手には到着を待つ人垣ができ、機内で須賀川市出身の乗務員が『希望を乗せてただいま、福島空港に降り立ちます』と涙声でアナウンスしたのを覚えている」。岩崎さんは当時の思い出を振り返り、「これからも空港存続のために手伝えることは何でもします」と誓った。
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この日、最後の日航便を利用した乗客たちは、名残惜しさを口にした。夕方に那覇便で空港に到着したいわき市の松本きえ子さんは「これが最後だと思うと残念です」と話した。
伊丹行きの最終便が空港を飛び立つと、1月いっぱいで閉店することが決まっていた空港内の売店では、早くも施設の解体作業が始まった。
日航撤退の余波で直営店の一部を閉店させ、人員削減などを余儀なくされた福島空港ビルの関係者は“いばらの道”となる今後の空港運営に強い意志をにじませる。「日本航空が撤退した現実を受け止め、新しい体制を作ることが第一。空港存続のためには県民が一体となって機運を盛り上げていかなければいけない」。
