すごいタイトルだわ~



短めにまとめたら
怪しげな表現となってしまいましたが


ようは、こういうことです。



しゃべることができる
ということを前提として。

発達のしかたによっては
音声言語が模倣のみ、または適切な表現方法として使えない時期がある。


しゃべる言葉が
気持ちと連動して、意味を持つ言葉として使えるようになれば
つらい思いを減らすことができる。


または

それらに代わる『表現』ができればつらい思いが減らせる。


という実話です。








一般に思春期に入るといわれる5年生頃から



息子は
二次障害の方が深刻になってきました。





体調が悪くなる
病院に行く
沢山の診断名がつけられる


そして

学校に行けなくなる



学校に行ったと思ったら
『保健室にいます。お迎えに来てください。』


学校で何があったのか尋ねても
時系列で思い出しながらしゃべることはありませんでした。



質問しても
確実な返答は…???
というところが多々あって

決定打は、いまだにわからないけれど


学校がだんだん苦手になってきました。



彼は幼少期から
定期的に入院を繰り返していました。


1回の入院は1週間~長くても2週間くらい。



見かけ上は

突然激しく吐いたり、下痢を繰り返し
食中毒みたいな症状です。


当時
自家中毒と診断いただき
医師の説明に驚いたことを思い出します。




一人っ子や
大人ばかりの中で育った子に多い



…甘やかされてる子だから軟弱!

と言われたのと同じです。


…は…?…






小学校に入ってからは
まるで発作でも起きているかのように症状が強く現れ
救急車を何度か呼びました。



病院では
腸閉塞を疑われるなど

入院のたびに検査を念入りにしていただきました。




ところが


強い症状に対して

検査結果は



どこにも異常がみつからない。



ココはホッとするところでしょうが



当時の私は、ますます不安になりました。



異常がないのに
定期的に この状態って 

なに?



当時の医師の説明によると

考えられるのは
大腸の特定部分が不定期にケイレンを起こしたり
正常なぜん動運動ができなくなり



一時的に通過不能状態になる、または、まったく機能しなくなる…

(入院、検査中は、この状態にあらず)




治せるんですか?
先生、すぐ治してください。手術でも何でも!


と迫る私に医師は冷静に言いました。



お母さん
気持ちはわかります。

でも安易に手術をするわけにはいかないんですよ。



それに
成長期の身体にメスを入れるリスクは
お母さんの想像以上と思って下さい。





そんな…







あれから十数年


何も起こらない平穏な日々を送っている

…ようです。






身体を鍛えなさいといわれ、大好きなスポーツは続けていました。


中学校では
学校に行かなくても
部活には参加したりして。




たくさんの山

きれいな空気

おいしい水

与えられた仕事を大自然のルールに合わせてすすめ

穏やかな人々に囲まれている今





あの症状は
疲れやストレスがピークに達した時に起こることが
わかりました。

(うるさい親から離れたから…ってウワサもあるひらめき電球)



あんなに感覚が過敏だったはずなのに

疲れとか、つらいとかが
まったくわからない状態になるという。



極限状態まで頑張ってしまい
スイッチが切れるように倒れ込むことを
繰り返していたのでした。



この『スイッチが切れるような』感覚と状況については

私が直接、発達障害系の当事者、保護者の皆さんから聞くことが何度かあり

我が家だけに起きたことではなさそうで
大変興味深いです。



だからといって
すべての発達障害の人々に当てはまるわけではないけれど

傾向として知っていると良いかも…と
機会あるごとにお伝えしています。





『今は、ちゃんとわかるし、言える。』

と息子が言います。



電話では、しゃべらないと伝わらないのですから
必死です。






離れて暮らす前の半年間
様々なケースをシミュレーションして


彼は
いつも言う『頭の中の引き出し』にしまってから出掛けて行きました。



高校生の頃に

必要な時に引き出しが開かない、とか


引き出しを間違えて開けた、とか


そんな時にパニクったんだ、とその時教えてくれました。



なので
その大変な時に
いつでも私の携帯を鳴らしなさい、と

すぐ出なくても必ず連絡する、と約束をしました。



約束しただけで
パニックは減りました。



…そういうことなんですね。



例えば

失敗を恐れるから
失敗が恐くて行動できなくなる。


そこを

失敗したらどうすればいいか

その方法をたくさん知るとそれだけで行動できる。




親は専門家じゃないし医者でもない。


決定的な回避や救済は無理かもしれないけど

私にだってできることがある。


私にできることなら
何でもする。


確か息子に
そう伝えたと思います。




私としゃべるようになって
言語化できるようになって
前進できた。




でも、ごめんね、

入院を繰り返していた
あの頃の私は
あなたを理解する力が足りなかった…






彼らは
『見た目にわかりにくい』ところがある

と言われていますが



見た目で判断されたら

つらそうな姿には見えなかった
個性豊かな息子。




私も見た目だけで判断していたのです。







そういえば
余談になりますが


息子が小さかった頃
子育て真っ最中の私が


批判から逃れて外に出ず



無感覚状態にいたことを思い出しました。



あちこち壊れてくる



ふわふわの世界を浮いているような



そして、無味無臭で



タマゴのカラのような
でも透明なものに囲まれているような

隔離されているような



そんなことを思い出しました。



私だって、そうだったのです。



同じじゃないかもしれないけど



全然違うワケでもない。





今も誰かが、
どこかで


一人ぼっちかもしれない



ひとりにならないよう
つなぎたい



つながりたい





これが私の活動の原点です。