ここは、舞台の上。
中心にはスタインウェイのピアノとわたし。
手が震える、足が震える。
大勢の観客たちがわたしを見ている。
あー、走って逃げてしまいたい。
それかここから全員いなくなればいい。
審査員も観客も先生もコンクールに出る人もお母さんも…
もうわたしを見ないで。
期待しないで。
限界なんだ。
もう、ふつうの女子高生になりたい。
おしゃれしたり、放課後に友達と寄り道なんかしたり、
あー、カラオケいってみたいな。
デパートでみんなで服も買いたい。
それから、ミスドでドーナッツもたべたい。
それで恋バナで盛り上がったりして。
それでも、いつもわたしの前には鍵盤がある。
まるで、宿命のように。
離れたい。けど、離れられない。
わたしの指が、頭が全身が心が。
「弾こう」っていうんだ。
今よりも煌く音を弾きたいと。
聴きたいと。
聴かせたいと。
素敵な演奏を聴くとその全てを吸収したと。
自分のものにしたいと。
とても傲慢に。
とても純粋に強く。
そのためにはどうすればいいかを頭で高速計算する。
すぐに、膨大な練習量が浮かび上がる。
そして、今日はここで練習の成果をお披露目する日。
寝る間も惜しんで仕上げたわたしのすべてを。
演奏が終わると静かな沈黙の後に一気に湧き上がる歓声と拍手が私は好きだ。
気づくと汗でベタベタだ。
わたしは自分をかっこいいと思う。
何よりも大きい満足感で満たされる。
真っ赤なドレスはわたしのトレードマーク。
舞台を出る最後まで堂々と背筋を伸ばし帰っていく。
結果をみるまでもなく優勝したと実感があった。
わたしは圧倒的存在だ。
負けることを知らなかった。
この舞台では女王でいられた。
その大きな存在感が心地よかった。
だが、その日以来わたしはピアノを弾かなくなった。