小学生くらいの頃の話です。
ある日、朝起きると窓に穴が開いていました。

母親に聞くとなぜか無言
父親に聞くと「ルパン3世がきて穴を開けていった」との事

結局、夜中に酔っ払って帰ってきた父親が家に入れずに、ご立腹されて、小石をなげて窓に穴を開けた事がわかりました。

ここまではよくある話だとおもいますが(あるのか。。。;

うちの場合はずっと放置されてました。

数日後母親が洗面用の銀色の水漏れ防止テープみたいなのを買ってきてそのまま上から補修してました。

その状態で立ち退くまでの15年間すごしたのだから凄いです。。。><


===
親父はよっぱらうとタチが悪くなるようで。。。
そういうところ息子の私も似てしまってます。。。><

前回LostKingdomの話しがでたのでついでに忍Jumpの話しも。。。


高校生の時に中学からの友人のM井君とも、週1回は遊んでました。
M井君はFM-77AV40を所有していて、たまにベーマガのサンプルを入れたりしている感じでした。


M井君と遊ぶときはゲームするのが主だったので、FM-77AV40はいつも眠ってました


FM-77AV40がフル稼働したのはザナドゥというゲームが全盛期だったときです。


なので、ゲームの待ち時間の間にベーマガのサンプルを打ち込んでました。それが忍Jumpの本ネタです。
(勿論もとのゲームはタダ穴をよけていくだけのゲームだったのでかなり違うものになってます)


1画面プログラムにしてはかなり面白かったので、皆でスコアアタックが始まりましたが、すぐに皆あきました。
でも私だけ面白がってずっとやってました


家に帰ってからは、すぐにMSXで打ち込んで遊びました。空でアルゴリズムを覚えていたので、時間はそんなにかからなかった~


やっぱし面白い。


まぁコレはコレで2、3日後にはわすれてしまうのですが。。。




その後、大学に進学します。情報処理系のカリキュラムで実際BASICをする演習があって僕にとってはかったるい時間でした。ふとJumpゲームの事を思い出して。演習中に入力して遊んでいました。


演習後、隣にいた知人に「ちょっとプログラムちょうだいよ」と言われて、あげたら次週の講義時間中にウイルスのように半分ぐらいの端末に入っていました

(先生がモニタリングできていたらしく、こんな遊びをしている奴がいるという事で発覚)
(各自で改変してるっぽいんですが、バグってキャラクターが重なって軌跡をえがいていたり、なかなか笑えました。)


まぁそんな経緯のあるJumpゲームが忍Jumpの元ネタになっています。


===
忍Jumpを作ろうと思ったのは偶然です。


PHSから携帯に変えたら「Java動くよ」みたいな事になって、幾つかゲームをダウンロードしたら、「あらこんなのでもいいの」とおもい、じゃぁなんか作ってみようと思ったのが忍Jumpです。


とにかく他のその手のゲームと違うように作りたかったのでこだわりました。
 ・キャラがきれいにアニメする事
 ・点数の計算が凝っている事
 ・面構成にしていかに限られた時間の中で高得点を取るかという内容にした事
 (ずっとゲームをさせ、点数UPをさせるという内容でないもの)
 ・ちょっとしたストーリがあること
 ・動きの違う隠し忍者がいること(2段ジャンプ可能な隠しキャラ → 同じゲームで2度おいしい)
 ・くノ一がちょっとエッチ?な事


ソコソコの順位はいくとは思いましたが、こんな時間を掛けなかったもので1位を取れるわけがないと思って配信したら結果的には全端末(docomo、au、SoftBank)で1位になりました。


それに喜び勇んで作ったLostKingdomが、最初散々な結果だったのでへこみました。


でも結果的には3年越しで1位をとれたので良かったです。


(次回に続く)

中学3年生になると受験して高校を選ばなければなりません。

大阪の一般的な受験方法は、併願でいく事が多いと思います。

併願とは私学を滑り止め幾つかに受けて、安心感を確保した上で公立高校を受ける。


なんですが、ご存知のとおりわが家は裕福ではないので勿論公立一本の単願です。

なのでほぼ確実にいける高校でないと高校留年しちゃいます><


なのでちょっとヤンチャな高校に行く事になったのです。


勉強ができる高校がいいとかには興味はありませんでしたが、

怖いという意味でちょっと評判よくない所にいくのは緊張しました。


でも本当はみんないいやつばかりでした。

確かに周りの人は勉強はできないし、カッコもイカツかったけど

各自が自分の目標や意思を明確にもっていました。就職する奴もいれば進学する奴もいてます。


むしろ大人だったなぁ~皆。就職が控えてる奴は特に大人な目線だった。

なのでハミダス

ルールは破っても、みなマナーは守ってた。授業も特段うるさくなかったのに驚いた。

(むしろ中学の方が、うるさくて勉強しづらかった)

なので見た目だけで、ぜんぜん怖くなかったです。




良くテレビでやってる、ウンタラハイスクールとかとは大違いだった。

実際高校生にもなってあんなかんじだったらカッコ悪いしね。。。


お金で進学校の幅は狭まりますが、楽しめるかは自分次第。

ハミダシタ奴はいても人間だ。心底は悪くないと思う。

(今の時代はハミダサナイ奴のほうがおかしいので、もう通用しないかも知れませんが。。。)




で、私は結果的に進学しました~。国立大なんかは到底、無理だと思ってたので受験すらしてません。

父親が「入学金とか全部準備したるからお金の事心配せずに大学いけ」とかっこいいこと言ってくれたので

受かりそうな私大を2つ受験しました。

(試験料だけでも2万ぐらいするんですよ;; なので自ら2件しか受けませんでした。)


そのかわり学部にはこだわりました。勿論コンピュータの勉強が出来る大学を受験したかったのです。

運良く合格し、はれて「現役合格」できました。でも進学してからが大変でした。。。


1回生のときは勉強したかったのでバイトとかせずにいけてましたが、2回生のときからは授業料が払えないのでバイトせずにはいられなくなりました。奨学金で年40万ぐらいもらってたので50万を捻出する為に、深夜の新幹線を洗浄するバイトをしてました。日当1万もらえるんです。でも成績はガタ落ちしたので3回生の時にはやめました~


もうバイト中はヤケクソです。なんで俺だけがこんな苦労せなアカンねんと正直、親を恨んだ事もありました。

でもいま振り返ると良くあの状況で入学金準備してくれたなぁと思いました。ありがたい事です。


奨学金にも助けてもらったおかげで、なんとか留年する事なく卒業できました。

研究室の講師からはやたら大学院生になる事をすすめられましたが、早く自立しなければとおもい就職しました。


===

奨学金をかえさない人がいるみたいですけど信じられません。

困っている人の為の救済金だとおもい1回ももらさず返しました。(当たり前の事です)