大和政権の時代は渡来人が活躍しました。いろんな物を朝鮮半島から伝えてくれました。 百済の仏にご参拝(538) 仏教が伝わったのもこの頃です。 その後の飛鳥時代にあの有名な聖徳太子の登場です。 国産摂政聖徳太子(593) 推古天皇の摂政に抜擢 冠かぶるとムレムレさ(603)冠位十二階の制→その翌年に十七条の憲法 中国の文化・制度を取り入れるため使節も派遣しました。 無礼な遣隋使(607) その後すぐに隋が廃れ、 ロミオ求めて遣唐使(630) これが約260年続きました。 聖徳太子が引退した後、蘇我氏が独裁的な政治を始めます。この時、中大兄皇子が立ち上がります。 蒸し殺す、大化の改新(645)皇子は即位し、天智天皇となり国を導いていきますが、 「壬申の乱です!」「む、なにぃ!」(672)跡継ぎ争いがおきましたね。勝ったのは天武天皇です。 以上、年号語呂合わせでした。 壬申の乱は少し強引でしたねー。