前回紹介したバーバラ・チェイス・リボウ『ホッテントット・ヴィーナス―ある物語』(井野瀬久美子ほか訳、法政大学出版2012)のつづきとダイバーシティ・ネタです。大メディアが相次いで露にしたひどいセクシズム(性差別、とくに女性蔑視を維持する実践)など。
*まずはつづき。『ホッテントット・ヴィーナス』は、19C初頭ヨーロッパにおけるむき出しの人種主義がアフリカ女性サラの人生をありえないような人生にしていく物語でした。それは南アフリカ、コイコイ族の少女が「ホッテントット・ヴィーナス」にされ、そして、その死後も「ホッテントット・ヴィーナス」としてさらされ続けなければならなかったというエンドレスな物語です。痛ましいし、かわいそうだし、彼女を追い込んだ理不尽に対して非常に強い憤りを感じます。ただ、そう感じる誰かがどんなに彼女の尊厳や権利を大切に思おうと、あるいはその誰か自身がマイノリティであろうとなかろうと、サラの次の言葉をスルーしてしまうことはできないでしょう。
「私はこう言いたかったのだ。あなたが思い描く私の方が、私自身よりも大切なんだということを理解している。ダンロップ様(サラを騙してロンドンに連れてきた張本人)が私のことを自分のものと考えているのと同様に、あなたも私のことを自分のものだと考えている。あなたは私のことを、イギリス人に対する革命と反乱を成し遂げるための手段だと考えている。あなたは腹を立てすぎていて、ほんとうは私のことなど全然わかっていない―この騒動の台風の目として見ているだけなのだ。私はあなたのことを信頼していないの、白い黒人さん、私はそう思っていた。」(p195)
さて、ここでの「あなた」ですが、そこにこの本を手に取るような「あなた」、すなわちわたしたちが含まれることをまずは認めましょう。つまり、わたしたちは、少しも信用されていない。このことは「あなた」とは具体的に誰なのかをチェックすることでいよいよはっきりします。その「あなた」とは、ウェダバーンという男性で、彼は奴隷制度廃止論者で黒人の人権を保護する運動の闘士であって、しかも、奴隷の子、すなわち黒人なのです(ちなみに作者リボウもアメリカ生まれの黒人女性です)。
サラを「救う」ために声を上げるだけだって簡単なことではないのに、これではやっと声を上げた誰かとサラがともに歩むことなんかほとんど期待できないでしょう。なにしろウェダバーンですらこんなふうに言われていぶかしがられてしまうのですから。
「私の歴史を語り、私の理想を語り、私の代理人を騙り、私を救うことをあなたに許すのが私の務めだと語るあなたは、いったい何者なの。」(p196)
「サラ」はいつでもどこにでもいます。「ウェダバーン」も、あるいは「ウェダバーン」のようにマイノリティではなかったとしても「サラ」を「救い」、その立場を「代弁」し、ともに歩もうとする誰かは同じようにいるはずです。そんな彼らがつながることはできないのでしょうか―これは、マイノリティであるがゆえに理不尽を被っている誰かたちを、別の誰かたちが「救う」ことはできるのか、その苦しみを「代弁」することはできるのか、そんな彼らがともに歩むことはできるのかという問題にほかなりません。
こういったことを考え抜いた人たちもちろんいるでしょう。『ホッテントット・ヴィーナス』の作者リボウももちろんそのひとりだと思いますが、例えば、どんな本を読んだらいいのか、どんな本から読んだらいいのか、といったこと自体、時間を割いて考えてみることが求められていると思います。
「つながり」「支援」という意味で少し希望を持てる作品も挙げておきたいと思います。ひとつは、ホッテントット・ヴィーナスの少しあとの時期に起きた奴隷密貿易事件を扱った映画「アミスタッド」(米1997)。スピルバーグの作品です。抑圧される黒人とそんな黒人を救おうとする「白い黒人」―という構造をここにも見出すことができます。そしてこの物語では、2人は最終的に分かり合えるし、さらに白人の支援者も仲間として受け入れられます。やはり簡単ではないのですが。http://eiga.com/movie/42135/
*今回のダイバーシティ・ネタは大メディアのあからさまなセクシズム(性差別、とくに女性蔑視、女性差別)2件。まずはNHKのしかもEテレ。こんな公式ツイートを発してます。
「【お知らせ&おことわり】女子高校生が主人公の新番組ができました。番組は「むちむち!」という名前です。が、特にイヤらしい番組ではありませんので、心配しないでください。」
「新番組「むちむち!」とは、街でスカウトしたちょっとムチな女子高校生に、番組ディレクターが愛のムチを打つ、全体的にムチッとした番組です。」(Eテレ編集部 @nhk_Etele)
批判的な声が各方面から上がったのですが、ここでは社会学者北田暁大さんのツイート(@a_kitada)を挙げておきます。
「まあどんなにいい内容の番組だったとしても(わたしは前半ひどいと思ったけど)、「むちむち」「無知」「女子高生」の三点セット企画立てた時点でダメなの。あと、無知なイマドキの若者に「現実」とか多様な経験してもらうというパターナリズムもね。」
いったいどんなミーティングやってこの設定、企画が通ったのか、とても気になります。NHK、いい企画もたくさんあるのに…。その他いろいろな意見は例えばここ。
http://m.huffpost.com/jp/entry/8018758?ncid=fcbklnkjphpmg00000001
*もうひとつは日テレです。ラグビーW杯の独占中継を担当するに当たってラグビーのルールを分かりやすくたくさんの人に伝えたい、ということで作成された動画が完全にやらかしたということです。動画はすでに削除されてます。以下は、公式ツイートと動画を見た人の反応です。http://matome.naver.jp/odai/2144030494334081701
「ラグビーを中継する際に、初心者の方から必ず頂くご意見がありまして… “ルールが分かりにくい” そこで、日テレラグビー班は、アイドル発掘バラエティー「人気者になろう!」とコラボして、こんな動画を作りました!題して、セクシー◯◯! ntv.co.jp/rugby2015/」(日テレラグビー班@ntv_rugby)
「むしろ直裁にエロ動画です。ビキニを着た女性の胸やお尻のアップとスローモーションを繰り返すだけの非常にチープなつくりで、…W杯宣伝ページでやるのは冗談にもらない。」
「なんかもう 全方向的に(女性のことも男性のことも視聴者のこともラグビーのことも)馬鹿にしているとしか思えない映像だった…」
「NHKのEテレ「むちむち!」といい、日テレのラグビーW杯公式ページの「セクシー動画」といい、性差別に関して大手テレビ局の公式があまりに底抜けしていすぎていて、ちょっと唖然とします。」
ただ、こんな突っ込みどころだらけの企画が、たんなるエラーではない可能性には、注意が求められます。確信犯的に「息苦しくなってしまった世の中」に一石を投ずるみたいな、マジョリティしか存在しないと思い込んでるような、この世はマジョリティのためだけにあると思い込んでるような無意識こそがもっとも恐ろしいと思われるからです。
