夜行バスは東京から僕の住む大阪へ向かっている。

あの女の子も、今頃岐阜に向かうバスの中なのかな。

そう。シンデレラブレイドを打つ最中も、あの華奢な女の子が頭にチラついてちっとも集中して打てなかったんだ。

だんだん眠りに落ちる車内でボンヤリと今いる世界と自分が分離していく。

その分離がいつしかはっきりしなくなって
今いる世界を意識しなくなって



あれ?
ここ、どこ?


不思議な場所に自分がいた。

あ。これって…

昨日の夢の部屋…


部屋の作りに見覚えがある。
部屋の左隅のベット、
後ろの窓とベランダ、
入り口の近くのユニットバス。

置かれたぬいぐるみたちと
テーブル。

枕元の本棚のような物置場所。

て、ことは…

僕は起き出して、ユニットバスへ向かう。

昨日の夢でも、そうやって確認したっけ。


ユニットバスには鏡があって、自分の姿がよく見えた。

あ。


そこにいたのは、色の白い、華奢な女の子。

虚をつかれてぽかん、と口を開けた自分は

昼間いた、あの女の子そのものだった。


そう、だったんだ…


昨日の夢だと、起きたときのボンヤリした感覚で
乃木坂に入った自分は覚えていたけど

よく姿までは覚えていなかったんだ。


で、自分の着てるこれて、何?

何やら長袖の水着のような、全身繋がって膝まで伸びる妙な服。


よーく、思い出してみる。

これて、昨日の夜もひっくり返ったぞ。


んーと。


すぐに思い出した。

さすが二回目。


あ。そっか。この子て、お腹気にしてて
この全身スーツみたいな、プラグスーツみたいな
サウナスーツみたいなの着て寝て、お腹引っ込めー、てしてるんだっけ。

確か…

その、不思議な服を少しズラして
とりあえず飛び込んできた結構デカイご飯茶碗に卒倒しかけながら確認する。

やっぱりそだ。

スーツのお腹の部分に、ビニール袋みたいなものを切り貼りしたみたいな生地が貼り付けてある。

これ、サウナスーツ的な発汗する衣装にしてあるんだよな…

ファスナーを下げてお腹の部分を触ると、ものすごい量の汗が付着している。

こんなもんで汗て、出るもんなんだよなあ。

卒倒しそうになるので、出来る限りその白い肌やら、ご飯茶碗やら、Xみたいにくびれた部分やらからは極力目を逸らして、もう一度スーツを引き上げる。

で、この他に服て部屋にないわけすか?

部屋を探してみる。

あ。山ほどあるじゃん。

あ。だけど全部女物じゃん。

いや、確かに見た目は華奢なX女子なんだけどさ、
中身は僕なんだよね。

とりあえずこの女子丸出しな服着るような趣味はないんだよね。

ましてそれ着て外歩くとかな趣味は更にないんだよね。


そこまで考えてから、はたと気づいた。


今のこの妙なスーツの方が遥かに変な趣味の服だということ。


げっ!これ、立派にフェチ衣装じゃねーかあ。

世の中に、こんな衣装で萌え萌えする種族が端の方に生息している、くらいのことはさすがの僕も知っている。

昨日、シンデレラブレイド隣で打ってた眼鏡のオタクぽいのも、ブレイドのコスチューム見て鼻息ちょっと荒くなってたくらいのことも、僕は見てる。

僕があの眼鏡野郎の前にこのスーツで現れたらどうなると思う?


眼鏡野郎の鼻息が眼鏡を吹き飛ばして、その細い目がこちらを舐め回すように上から下までまとわりつくのを感じた。


さ、最悪だ…俺、あいつのオカズじゃん…今晩の…


そこに気づいたら話は早い。

部屋に転がる女物の可愛らしい衣装の方々の方が遥かにまともな方々の方のオカズになるわけで

まだどうせなるなら、そんなまともな風体の方々の夜のお尻ペンペンタイムに登場した方が遥かにマシ。

ヨシ。着替えよう。


さまざまある衣装やら、普段着の中から
まだ男子ぽく見える、青いパーカーと、緑のスラックスみたいなのを手にとって、


着替え…

着替え…


ふと、気づいた。


着替えるには、今着てるこれを脱いで一糸まとわぬ状況を経由する必要があるんじゃないか?


ものの2秒でその問いに答えは出た。


正解。その状況なしにはこのまともな夜の登場人物になれない。


だが。

だが。

だが。


一糸まとわぬ姿になった自分の今の姿に

色々な汚れた欲求を、僕が我慢出来ると思うのか?


また、2秒で答えが出た。

多分、3日くらい自分と格闘して汗をかき続ける。


この女の子の、汗をたくさんかいてお腹引っ込めー、な目標には悪くない選択肢は選択肢なんだけど

僕はそこまで堕ちたくない。


だって、イヤじゃん。自分の裸体見て触って鼻息荒げて格闘して汗だらけになる自分。

僕にはそんな趣味はない。

それは昨日堕ちた (え?)


衣装の流れで萌え萌えして
んで、しこたま自己嫌悪にうなだれたんじゃないか。

うん。

あの選択肢はない。


まだ、このスピードスケート選手みたいなスーツの方が遥かにマシだ。

あれ、男子も女子も似たようなスーツなんだよね。


これ着てる限りはさほど萌え萌えしなくて済む。

僕には、そんな趣味はない。


落ち着いて、枕元に置いてあったスポーツドリンクらしき飲み物を飲んで、更にふと気づいた。

これ、
めちゃくちゃ暑い…


当たり前だ。ただでさえ暑そうなスーツのお腹の裏地にビニールらしきものがコーティングして発汗作用抜群状態になってるんだから。


だがあ!僕は昨日堕ちた過ちにはもう堕ちなあい!


うなだれる情けない華奢な女子な僕が浮かんだ。

うん。あれは立派など変態だ。


僕はこのスーツで目が覚めるまで耐えてみせるう!


3分

暑い…

5分

汗て、こんなにとめどなく流れてくもんだっけ…

10分

はあはあ…だんだん思考が…





無理だ!
無理だ!
無理だ!

着てちゃダメだ!
着てちゃダメだ!
着てちゃダメだ!


逃げたらダメなアニメキャラみたいなスーツだけど


これは、逃げていい!!


ファスナーを開けて一気に脱ぎ捨てる。

涼しい空気のプラズマが僕を優しく包んで
アフリカの雨季のサバンナから
北欧の夏に僕の世界は変わって


そして、そこには一糸まとわぬ女子な僕がいたわけで


ご飯茶碗てか、雪見だいふくみたいなお餅的なものやら
Xにくびれたパーツやら
その他もろもろあらゆる種類の欲求を刺激するさまざまな試練の刻やら


そんな僕がいたわけで

や、やばあい。早く、この青いパーカーと緑のスラックス的なものを…


そこまで考えてやっと気づいた。

この雪見だいふくの上やら、さまざまな試練の刻の直上に

普通はパーカーやらスラックス的なものやらは着ないんじゃないかと。


ああああ。それ考えてなかったあ。

スーツ直に着てるから考えてなかったあ。

その、インナー的なものお!!


部屋の中のクローゼット的なものを漁ってみる。

何がどこにあるかがよくわからない。

四次元ポケット的なものから
慌てるとあらゆる種類のものが飛び出す国民的キャラクターみたいに

ぽんぽんあらゆるものが飛び出す。


あ、あった!これだ!

この際形状はどうでもいい。

早く何か布のふくをまとわないと、この防御力では女子な僕の不思議なスライムにも負けちゃう。

とりあえず取り出した布切れを纏ってみる。

ふう。


とりあえず、雪見だいふくみたいなご飯茶碗やら
不思議なスライムやらは見えなくなった。


あ。


やべ。


自分、下着な女子大好きじゃん…


もう、



ダメだあ…


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