


バハマにある海賊博物館にやってきました。
1600-1700年代にかけてバハマや近くのジャマイカなどは
多くの海賊が住んでいた場所です。
特に当初はイギリス系の海賊が多くジャマイカのポートロイヤル市などは
今でもその名残があるとか。
1600-1700年代にかけてバハマや近くのジャマイカなどは
多くの海賊が住んでいた場所です。
特に当初はイギリス系の海賊が多くジャマイカのポートロイヤル市などは
今でもその名残があるとか。


入り口では海賊に扮装した人が様々なパフォーマンスで歓迎してくれる。



博物館内に入ると最初に海賊の船や海賊の町が再現されている。
これらの海賊船で当初イギリスの船が多かったのはイギリスのエリザベス王朝時代に
登場した「私掠船(しりゃくせん)」の存在が大きい。
当時はスペインが誇る無敵艦隊が中南米からカリブにかけて侵略の主役として
活躍していましたがそれに対抗するような形でエリザベス王朝が仕掛けたのが
この私掠船です。
私掠船というのは政府、王朝の許可やライセンスを公式、もしくは非公式に
もらった船が敵国やその他の商業船を攻撃することを許されるという船で
平たくいうと海賊行為を正式に許された船たちです。
当時、イギリスはスペインとの覇権争いで無敵艦隊などに対抗するために
フランシス・ドレイクやホーキンスなど有名な海賊を使って対抗していました。
今でもイギリス人が自分たちのことを海賊の末裔というのは
ここに由来があるそうでスペインが世界をリードしていた時代から
イギリスに移るスペインとイギリスの当時の大きな覇権争いの
主役は海賊だったのです。
これらの海賊船で当初イギリスの船が多かったのはイギリスのエリザベス王朝時代に
登場した「私掠船(しりゃくせん)」の存在が大きい。
当時はスペインが誇る無敵艦隊が中南米からカリブにかけて侵略の主役として
活躍していましたがそれに対抗するような形でエリザベス王朝が仕掛けたのが
この私掠船です。
私掠船というのは政府、王朝の許可やライセンスを公式、もしくは非公式に
もらった船が敵国やその他の商業船を攻撃することを許されるという船で
平たくいうと海賊行為を正式に許された船たちです。
当時、イギリスはスペインとの覇権争いで無敵艦隊などに対抗するために
フランシス・ドレイクやホーキンスなど有名な海賊を使って対抗していました。
今でもイギリス人が自分たちのことを海賊の末裔というのは
ここに由来があるそうでスペインが世界をリードしていた時代から
イギリスに移るスペインとイギリスの当時の大きな覇権争いの
主役は海賊だったのです。
中南米大陸の国のほとんどのエリアをスペインに既に支配されていた
イギリスは占領する場所として目をつけたのが
カリブ海の島々だったようです。
イギリス人達が最初に占領をしたのがセントキッツでありこの島に行くと
巨大な要塞の後を見ることもできます。
↓
↓(世界遺産 Bilmstone Hill)
http://blogs.yahoo.co.jp/skpanic/59899838.html
イギリスは占領する場所として目をつけたのが
カリブ海の島々だったようです。
イギリス人達が最初に占領をしたのがセントキッツでありこの島に行くと
巨大な要塞の後を見ることもできます。
↓
↓(世界遺産 Bilmstone Hill)
http://blogs.yahoo.co.jp/skpanic/59899838.html



船内の様子。


海賊の生活を再現した人形が展示されていた。
牛の肉を燻製にしている様子もありましたが今のバハマ、ジャマイカと
ドミニカ共和国があるイスパニョーラ島には海賊が多く住みついていて
彼らは「バッカニア」と呼ばれていましたがその言葉の起源に
なっているのがこれらの牛の肉の燻製。
ドミニカのお隣ハイチがあるあたりで
彼らはこれらを木製の木の網を使い燻製にして海を通る船に売りはじめましたが
その木製の木の網が「バッカニア」という言葉の起源だそう。
牛の肉を燻製にしている様子もありましたが今のバハマ、ジャマイカと
ドミニカ共和国があるイスパニョーラ島には海賊が多く住みついていて
彼らは「バッカニア」と呼ばれていましたがその言葉の起源に
なっているのがこれらの牛の肉の燻製。
ドミニカのお隣ハイチがあるあたりで
彼らはこれらを木製の木の網を使い燻製にして海を通る船に売りはじめましたが
その木製の木の網が「バッカニア」という言葉の起源だそう。



戦いの様子。武器などの資料も様々。
当時の海賊は足の速い小型船のフリーゲートを使用してスペインの無敵艦隊
などの懐に入り、攻撃を加えていたそう。
今のグランドカイマン島などがあった場所でスペイン人たちに総攻撃をくらい
島を追い出されてからはバッカニア達海賊は特にスペイン人を目の敵にするように
なったそうですがそれらのエネルギーをエリザベス女王もたくみに利用して
スペイン国と戦ったそうです。
実際フランシス・ドレイクという有名な海賊が奪ったたくさんの黄金や
銀貨は当時のエリザベス女王に莫大な富をもたらしておりイギリスが
世界の派遣の握るのに最初の国としての国力を蓄えるきっかけにも
なっている。
イギリス人が自らを海賊の末裔だと称するのもこのあたりの時代を見ると
とてもわかる気がします。
当時の海賊は足の速い小型船のフリーゲートを使用してスペインの無敵艦隊
などの懐に入り、攻撃を加えていたそう。
今のグランドカイマン島などがあった場所でスペイン人たちに総攻撃をくらい
島を追い出されてからはバッカニア達海賊は特にスペイン人を目の敵にするように
なったそうですがそれらのエネルギーをエリザベス女王もたくみに利用して
スペイン国と戦ったそうです。
実際フランシス・ドレイクという有名な海賊が奪ったたくさんの黄金や
銀貨は当時のエリザベス女王に莫大な富をもたらしておりイギリスが
世界の派遣の握るのに最初の国としての国力を蓄えるきっかけにも
なっている。
イギリス人が自らを海賊の末裔だと称するのもこのあたりの時代を見ると
とてもわかる気がします。
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ベンちゃんのドミニカ生活(看板や道端を走る車などを見た際のドミニカを見る視点が面白い)
http://bentian-dominica.cocolog-nifty.com/blog/
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もらっています。
ブログでは書かれない観光情報等、内容が満載なのでぜひ
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