恋人たちの瞬間 | 交心空間

交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

 沈む太陽の光を浴びて街角がオレンジ色に染まっていく。やがて訪れるひと
つの夜に、それぞれが迎える思い出も、いつか記憶の器の中でうたかたとなり
零れゆく。そんな都会の狭間に彷徨うネクタイとハイヒールたち。デパートの
ショーウインドーの前でぽつんとたたずむあなたは、一体誰を待っているので
すか。物憂い空気と冷たいビル風に、コートの襟を立て、あなたはかじかんだ
手にそっと息を吹きかける。素知らぬ顔で通り過ぎて行く人々の足下に視線を
落とし、かれこれ一時間になるでしょうか。過ぎゆく時の流れに身を任せ、虚
ろに人待ち顔の……あなた……。
 私は、ビルの入口に掲げられたカラクリ時計。つれなくもあなたに二度目の
時刻を告げるときが近づいている。華やかな衣装を身にまとったヨーロピアン
ドールたちも、どこか淋し気な表情で、できることなら時を告げることもなく、
扉の向こうでずっと待機していたいことでしょう。


 無情にも、ドールたちのショーが始まってしまいました。オルゴールのロマ
ンチックなメロディーに合わせて軽やかにダンシングするドールたちを、おも
むろに見上げたあなたが微かに唇を噛みしめた……まさにそのときでした。漂
う人の波の中を、まるで擦り抜けるかのように、バラの花束を掲げて走ってく
る一人の青年の姿を……あなたも、もう気づいているのでしょう。
 笑顔で顔をクシャクシャにして、小さくジャンプしながら青年に手を振るあ
なた。これから始まる思い出に、ワクワクと胸をときめかせているのですね。
「さッ、ドールたち! 大切な時間を過ごすカップルを祝福して、もっと楽し
くダンシング、ダンシング……」


                             《おわり》