シングル・アゲイン | 交心空間

交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

 最後の荷物が運び出されたのは、南の窓に日が差込み始めた午後だった。
 引越業者のトラックを見送った女は、ガランとした部屋でひとり、彼を待ち
続けた物憂い日々を振り返っていた。別の女を選び、ある日ふいと出ていった
男の残像と、その理由を思い巡らしながら暮らし続けたこの部屋とも、あと少
しで別れを告げる。
 窓辺にたたずんだ女は、左手の指に視線を落とした。細く白い薬指に食い込
んだ指輪は、時の流れに溶け込んでしまった想い出同様、どこかその輝きも薄
れていた。


 ──約束の指輪。


 女は、大きく息を吸い込んでおもむろに抜き取り、そっとフローリングの床
に押し出した。指輪は大きな円を描いて転がり、ふたたび女の足下に。 


 ──もしかしたら、彼もこの指輪のように戻ってくるかも知れない。


 女は、そんな予感に苦笑いを浮かべながら、みずから選んだ未来に向かうた
め、一歩、一歩、また一歩、ドアのほうに足を運んていく。そのときだ、最後
まで部屋に残した電話のベルが鳴った。女は足を止め、サッと振り返った。


 ──彼かも知れない……彼だったら……いや、あの人に違いない!


 決心を変えるつもりはないのに、思いもよらぬ自分の中の喜びに、呆然と立
ちすくんだ。電話のベルは止まることなく、女の決心を揺らがせていった。戸
惑いの表情を映す鏡もなく、寄りかかり支えてくれるテーブルもなく、空っぽ
の部屋で女は、本当の自分の岐路を決めるべくきっかけを探した。
 女の気持ちとは裏腹に、窓の外は晴れ渡っている。その澄み切った景色に目
を引かれた瞬間、女の旅立ちを促すかのように、木の枝に止まっていた一羽の
鳥が、大空に向かって飛び立った。
 そして女は……。
 呼び止める電話のベルに「さよなら」と言い放ち、強い足取りで部屋を出て
いった。


                              《おわり》