小椋桂作詞・井上陽水作曲の歌に『白い一日』があります。両者が唄ってい
ますが、歌詞に一ヶ所違いがあるのを知ってますか……。
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♪白い一日 小椋佳作詞/井上陽水作曲
真っ白な陶磁器を眺めては飽きもせず
かといって触れもせず
そんなふうに君の周りで
僕の一日が過ぎてゆく
目の前の紙屑は古臭い手紙だし
自分でも可笑しいし
破り捨てて寝転がれば
僕の一日が過ぎてゆく
ある日踏み切りの向こうに君がいて
通り過ぎる汽車を待つ
遮断機が上がり振りむいた君は
もう大人の顔をしてるだろう
この腕を差し伸べてその肩を抱きしめて
ありふれた幸せに
●●●●●いいのだけれど
今日も一日が過ぎてゆく
真っ白な陶磁器を眺めては飽きもせず
かといって触れもせず
そんなふうに君の周りで
僕の一日が過ぎてゆく
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違うのは●●●●●の部分です。小椋桂は「落ち込めれば」と唄い、井上陽
水は「持ち込めれば」と唄います。作詞したのは小椋桂ですから、それが正し
いといえばそうなのでしょう。一説には、井上陽水が聞き違えたまま歌い続け、
小椋桂もそれに対して「とやかく言わなかった」とされています。
それにしても、「落ち込めれば」だと『自然のなりゆきに任せた』感じでど
こか切なさを、「持ち込めれば」には『自分の意思で導く』感じで強さがあり
ます。その対象である「ありあれた幸せ」への気の持ちようがひしひしと伝わ
り、歌い手の個性が如実に表れる瞬間ではないでしょうか。
これを知っている人が歌詞を見ずに口ずさむとき、どちらで唄うかで、その
ときの心境が計れたりして……。(微笑)