百人の諭吉っちゃん | 交心空間

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◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

 時代劇『座頭市』を観ていて、もうひとつ「ア!」と思わせる台詞がありま
した。今風にいうと「タイム・リミット」にあたる言葉です。勿論時代劇なの
で、そんな言葉はありえません。では、どう表現するかです。「時間切れ」も
違和感があります。むしろ江戸時代の言葉としてはNGでしょう。適切な表現
は『刻限』になります。


 ドラマおいてどんな台詞(言葉)を使うかは、時代背景を物語るにとても重
要です。時代に限らず、その業界や人物個性でも言葉の使い方ひとつで際立つ
ものです。


  女「(ウロウロして)サイテーの夜ね……大体何びびってんのよ、あいつ。
   まさか女知らないなんてことは……ないよなァ。金に物言わせて女好き
   勝手にするタイプだよ、あれは。それもキャッシュで……どのくらい持
   ってんだろ。ホテル代でしょう。でもって私を一晩だから、ま、最低五
   十万は財布ん中にあるわな。結束で持ってたりして。となると……(ベ
   ッドの脇に置いてあるバッグの所へ行き、しゃがみ込んで、鞄にパンチ
   パンチ)鞄の中は、大結束? ホホ……」


  *----------( 中 略 )----------*


  男「まァ、九時まで付き合わすんじゃし。同郷じゃろう。これも何かの縁
   じゃ。一本払ォたらええかいね」
  女「一本って、結束のこと?」
  男「何、結束って?」
  女「諭吉っちゃんが百人いて、それをこう、帯でとめたやつ」
  男「はーい……うん。それでええじゃろ」
  女「キャハハハハハ……好き。あんた、大~好き(と男に抱きつく)」
  男「オーイ……」
  女「(身体中にキスの嵐を浴びせて)しよ……いっぱいしよ……」
  男「ちょっーと、くすぐったい……」
  女「ここはどうだ(と強烈なキッス)」
  男「オオ~!」
  女「ウフフフフフ……」


                【ドラマ『ミッドナイト・プラン』より】


 女は銀行員でありながら夜はコールガールに身を転じています。ホテルのス
イートルームに出向いた女が、呼んだ男の素性を詮索したり、支払ってくれる
金額の心配をしてのやりとりです。
 男は銀行強盗を企んでいます。展開上「銀行」は重要な設定でした。そこで、
銀行に勤めている人に取材していろいろ話を聞いているうちに、百万円の札束
を『結束』と呼ぶことを知りました。『大結束』は一千万円を意味します。


 のちに女が銀行員であることを明確にするため、やりとりにその裏付けとな
るよう伏線として、銀行で日常使われる用語を織り込みます。まだ物語の始め
のほうなので、お互い素性や目的を隠すのが当然の心理です。あからさまに銀
行を持ち出す設定はありえません。したがって、やりとりのコンセプトを「女
を買う男と、身体を売る女の会話」に置いて、時折本性を覗かせる形が自然の
流れになります。
 特殊用語を用いるときのポイントは、「用語の意味」をいかに伝えるかにあ
ります。「結束って百万円を帯でとめて束にしたもの」では説明台詞になる気
がしました。そこで「百人の(福沢)諭吉っちゃん」にしたわけです。この台
詞で説明だけでなく、女のテンションが跳ね上がる様子もだせました。取材の
成果がふんだんに生きた一語でした。(笑顔)