見沼田んぼの古民家 2025-8-13     2025-8-17追記

 今年3月見沼用水傍らの浦和植物園が閉園になるので東川口駅からバスに乗り出掛けたが、今回はバス停は同じ場所だが徒歩で出掛けた。

駅前ロータリー広場の地下鉄工事のシールドマシーンカッターレプリカが展示されている。東川口駅には埼玉高速鉄道地下鉄との乗換駅。

カッターレプリカの裏側にバス停があり、台地に向かう階段がある。

画面の奥、左に登り階段がある。

階段を登り坂道を進むと最初の信号交差点が日光御成街道。

御成街道を越え40mほど進むと角に身代わり不動尊自然石の上に建つ、不動明王。

 

足立百不動尊第24番 延寿院跡(明治初期に廃寺)、2015-7/02百不動で参拝している。

東川口駅から650m、道なりに進むと変則5差路に出る、この付近はさいたま市と川口市の市境、区画整理が遅れている。道を左に出て直ぐに東北道を潜るガードが見える

道幅が狭く車に注意して進む。ガードを潜ると水路に出る、水路に沿って左側北方向を進む

水路沿いを7分ほど進むと左に分岐する道に出る、分岐道をカーブしながら進むと

程なく東昭神社の社叢が見る。

東沼神社参道、見沼用水東縁は神社脇を流れている、2025-3/20の画像

見沼用水東縁浅間橋から上流の画像、冬季の水位は川底をさらしている。

用水を上流に向かい、東側に林があり、川口市行衛の見沼自然の家の木戸。

見沼自然の家、江戸末期の建築物、農家から川口市に提供を受け(財)埼玉県生態系保護協会が委託を受け管理している、日曜祭日にはボランテアが常駐し見沼の歴史などを説明してくれる。 建物の軒裏(瓦屋根)には軒の長さ七間は継ぎ目の無い一本の梁が通ている。今日は平日の水曜日、東側の田圃に埼玉県から管理委託された「グランドワーク川口」の人達が見られた。

グランドワーク川口の管理する田圃入口の伐採された木に掘られた愛嬌のある仏像。

田圃には古代米と呼ばれる赤米、黒米の稲作が見られ、水路や水田には多くの動植物が見られ、無農薬農法を推進していることが見受けら、うれしくもある。

場所、川口市行衛、先方は調節池、画像後方は見沼用水左縁、自然そのままの手つかずに残されている。

調節池北側から入る「見沼ミチクサ道路」画像後はさいたま市。

国道463号のグリンセンター大崎の建物と煙突が見える。

グリンセンター大崎近くの国道沿いに「浦和くらしの博物館民家園」

民家園入口から左側に「旧浦和市農協組合三室支所倉庫」大正8年築の園内唯一の石倉、国の登録文化財に指定される。現在、展示棟兼収蔵庫として活用。

前方に見えるのは三室支所倉庫、南側に広がる古代蓮池。

伺ったのは8月13日 蓮の花びらは散り、花托(かたく)と呼ばれるハチの巣状になり

やがて乾燥し枯葉色に変色し種子ができる。

武笠家表門  天明三年銘(1783)の護摩札が確認され、江戸時代後期の建築と思われる

長屋門の裏は農機具の納屋になっている。

蓮見家住宅 緑区井沼方、大宮台地の舌状地に上に所在していた。

建物の年代は不明、館の説明文書によると「江戸中期18世紀前半と推定され、現在

さいたま市域に残されている民家では最も古いものと考えられます。」

蓮見家住宅と見取り図 桁行16.75m、梁間5.4m 寄棟作り、茅葺屋根。

蓮見家の土間。

手前に武笠家表門、奥に蓮見家住宅、手前に中島家米蔵

野口家門 野口家は南区大谷口の代々安楽寺の住職をつとめていた家系。

安楽寺は明治初年廃寺となりこの建物は野口家母屋として移築された。

建物の年代は解体時に発見された床の間の地板名だから安政5年(1858)の墨書が発見され、ほぼこの年代に建立されたと思われる。(博物館説明書)より抜粋

野口家主屋 桁行13.64m 梁間8.19m 寄棟造り茅葺屋根

野口家住宅平面図 

板の間の囲炉裏から奥の和室を望む

玄関土間から吹抜け天井と梁

野口家裏木戸から表玄関を望む。

野口家、蓮見家の茅葺屋根の棟飾りに西側に寿、火伏せ、厄除けの意味があるとか。

野口家、蓮見家の茅葺屋根の東側に水の文字、火災から家を守る伝説とか。

三室の中島家の板倉 旧浦和市が寄贈を受け、平成6年移築復元、

間口2.94m、奥行き1.16mほどの寄棟、茅拭きの小建築。

白い建物綿貫商店、手前に高野せんべい

綿貫商店建物は旧中山道常盤2丁目で雑貨商を商っていた。

火災予防で外装は漆喰で塗り固められている。

建物は桁行(間口)4間、梁間(奥行き)3間。

綿貫商店店先 2016-09/30撮影

 

綿貫商店見取り図 2016-09/30撮影

高野せんべい 旧中山道沿いの岸町7丁目にあった商店。

建物建設中に安政大地震が起こったと言い伝え、浦和宿中山道商家としては最も古い建物。建築当初は茅葺だったが明治40年に瓦葺に吹き替え、民家園に移築に際し、

建築当初の形に復元した。

高野せんべい店内風景。

見沼田圃探索の寄り道として、浦和くらしの博物館民家園は2016年を最初にこれまで

数度訪れている。建物は文化財を主にしたり、植えられている樹木を主にしたりの探索で、樹木は10年経つが大きな変化はない、古代蓮の花時期の6月7月は来た記録がない。なお、旧民家建築物五棟はさいたま市建築物文化財に登録されている。

一般国道463号のくらしの博物館民家園前の駐車場がけずられ、念仏橋架け替え工事が

行われているが3月から半年過ぎても進捗が見られない。

国道463号芝川に架かる念仏橋の架け替え橋。

芝川を渡り見沼用水西縁を下流に沿って進む、左側は芝川第一調節池西側、右側は大宮台地、台地の上は大牧小学校。この見沼用水西縁にカワセミが留鳥している。

今は川や池に当たり前のように見られるようになった。

東川口駅9時、浦和東駅11時30分、汗をかきながら2時間30分の探索になった。