四国八十八ヶ所自転車遍路 伊予愛媛 2015-4/08-4/15巡拝 2025-11/23投稿

             自転車遍路、通し 順打ち 高知からの続き 伊予遍路 第40番~65番

     4/08 晴れのち曇 

 高知県県境から観自在寺14㎞ 、高知県中村駅から重いペタルで47㎞走り。

 第40番 観自在寺  4/08  10日目 13:45着  

  1959年火災de焼失に本堂焼失により昭和39年(1964年)再建 

  仁王門 江戸時代後期建立 瓦葺入母屋造、

  本堂 1694年再建 銅板葺入母屋.鉄筋コンクリート造

  大師堂 1866年再建、1954年改築 胴板葺き宝形屋根

 本堂の隣、大師堂、本堂は垂木、向拝虹梁、どれを見ても飾り物。

    観自在寺-11㎞-民宿ビーチ15時着、国道56線 室手浜

 

  4/09 11日目 民宿ビーチ7:00発-42㎞-龍光寺

国道56号線のリアス式海岸遮るように進み、宇和島市内を通り過ぎ、高低差の少ない遍路。            第41番 龍光寺  10時15分着 

 三間平野を見下ろす山の中腹にあり。山門の鳥居まで約90段の石段。

 山門が鳥居、神仏習合の歴史が垣間見える

 本堂昭和39年(1964年)再建 瓦葺宝形造唐破風向拝付。

 大師堂平成5年再建  瓦葺宝形造り。

 

        龍光寺-3.5㎞-仏木寺 11時着

 第42番 仏木寺 標高197m 県道より石段を上がって山門を潜り石段を上がると、    

  右側に珍しい茅葺屋根の鐘楼

  仁王門瓦葺入母屋造、三間一戸楼門 1919年建立、2010年建替え

   右に本堂 1728年建立 瓦葺宝形造り向拝付(大きい建物)

   左にに大師堂 昭和時代に再建 瓦葺入母屋造、軒唐破風付

   屋根の形が本堂 宝玉、大師堂 入母屋と四国八十八寺では逆になっている。

 

 明石寺は14.5㎞先の標高280mにあり、途中に標高480mの歯長峠(歯長トンネル)を

 越える難所コース。歯長峠まで6㎞を押し歩き歯長トンネルを過ぎると下り坂。

        仏木寺-14.5㎞-明石寺 14時30分着

 第43番 明石寺 14時7分着 標高282m

  仁王門 1901年頃建立 瓦葺入母屋造、三間一戸八脚門。

  本堂 1890年頃建立、瓦葺入母屋造、唐破風向拝付。

  大師堂 1890年頃、瓦葺宝形造り向拝付

  仁王門、本堂は石州系の赤瓦、お寺では見掛けない。

  仁王門、本堂、大師堂は明治に入り建替、仁王門前の石段・石垣・塀などは

     国登録有形文化財指定                        

  明石寺-2.5km-富士廼家旅館 16時58分着

   走行時間5時間 走行距離65㎞ AV13㎞

 

4/10 12日目 8時30分出発、

 肱川沿いの  国道56号線、大洲市を抜け内子町国道沿い民宿シャロン。

   高低差は少ないがスピードが出ず、足に負担がかかっている。   

   バランスの崩れ蛇行して回る後輪で足の疲労度は限界に達している。

          お昼に今日の久万高原に予約を入れても満室で取れず。        

  久万高原手前の宿泊先シャロン着。宿が決まらいのが勿怪の幸い、昼食を済ませ 

  レンタカー借り約1時間、松山市内の松山市内のバイク店自転車修理に持込、

  宿泊先に戻っのは夕方6時。 入浴後に筋肉痛の足にバンテリンを塗り込む。

   西予市富士廼家旅館走行期間2時間40分、走行距離33.4㎞、AV12.4㎞内子町シャロン

     

      4/11 13日目  今日の予定、走行の都合で逆内45番から44番になる。

       内子町シャロン-52km-岩屋寺 10時着

    早朝5時30分出発、10時に岩屋寺に到着

   20㎞付近から登りが始り残り1㎞付近で自転車を置き徒歩で30分掛けて登る。

 第45番 岩屋寺 

  1898年に仁王門を残し全山焼失、その後、再建。

  山門 1934年建立、銅板葺入母屋造、軒唐破風付四脚門

    標高440mの山門を潜って標高670mの本堂まで急登り

   本堂 1927年建立、銅板葺入母屋造、軒唐破風付

    岩屋の名の通り壁面の岩に囲まれている。

 大師堂 1920年建立 銅板葺宝形造り向拝付、

 向拝柱4本の双子柱は初めて、柱の上部に花の胸飾り?

  参道の長い坂道を上ると山門があり山門を潜ると266段の石段が続く。

仁王門 歩き遍路道の八丁坂越えの入口。

  帰りは自転車の所に戻るのに1時間30分

  

       岩屋寺-11㎞-大宝寺 12時40分着

  11.5㎞の距離をペタルをこいだり、押歩きで1時間30分ほど掛り、寺手前の店屋   

 に自転車を置き、500mほどを徒歩で寺に向かう。

                 第44番 大宝寺

     久万高原 標高560m付近の高地に存在。 

  大宝寺は1874年全焼。その後、地元に人々によって再興。

  仁王門 1956年再建、瓦葺入母屋造、三間一戸楼門

 本堂  1925年再建、 銅板葺入母屋、千鳥破風・唐破風向拝付

 大師堂 1984年再建、銅板葺寄木造り総檜造り

     14時過ぎに打ち終える。

 三坂峠手前1kmは押し歩きで、限界近い状態だった。峠から三坂トンネル以下急な  

    下り坂で、昨日ブレーキシムの交換して置いて正解、

    車輪のバランスも取れてふらつきも無く走りはよかった。                      

    走行距離83.76㎞ 走行時間6時間9分 AV13.6km

  

     大宝寺-25㎞-浄瑠璃寺(松山市)

  浄瑠璃寺から松山市内には第46番から第53番まで8ケ所が存在している。

  今晩の宿泊先、長珍屋に自転車と荷物を預け目の前の浄瑠璃寺に参拝に出る。

            第46番 浄瑠璃寺 15時50分着 

 入口は岩と塀に囲まれた階段を登る山門は無い。

 本堂 1785年再建 瓦葺入母屋造、唐破風向拝付

 大師堂 建立年不明、瓦葺宝形造り

  4/12 今日の宿泊先 旅館・民宿長珍屋 16時15分着 

 鉄筋5階建 収容人数160名 乗用車50台 大型バス6台 看板には旅・民宿と書込まれているが、民宿とは程遠い、10年前の宿泊代は朝夕食込7776円。

 

                        浄瑠璃寺-1.2㎞-八坂寺                      

  4/12 14日目  長珍屋7時出発

 八坂寺まで通称、松山街道、田園地帯をのんびり風景を楽しみながら走行。

 第47番 八坂寺 7時11分着  橋の上の長い唐破風の山門が特徴。

   山門(極楽橋上) 建立年不明、銅板葺き向唐門

  本堂 建立年不明、銅板葺妻入り入母屋造、鉄筋コンクリート造

  大師堂 建立年不明、銅板葺切妻造、唐破風向拝付、鉄筋コンクリート造

 

        八坂寺-4.2㎞-西林寺

  西林寺には県道207号線から県道40号線で重信川を渡り橋から1㎞弱、

  溜池が多く見られ、

田園地帯の中にあるお寺。

      第48番 西林寺 7:50着

  山門 1843年再建 瓦葺入母屋造、楼門

 左 本堂 1707年再建  瓦葺入母屋造、右 大師堂  2008年再建 瓦葺入母屋造、

 

        西林寺-3.0km-浄土寺

県道40号線(松山東部環状線)を北に走り、伊予鉄横川原線踏切を(右に鷹ノ子駅)越ヘ松山川内線を左に進み程なく浄土寺の看板。

 第49番 浄土寺 8時29分着

  1649年大規模な修繕工事が行われ、1961年解体修理が行われる。

  仁王門 1929年建立 瓦葺入母屋造、軒唐破風、三間一戸楼門造り

  本堂 1484年建立 瓦葺寄棟造り、国指定重要文化財

  大師堂 建立年不明、瓦葺寄棟造り

  

     

 浄土寺から第50番繁多寺まで県道40号線三町信号を右に進み緩やかなアップダウンの繰り返し高度を上げていく。 

          浄土寺-2.3㎞-繁多寺

 第50番 繁多寺 9時4分着

  1876年歓喜天堂の火災で焼失、その後、再興

  山門(高麗門) 建立年不明、瓦葺切妻造り 高麗門は四国で初

  本堂 1960年建立 瓦葺入母屋造、

  大師堂建立年不明、瓦葺宝形造り

   9時21分 繁多寺山門前でお接待、帰り掛け寄らせて頂く。

       繁多寺-3㎞-石手寺 

 第51番 石手寺 9時45分 他では見られない回廊形式の参道(仲見世)がある。

  仁王門 1318年建立瓦葺入母屋造、三間一戸楼門造 高さ7m 国宝

  本堂 1275~1332年建立 瓦葺入母屋造、 国指定重要文化財

  大師堂 建立年不明、瓦葺入母屋造、

 石手寺三重塔 国有形重要文化財

 石手寺境内、三重塔とお茶堂(納径所)

 石手寺は国宝、重要文化財の宝庫。戦火に遭わなかったのが要因?

       石手寺-11㎞-太山寺

    第52番 太山寺 11時19分着

  大山寺は1の門から3の門まであり、1の門、屋根付き冠木門、参道800m、   

 2の門、仁王門、1305年再建、   

 瓦葺入母屋造、三間一戸八脚門。国指定重要文化財、長い山道を進み3の門(四天門)

 

  太山寺仁王門 国有形重文化財 

二の門 1683年再建 瓦葺入母屋造、三間一戸楼門造り 四天門は四国霊場初登場 

  

三の門 1683年再建 瓦葺入母屋造、三間一戸楼門造り 四天門は四国霊場初登場

    本堂 1305年再建 瓦葺入母屋造、 国宝

  大師堂 16段の石段を上がったた頃にあり。拝所と大師堂は一棟。

  1884年再建 拝所、瓦葺妻入切妻造。大師堂は瓦葺入母屋造、

    石手寺に続き太山寺、二寺続けて文化財に恵まれている。

 

      太山寺-2.6㎞-圓明寺 松山平野最後の札所

       第53番 圓明寺 12時22分着 

  第56番まで瀬戸内、高低差の少ない今治平野を走る。

  仁王門、室町時代建立?、瓦葺入母屋造、三間一戸楼八脚門。

  中門  建立年不明、瓦葺入母屋造、楼門造り

  本堂、 建立年不明、瓦葺入母屋造、

 大師堂、建立年不明、瓦葺入母屋造、唐破風向拝付

  本堂、大師堂の瓦屋根の鬼瓦と装飾瓦が派手ですね。

 

         圓明寺-37㎞-延命寺(今治市内6カ寺) 

 今治市内から6㎞程離れた、今は住宅地と溜池がある。

 53番圓明寺、54番延命寺、同じ「えんめい」、読み、漢字を替えただけ。

     第54番 延命寺  16時5分着    

 仁王門、建立年不明、瓦葺入母屋造、三間一戸八脚門

 中門、 1871年移築 瓦葺切妻造り医薬門

 本堂、 建立年不明、瓦葺入母屋造、唐破風向拝付

 大師堂、建立年不明、瓦葺宝形造り

      

         延命寺-4㎞-南光坊

     第55番 南光坊 16時55分着 大山祇神社別当寺 

  1945年太平洋戦争で大師堂、金毘羅堂を除き堂宇全て焼失。

  山門(四天門)、1998年再建、瓦葺入母屋造、三間一戸楼門造り1998年再建

  本堂、 1981年再建 瓦葺入母屋造、

  太子堂、1916年建立、2010年改修

 納径時間が迫ってしまい納経帳を納径所に預け参拝する。

 参拝を終え納径所は職員は一人、定年退職をしてアルバイトと本人は話している。

 南光坊の今昔をレクチャーをしていただき、今夜の宿まで紹介を受ける。

 今日の宿は今治駅近くの大一ホテル駅まで250㎜ 南光坊から600m。

      走行距離71.82㎞ 走行時間5.02分 AV14.2㎞

   4/12 足の痛みは限界にきている、明日、走れるか不安。  

  今治市内に第54番延命寺から59番国分寺まで6ケ寺 すでに2カ寺打止め

 

4/08 県境14㎞ー観自在寺11㎞ー民宿ビーチ 走行距離25㎞ 時間2h  AV12.5km

4/09 民宿ビーチ 走行距離65㎞  走行時間5時間 AV13㎞ 富士廼家旅館

4/10 富士廼家旅館 走走行距離33.4㎞、行時間2時間40分、AV12.4㎞内子町シャロン 

4/12  浄瑠璃 寺 走行距離71.82㎞ 走行時間5.02分 AV14.2㎞ 南光坊

   愛媛4日間 走行距離195.22 走行時間14時間42分、AV12.4㎞  

 

    2015-4/13 ~4/14            第56番~65番  

  4月13日 月曜日 15日目 雨のち曇  今治市第一ホテル

 朝、雨が降っている。早朝、マスターがコーヒーを出してくれて、この先の遍路の様子などを伺い。

 足の疲れを癒すため今夜の宿もお願いする。 話の中で第32番禅師峰寺の御朱印を貰い忘れたと話したらマスター曰く「あとで後悔するから、今日休む予定なら、    レンタカー借り出掛け、帰りに大変な60番と65番を回ってきたら、目の前にレンタカー屋がある」マスターの「あとで後悔するから」に反応し、レンタカー 借り9時に出掛ける。高速道路で禅師峰寺に11時30分着、  お朱印を頂き、第65番三角寺、60番横峰寺に周る。

 

  第65番三角寺 愛媛県最後の札所 標高360m、平石山中腹の寺。

      天正の兵火で焼失、

65番三角寺 12時25分駐車場から山門迄73段の石段

  65番三角寺山門 建立年不明、銅板葺入母屋造、三間一戸八脚門。

   梵鐘が釣られている。炭層の鐘楼門。

   65番三角寺 本堂1849年再建 銅板葺重層宝形造り唐破風向拝付。

  

   65番三角寺 大師堂建立年不明、胴板葺き宝形造り

 65番三角寺からの風景  12時56分

 

        60番横峰寺 

  神仏分離令により廃寺、石鎚神社別当寺から1909年横峰寺独立。

   石鎚山系の北側中腹、標高745m付近にあるお寺                                        

峠に入り霧が立ち込め、3m先が見えない中、横峰寺駐車場へ、14時30分

 駐車場から境内迄500mの下り坂の参道 

 第60番 横峰寺仁王門 建立年不明、銅板葺き入母屋造、

  横峰寺本堂 建立年不明、銅板葺き入母屋造、唐破風向拝付

 横峰寺大師堂 建立年不明、胴板葺き宝形造り

 

御朱印を頂き、霧の中を下山する、怖い思いをして山を下り途中で道を間違える、  16時30分には今治駅に戻り返車。

         

4月14日  遍路16日目  火曜日 曇りのち雨                                     

   6時起床7時前に第一ホテルを出発、     

     第一ホテル-3.8㎞-56番泰山時7:03着

56番泰山寺 石垣に囲まれた石柱門  自転車は塀の脇に止める。

泰山時本堂 1857年再建 瓦葺入母屋造妻入り、屋根の下に庇が出ているこれも向拝?

 泰山時大師堂、1985年建立、瓦葺宝形造り、向拝付。

 

 56番泰山時-3.3㎞-57番永福寺7:40着

第57番永福寺 山門は無く、寺号標左側の道路と石垣と樹木の間に自転車を止める。

 永福寺本堂、建立年不明、瓦葺入母屋造、唐破風向拝付      

 永福寺大師堂、瓦葺入母屋造、向拝付。

 

         永福寺-2.9㎞-58番仙遊寺  

 第58番仙遊寺 8:36着                                                                                                                        標高312mの作礼山山頂付近にあり、1947年山火事で全山焼失、その後、再建

 58番仙遊寺仁王門 戦後の山火事の後の建立、瓦葺入母屋造。

 58番仙遊寺本堂1953年再建、瓦葺入母屋造、唐破風向拝付

 58番仙遊寺大師堂、1958年再建、瓦葺宝形津造り

 

         仙遊寺-7.5㎞-59番国分寺10:46着

 第59番国分寺 唐子山の麓にあり、境内入口は山門はなく、参道があるのみ。

 59番国分寺本堂、1789年建立、瓦葺入母屋造向拝付。

 59番大師堂、建立年不明、瓦葺宝形造り

                      国分寺-21㎞-62番宝寿寺13:00着

62番宝寿寺 

 

 62番宝寿寺本堂 建立年不明、銅板葺入母屋造、妻入り向拝付。

62番宝寿寺大師堂、建立年不明、銅板葺き入母屋妻入り向拝付。

 

62番宝寿寺 天正の兵火で焼失、明治維新、神仏分離令により廃寺、1877年再興、

 1921年現在地に移転、2017年四国八十八ヶ所霊場会退会、2019年再加入

       

         62番宝寿寺-1.5㎞-61番香園寺 13:15着 

第61番香園寺 昭和51年建立 山門も石柱も見当たら、  大聖堂手前の六角の堂の

蝋燭と線香立て。  

    

 コンサートホールの様な大聖堂、コンクリート建て、2階に大日如来、右側に弘法大師像。 仏教の建物に大聖堂と名乗るのは摩訶不思議、海外相手の先取りか?

         

時代の先取りか判らないが、仏閣建築を楽しみの自分にとっては想定外で答えを持たず。納径所は左側のプレハブ建て、 事前に62番宝寿寺の御影は61番香園寺で頂けると宿泊先で伺っていたので、宝寿寺と香園寺の逆打したのだが、宝寿寺の御影も頂く、両方のお寺の対応に違和感を感じ、宝寿寺と香園寺の納経時、香園寺の大聖堂など、いろいろ頭から離れず、自分は傲慢な態度をとった気持ちはないのだが、両寺が気分を害したならばお許しを。

                                   香園寺-2.9㎞-63番吉祥寺 14:23着

 第63番 吉祥寺山門 建立年不明、瓦葺切妻造り、四脚門

 吉祥寺本堂2022年より1年をかけ改修工事 建立年不明、瓦葺入母屋造、向拝付

 吉祥寺大師堂、建立年不明、瓦葺宝形造向拝付。

 

         63番吉祥寺-3.1㎞-64番前神寺 15:10着

 第64番 前神寺 明治維新の神仏分離令により1875年廃寺、その後再興

 参道と総門 建立年不明、銅板葺き棟門 狛犬も見えます神仏習合の名残。

 64番前神寺本堂 1972年再建、銅板葺入母屋造、千鳥破風、唐破風、両側は回廊。

 64番前神寺大師堂 建立年不明、瓦葺宝形造、唐破風向拝付 本堂前に護摩壇。

前神寺の歴史の解説は置いて、山裾の本堂の美しさに、見惚れるだけの自分かいる。

四国八十八ヶ所霊場で風景の中に溶け込んだ、一番美しい建物と勝手に思ている。

   4月14日 巡拝16日目 走行時間4時間 走行距離61.46㎞ AV15.4km

              4月15日 新居浜市BHミソラ-31.8㎞-香川県県境 

    香川県遍路寺と続く

      愛媛県走行距離288.48㎞  走行時間20時間42分、AV14㎞  

    

建築年の建立年不明とあるが文献を調べると、銅の圧延工法が確立したのが江戸末期から明治初期と記されている。銅板葺き屋根は江戸末期から明治初期と考えられる。

 

    2025-11/23投稿  2015年の画像と文章で現在と違っている所はご容赦願います

 

                          巡拝前の参考書  2014年ネット購入

  へんろみち保存協会出版 四国遍路ひとり歩き同行二人

 小学館出版 ママチャリお遍路1200㎞:サラリーマン転覆隊

   ブログ投稿資料

     wikipedia  ウィキペディア

  ohenrocar.com  マイカーお遍路

   gosyuinn.138shinsekai.com 御朱印のじかん|週末ドロボー