坂東三十三ヶ所巡拝 2015年参拝記録 2026年2月10日投稿
過去、秩父三十四観音霊場、四国八十八ヶ所、と続き今回、坂東三十三観音霊場巡拝
初回はバスツアーで出掛ける。2015-5/10
第1番、杉本寺(鎌倉)第6番長谷寺(厚木)第7番光明寺(平塚)第5番勝福寺(小田原)
順で参拝。 6時に自宅を出てツアー集合場所、新都心出発は7時、自宅からはゆうに間に合う時間 ツアー代金 4990円
第1番 杉本寺 9時着
大蔵山の中腹に位置し仁王門を潜ると今は通れない苔むした石段を登った先に観音堂。 苔むした石段の左側に通行階段。たいして広くない境内に観音堂 茅葺寄棟造り、
方間5間、1678年建立。734(天平6)年の創建で鎌倉では最古の寺院だそうです。
9時30分、バスに戻ったら各座席に弁当が届いていた。早い人は食べだしていた。
自分も朝食からの時間を数え10時に頂き始めた 噂に違わず確かに美味い量は少なめだがツアーの金額から見たら仕方がない弁当だけで1000円はするだろう(お茶付き)
5番正福寺
第5番勝福寺 1758年造営、1963年解体修理、屋根も茅葺から銅板葺きに改変され、
切妻八脚門 観音堂 胴板葺き宝形造り向拝付。
第6番長谷寺
第6番長谷寺 仁王門 銅板葺き寄棟造り、2020年に改築したそうです。
観音堂 江戸時代建立 茅葺から銅板葺き改修、唐破風向拝付
第7番光明寺
光明寺山門 1987年解体修理が行われた。
観音堂 1498年建立 1968年修理で柿葺形胴板葺き宝形造り、
バスツアーの巡礼では寺境内で自由時間は無く、写真撮影は出来ず、粛々と先達の指示に従がうのみ、今日の先達は坂東第23番正福寺の尼さんが勤めて頂きました。 そんな訳で画像は撮れず、各寺の朱印、墨書を載せました。
2015-5/15参拝日
8番星谷寺 4番長谷寺 3番安養院 2番岩殿寺 14番弘明寺 13番浅草寺
5時起床、武蔵浦和駅5時55分発、新宿6時20着、小田急座間駅下車8時、県道407号線突当り徒歩10分で星谷寺着、
第8番星谷寺 参道突当りが観音堂(本堂)
座間市市内の住宅地の中にあるお寺さん、納径受付は8時30分から、
献灯、献香、納札を済ませ。納径所が開くまでさほど広くない境内を散策。
小田急で藤沢駅で江ノ電に乗換、徒歩10分ほど10時10分、長谷寺着
入場料金300円を支払、境内は多くの中高校生が探索し、ツツジが開花している。
第4番札所 海光山長谷寺
4番長谷寺 阿弥陀堂 1986年鉄筋コンクリート造再建
4番長谷寺 観音堂1986年鉄筋コンクリート造再建 二重入母屋、五間三戸
第3番安養院田代寺
長谷寺から安養寺迄徒歩で30分 11時着
安養寺は小さなお寺で寺門から本堂迄20m足らず納径とご朱印を済ます、
落花前のツツジの花が記録に残る。、11時15分岩殿寺に向かう。
第2番岩殿寺
安養院田代寺から徒歩30分、トンネルを抜け逗子市に入りJRの路線を横切り山の裾を回り込む様に進み民家の奥に山門に出会う山門脇に納経所兼用住まいが有り山門から120数段を登りきった場所に本堂、山の中腹の寺からで逗子の街と海が見通せる。
12時過ぎていただろうか、住職が本堂前を清掃中、墨書を心良く引き受けて頂く。
岩殿寺総門(吉祥門)四脚門 山門下には無人の入山料を納める箱が置かれている。
観音堂 1727年再建され、1988年修理、茅葺から胴板葺き宝形にかわる。
昼近く、参拝客はなく住職が本堂前を清掃中、先に納経帳を渡し、献灯、献香、納札を済ませ、境内をのんびり探索。寺を出たのが12時25分。
小さなお寺で檀家も少ないと思う 小さいながら侘びのあるお寺だと感じる。
2番岩殿寺から見る、逗子海岸方向
寺を出て徒歩で約15分 京急新逗子駅に着く。
駅中の中華屋で昼食を取り新逗子駅から32分、横浜市の弘明寺駅に向かう、
寺の名前が駅名なっている様に東口に寺垣があり低地に立っているので駅からは屋根しか見えない
第14番弘明寺
弘明寺へは駅東口を道なりに進み、弘明寺坂を下り突当り右が弘明寺山門、
左は弘明寺アーケード商店街。
弘明寺仁王門 江戸時代に再建、銅板葺き寄棟造り
弘明寺本堂 1766年再建、銅板葺き寄棟造り、軒千鳥破風1間向拝造り
弘明寺の参拝が14時に終わり、予定外の浅草寺に向かう。
京急で品川駅で都営浅草線の乗換、約1時間
第13番浅草寺
太平洋戦争で浅草寺伽藍の多くを失い、鉄筋コンクリート製に建替えれた。
雷門 1960年松下電器社長松下幸之助より再建される。本瓦葺切妻造り、八脚門。
宝蔵門 1964年大谷重工業大谷米太郎夫妻により再建、本瓦葺き重層入母屋造
本堂 1955年遷座 入母屋造、2010年瓦を金属のチタンに葺き替え修理
五重塔 1973年完成 金属チタン製瓦
画像撮影日 2017-01-04 鶯谷駅16時に着き帰宅。
今日の歩数25817歩 距離18.7㎞
5月17日 晴 9番慈光寺 11番安楽寺 10番正法寺 10番慈恩寺
8時40分車で自宅を出て10時20分、第9番慈光寺着
第9番慈光寺 埼玉県都幾川町
観音堂 銅板葺入母屋造り妻入り1間軒唐破風付
山門と本堂は山の中腹にあり、山門を潜ると直に本堂になる 山門を潜り直に左折距離200m程を100mの階段を登り、山の頂上に観音堂がある 建物は秩父らしく彫刻が3面を取り囲む今迄みた坂東の寺の中で唯一芸術感の有る堂宇、屋根は銅葺なのが残念だ 本堂と観音堂の中間点に宝物殿が有り 国宝などが納められている、観賞料300円払えば見られるのだが経典の国宝に興味がないので通り過ぎる。お堂も山の側面に点々と有り木々に囲まれ静寂の有るお寺だ 納径所が本堂の中に有り住職もできた人で「御朱印帳に記入する間に自由に参観して下さい」と云って頂き畳敷きの中を各仏像を目の前で拝ませて頂く、これまでにない感動を受ける。後から見えた住職夫人も如才ない腰の低い女性でこのお寺に居るだけで気が休まると感じるのは自分一人では無いはず。
結局慈光寺に1時間も参詣していた 山門の前の茶店でうどんを注文したが手打ちで用意が出来ないとの事、パック詰めの櫛団子で昼食を済ませる。
第10番正法寺に行くつもりがナビの入力違いで第11番安楽寺に着いてしまう。
第11番安楽寺 埼玉県吉見町 12時20分着
安楽寺山門 1702年再建 三棟造り八脚門
安楽寺本堂 1661年再建 胴板葺き寄棟造り1間向拝唐破風付
安楽寺三重塔1624~1643年に再建
安楽寺の後、北側は茶臼山古墳があり、安楽寺は台地の上に建立されている。
第10番正法寺 東松山市
仁王門 江戸時代焼失、180年前半に再建される、瓦葺切妻造り三間一戸八脚門
観音堂 1871年建立 瓦葺き入母屋造り妻入り1間向拝造り
上の画像は2014年12月10日に参拝した時のガラ携の画像です
正法寺の銀杏 樹齢700年以上 階段を降りた仁王門先の表参道門前町
正法寺を打ち終えたのが14時、国道16号でさいたま市岩槻区の慈恩寺に向かう。
15時着 本堂工事中で全体に覆いがされていて全体が掴めず
寺の敷地内に樹木が目に入らないのが気にかかる 工事が終れば景色も変わると思うが今は寺の感想を記入すべきではないと思う
慈恩寺山門 1691年建立 切妻造り薬医門
慈恩寺本堂 焼失後1843年再建、2016年大改修後の画像。
納径帳には右側に奉拝 武州岩槻 中央に華林山慈恩寺 左に参拝日 左下に執事
慈恩寺の墨書、中央は御尊名が入るのだが、山号寺号の墨書は初めて見る。
納径帳の書込みは50歳位の住職と思しき人が記入捺印。
坂東巡拝のときは本堂は工事中でシートで覆われていたので、本堂画像は2016年10月29日、文化財見学時の画像を使用。
5月20日 晴 7時15分自宅を車で出発
19番大谷寺 18番中禅寺 17番満願寺 16番水澤寺 15番長谷寺
栃木県宇都宮市 第19番大谷寺 9時05分着
19番大谷寺仁王門
観音堂
拝観料300円を支払い山門を潜る、山門から本堂迄10mほどしかない。本堂の奥行も2間程, 後は垂直の岩盤に背中合わせで建てある。本堂右側面から入り、左側面に移動しながら参拝する用にしつられている。中央に岩盤を削り取り11面千手観音が彫られている。入口を入ると直にテープで内部説明が始まる。参拝者は、自分一人なので説明を無視し般若心経を唱え出す。納径を終わる頃に内部案内も終わり左の出口に出ると、建物から左に廻り込むように岩盤に大小9体の石仏が彫られており、これら岩盤に彫られた石仏すべて、国の重要文化財に指定されている。石仏が彫られた岩面の裏は日本庭園がしつられており、良い雰囲気を醸し出している。45分車に戻ると観光バス2台の団体客が到着。
栃木県日光市 18番中禅寺 10時45分着
1902年足尾台風の津波により壊滅的被害を受け現在に再建「wikipwdia」より抜粋
立木観音 仁王門
立木観音 観音堂
日光杉並木の中を走り徳次郎ICから、日光方面に有料道路を走り、清滝出口へそこからいろは坂が始まる坂を登りきった直に、中禅寺湖に出て右折する。湖周辺は霧がたちこめ視界が遮られ湖の対岸の山も望めず、景色を愛でる事は出来ない。湖に出て右折し程無く湖面側に中禅寺が有る。拝観料金500円を支払、湖に沿って仁王門が有り、
50m進むと湖に向かい合う用に本堂が建ている。本堂右側が待合室になっていて、 何人か集まると案内人(修行僧)が先導で建物の中に誘導し観音菩薩の説明をした後、 販売しているお守りの説明を始める。中々商売上手なお寺さんと思う、数名が守りを購入していた。中禅寺は納札箱が有るのだが、上に品物が載せたありお札を納める事が出来ない。又 納径も落着いてあげる事が出来ない。今迄無い経験だ。修行僧侶も数名いてその他お寺の使用人もいて、檀家さんを持たないとの事で集金は大変と思うが、観光地内に存在し観光客と納径者と一諸にして堂内を案内されても、納経をあげるタイミングは難しい。あまり良い印象は無い。
11時20分に次の17番出流山満願寺向う。満願寺手前1kmの道は、両側に採石場が有り、ダンプカーの往来が多く、砂埃が舞い上がり走行しずらい。歩行や自転車の走行での往来は不向きだ。13時10分に満願寺に到着、
栃木県栃木市第 17番満願寺
満願寺仁王門 1735年建立 昭和初年茅葺屋根から金属屋根に葺替え
満願寺本堂 1764年再建 八間四面入母屋造り唐破風向拝付
満願寺 懸崖造りの奥の院 1716~1736年頃建立とされている。
5階建のホテル様式の建物と2階建てのコンクリート建物とが続き奥2階建ての1階部分が納径用品の販売と納径所になっていて、その前を横切り、本堂へ向かう。本堂の直前まで池があり、山門から本堂に直接、進む用に設えてはいない。本堂の両側と後面は山に囲まれ、前面だけが開けていて、納径後 うしろを振り向いた時の、壮快な気分を味あう。ここの本堂は 軒下の軒はり全てに、龍の彫刻が施され、壁面も彫刻が有り、手の込んだ建築物だ。本堂裏に 徒歩で20分の所に、岩側面に建つ奥之院が有る、画像の取れるとこまで進み、途中で引返す。納経の書き手が若い女性で驚く。 コンクリート5階建の建築物に疑問を生じたので、尋ねると以前は200名も宿泊出来る宿坊で、対震対策が出来ないので、現在は使用していないとの回答を得る。
納経帳を見ると墨書中央に大御堂と書かれている。
修行僧や職員が大勢見掛ける。14時満願寺を後に水澤寺に向かう。
群馬県渋川市 第16番水澤寺
水澤寺仁王門 1787年に建立、瓦葺き入母屋造り三間一戸八脚門向唐破風付楼門
水澤寺本堂 1787年再建 瓦葺宝形造り向唐破風付
高速道路駒寄PAに出入口を設けてくれた事に感謝する。但しETC設置車と小型車のみで、 ゲート巾が狭いので通り抜けに注意が必要だ。駒寄出口から16km約30分で、水澤観音に到着、水澤観音近くには、道路傍に大きな、うどん屋が何軒も店を連ねている。巷で聞く水澤うどんとは、ここのうどんの事と知る。水澤寺の駐車場を 探したが判らず、寺入口の石段前に駐車スペースが有るので、そこに駐車して石段を上る。登りきると広場の正面に本堂が有り、15時15分の時間なのに、本堂を50代の女性5名ほどが掃除をはじめ、本堂の扉も閉められ、これでは納径の気も削がれる。そこそこで納経を済ませ、御朱印を頂きに納径所へ、70代後半の住職と思しき人が居眠りをしていた、販売店の女性に起されて書印して頂く。 15時半前の時間で書印の住職の今日のお役御免の解き放ちらしく、納径所から引揚げて行く。
第15番長谷寺 群馬県高崎市
15番長谷寺に今日の納経終了時間を電話で確認を取ると、今日は出掛けるので16時に終了すると云われ、これから向うと伝え、長谷寺まで16km30分の道程を急ぐ、16時15分に何とか到着。 住職が清掃の最中で納径所に先に断りを入れ書捺印を頂く。長谷寺は山頂近くにあり、道路に沿うように仁王門、50m程の参道に本堂となり、道路と山の、のり面の狭い敷地面積に建てられている。駐車場から見通せる、高崎市内の風景が一望できて、今日の各札所で遠方迄見通せた所は、初めてで眼福である。
16時45分高速高崎経由所沢ICで18時半に帰宅。
5月26日 晴 車で参拝、家を7時30分出発
第20番西明寺 第24番楽法事 第25番大御堂 第26番 清龍寺
第20番栃木県益子町独鈷山西明寺 10時45分着
西明寺楼門 1492年建立 重層茅葺入母屋造り楼門 国重要文化財
西明寺楼門裏見、右側三重塔は1543年建立 国重要文化財
西明寺本堂(観音堂) 胴板葺き宝形造り 本堂厨子は国重要文化財。
西明寺の楼門、焔魔堂など4棟の茅葺屋根の御堂も素朴ながら見どころがあり。
第24番番茨城県桜川市雨引山楽法寺
楽法寺仁王門 1628年再建 入母屋造り楼門
楽法寺本堂 入母屋造り唐様建築1間流破風付
楽法寺境内から見る風景
楽法寺納径後に頂いた手拭い、10年経つのにいまだに使えず大事にしている。
第25番筑波山大御堂 茨木県つくば市
神社駐車場脇に筑波山大御堂が有る。本堂と傍らに4坪程の納径所、神社の参拝する人は沢山いるが、大御堂の参拝はその1割も満たない。明治維新後に神仏分離により筑波神社が残り大御堂は神社の陰になってしまったと、大御堂女性職員の話、尼さんと女性職員の2名で維持をしているようで、職員さんによると尼さんはニコチンアレルギーで自分は禁煙して半年、御朱印は職員さんにお願いする。50代尼さんの書捺印で、書の中央の梵字の下の大悲殿の文字が、大きな悲しみと見るのは私だけか。
かっては、「大御堂」という寺院は「筑波山神社」の別当院であった。
2時5分26番清瀧寺に向う
第26番土浦市南明山清瀧寺
清龍寺仁王門 1818年建立、銅板葺入母屋造り三間一戸八脚門楼門
清龍寺本堂
1969年不審火による焼失、1977年再建、銅葺宝形造り1間向拝付鉄筋コンクリート造
筑波山山麗を東に走る15分程で、清瀧寺に着く。山門と本堂、納経所の三棟、前半の二ケ寺に比べ、しっそりした佇まいのお寺さん。手伝いとおぼしき80代の男性2名が墨書入れ捺印をし、他に寺の関係者は見渡らず、周りに墓地も見渡らず、侘しい佇まいのお寺であった。清瀧寺の 今日の納径参拝者は私を含め5人の名前が書き連ねていた。15分程の参拝で済み、14時30分、今日の予定の参拝を終える。
6月2日 火曜日 晴 6時45分出発
本日の巡拝予定 第21番日輪寺 第22番 佐竹寺 第23番正福寺
第21番日輪寺 茨城県大子町 10時10分着
日輪寺駐車場から境内に登る石段。

日輪寺本堂 金属屋根入母屋造り1間流向拝
10時10分日輪寺に到着。八溝山の略、中腹にお寺が有る。コンクリート製の本堂と、朽ち掛けている2間4方の古びた旧観音堂の2棟。お寺でも墓地は無く、檀家もいない。納経帳の書き手曰く、寺の維持に茨城の大きな寺2ケ寺の協力で、賄われているとのこと、寺の今昔、納経金など諸々の話を伺う。75歳位の男性一人で留守番と墨書、捺印を務めている。 冬は三か月程、道路事情で閉鎖しているとの事。
第22番 佐竹寺 常陸太田市妙福山
佐竹寺に13時着。県道61号沿いに仁王門、本堂と並び大きな寺ではない。
佐竹寺仁王門 重層瓦葺入母屋造り楼門、ペンキ塗り建て仁王様は留守でした。
佐竹寺本堂 茅葺屋根、柿葺裳階付唐破風付 入口には小さな石仏が並ぶ。
本堂入口に所狭しと貼られた千社札札の数が歴史をさそう。文化財に千社札は禁止されているのだが、古き名残が残っている。
本堂は茅葺寄棟造り、本堂正面に庇は杮葺き裳階の唐破風付、国の重要文化財との事ですが、屋根に草が芽を吹き所々痛みが見られる。建物自体も白木のまま、 歴史を重ねてきた趣きが有るのだが、何故か埃にまみえ物悲しさを感じると、自分には映るなだが、考え過ぎなのか。仁王門はペンキ塗りたての札が有り2体の仁王様は不在でした。住まいを兼ねた納径所で御朱印を頂き、13時20分次の札所向かう。
第23番正福寺(庵主墨書) 佐笠間市白山 14時到着
道路を隔てて公営笠間稲荷駐車場が前にあり、正福寺改名前は観世音寺の名残。
駐車時前の正福寺入口、前方の40階段を段程登り高台の広場に本堂と鐘楼がある。
正福寺に14時に到着。木階段を登った境内は本堂と鐘楼の2棟。
鐘楼に鐘は無い、灯明、線香を上げ、札納めをして本堂の階段下で、納経をし、御朱印を頂くときに本堂の中へ招かれる。堂内の見学を許され、まじかで脇侍の左から毘沙門天立像、右に不動明王立像、共に1444年製作、笠間市指定有形文化財に、中央に何が置かれていたか記憶に残ってはいない。
正福寺本尊は十一面千手観音座像、座高58㎝寄木造り、鎌倉時代中期の作、茨城県文化財。 納経帳の返却時に庵主から参観のお礼にと十句観音経を唱えられ、謹んで聞き入る。 14時30分、帰宅の途につく。
6月6日 土曜日 雨のち曇 バスツアー ツアー代金 8990円
千葉県千葉市29番 千葉寺 長南町31番 笠森寺 木更津市30番高蔵寺
新都心駅に6時35分着。今回のツアーは45名参加でほぼ満員。高速道路は箱崎迄ノロノロで、9時40分に千葉寺に着。
千葉市内だが高台に有り、周りに緑が多く、本堂はコンクリート製で興味が湧かないが、本堂前の樹齢1200年の銀杏の木の観とめる。10時10分に出発して、笠森寺に11時10分着。長いS字の階段を登った山頂にあり。仁天門の間から本堂が眺められ、本堂は岩の周りに長い柱の木組をし、その上に本堂が建つ四方懸造り、 岩の上に本堂が浮いている様に見える、岩の下から直角に曲がる木製の長い階段が、設えており重要文化財になっており、正面は京都の清水寺に見る。
鐘楼から響く鐘の音は、遠く迄響き渡り、良い音色で心の中を、通り過ぎてゆく。南方の景色も遠く迄、見通せる。11時40分に出発し、圏央道で小湊鉄道を跨ぎ、12時40分富津市で昼食を取り、木更津港で土産購入に立寄り(はまぐりの佃煮を購入)、15時10分高蔵寺着。高床式(2.3m)の本堂の中の、楠き1本彫りで、高さ3.3mの観音像を、入場料300円を支払、 床下から望めるが、製作年数が新しい観音菩薩像にと思われる。又、床下に並べた、諸仏も文化財と呼べる品は無く、興味の湧く物は無い。 15時50分高蔵寺を出る、東京湾、海ほたるの有る、アクアラインを通過したが、何故に観光名所になったか、疑問がわく。東京に入り高速が少々の
混雑が見られたが、到着予定の6時に10分遅れで、新都心に到着。
第29番千葉寺 千葉市中央区
第30番高蔵寺 千葉県木更津井
第31番笠森寺 千葉県長南町
ツアー巡礼では団体行動が優先され写真撮影ができない。
境内に入ると自由時間は無い。 ゆえに、各、寺院の納経帳の墨書、朱印を撮る。
7月22日 水曜日 晴 6時起床 電車参拝
武蔵浦和駅、7時02分発の電車に乗り武蔵野線西船橋で総武線に乗換、千葉駅で総武本線に乗換10時15分銚子着。ここから徒歩でヤマサ醤油工場を通り過ぎ、仁王門前に出る、ここまでの道程20分。観音堂エリヤは1971年に再建される。
園福寺本坊エリヤは観音堂から200mほど離れた、本坊、大師堂があり
この大師堂も大きな建築物で江戸後期、百五十年の歴史を刻んでいる。
灯明、線香、納経を済ませ、納経所で御朱印をお願いをしたら、寺側で掛け軸の虫干しをしているので、見物が出来るからと勧められ、大師堂の中に掛けれている掛軸三十五福を見学。初めは何となく眺めていたが、落観に英 一蝶の名を見つけ、
頂いた資料を見ると、英 一蝶、竹下夢二、狩野常信、富田渓仙、汝南周の名前を見つける。改めて掛軸をじっくりと見直す、まるで美術館。良いものを見せて頂いた。預けておいた納径帳を頂き、駅に戻る。銚子で一時間の余裕を取り昼食を取る積りが、食堂で食べる時間はなく、キヨスクでサンドイッチとコーヒーで済ませる。
圓福寺観音堂 1971年再建 本瓦入母屋造り向唐破風
本坊、1848年再建 瓦葺き入母屋千鳥破風
銚子駅12時7分発成田線清河迄約1時間の13時10分着、徒歩20分
第28番滑河山龍正寺 千葉県成田山 13時32分着
通称滑河観音 仁王門 茅葺寄棟造り三間一戸八脚門
龍正寺本堂 1698年建立 銅板瓦棒葺1間流向拝付
龍正院滑河観音は成田空港に着陸する低空飛行の機影を眺めつつ、県文化財の茅葺屋根の仁王門、道路沿いに並ぶ宝篋印塔、県文化財の宝篋印塔、県文化財の本堂と、 この場所だけが違空間の世界、時が止まている様な時間を過ごす。
納経所で若い剃髪した尼さんから御朱印を頂く。真夏日の中、汗をかき、駅に戻る。
本日二ケ寺の感想
二十七番札所飯沼観音は寺職員の方々の親切に頭の下がる思いである。
二十八番札所滑河観音の尼さんの対応も大変良く、気分良く家路に戻る事が出来た。
7月25日 日曜日 晴 5時起床 電車参拝
JR外房線長者町駅9時25分定時着、清水観音まで約4.1㎞徒歩50分、真夏の日差しを受け10時15分、清水寺に着く。仁王門を潜り、階段の途中に朱色で塗られた四天門、本堂と続く、本堂正面庇には杮葺き裳階(もこし)の唐破風付 明灯、線香、上げ、札納めを墨書を頂き、長者町駅まで戻るも駅周辺には食堂も売店もなし。
第32番清水観音 千葉県いすみ市

清水寺四天門 1822年建立 1974年改修、胴板葺入母屋造唐破風向拝付
清水寺本堂 1817年再建、本堂正面庇には杮葺き裳階(もこし)の唐破風付
明灯、線香、上げ、札納めを墨書を頂き、長者町駅まで戻るも駅周辺には食堂も売店もなし、電車車での40分日陰のベンチでただ待つのみ。
長者町駅から那古船形駅まで約2時間、那古寺まで徒歩20分、約14時30分着
第33番那古寺 千葉県館山
那古寺仁王門 1961年建立 三間一戸瓦葺き入母屋造軒唐破風付

那古寺境内から東京湾を望む。
2015年7月25日が坂東巡拝最後、日記を覗くと暑さに苦労をしているようで、
時間経過が書き忘れている。
坂東巡拝の撮影には人の途切れた時を待って撮影しているが、団体さんの参拝や浅草寺のように人の途切れることが無いので、遠目で撮っている。
第17番満願寺の墨書は中央に大御堂 第25番大御堂の墨書は中央は大悲殿
納経帳と結願証「巡拝畢」です、原盤は名前が入っていますが消してあります。
投稿日が2026年、11年の時が過ぎ、現実と画像の違いが随所に見られ、
特に第15番白岩山長谷寺は山門と本堂が新築され、第25番筑波山大御堂も石段と本堂が新築されている。11年前の画像と現在の違いが歴然としている。






































































