日光御成街道その2 東川口駅から岩槻駅

 日光御成街道は川口宿から鳩ヶ谷宿に入り坂下町が大宮台地の先端、鳩ケ谷支台、台地を登り、前回の段丘崖下にある東川口駅付近の台地の御成街道が18から19mの標高となっている。武蔵野線の跨線橋を越えて850mほど進むと右に段丘を下る坂道があり、さいたま市東大門貝殻坂と名付けられている。この坂道が鎌倉中道で、日光御成道と鎌倉中道の分岐になっている。次の大門宿付近まで18m前後を維持し国道463号や東北縦貫道の高架橋を過ぎるると小さな登り下りを繰り返すが標高は13mを維持している。

 

1-9:25 東川口駅

2-9:30 武蔵野線日光御成街道跨線橋

3-9:34一本木諏訪神社

安永5年(1776)の10代将軍家治と天保14年(1843)12代将軍家慶の(最後の日光参拝)の際の将軍の小休所になった。(神社説明板)より抜粋

   私見

 大門宿まで1㎞程の所で休憩を取るとはと慮るが神社裏は鳩ヶ谷支台の段丘にあり、

東側は段丘崖で約14mの差があり、一番景色が良い場所と云われ、当時は4.5㎞ほど先の越ヶ谷の日光街道、筑波山まで見通せ、景色見の小休止と思われる。

4-9:41貝殻坂、左日光御成道、右鎌倉街道中道、赤羽から続いたここが分岐。

芳賀善次郎著作「旧鎌倉街道探索の旅・中道編」によると坂を下がる道を下道、台地上の道を上道と呼ばれ東方低地に下る下道は水害が多い道だったのではないかと記されている。因みに下道を使って日光参拝を果たしたのは2代将軍秀忠の2回のみ、

3代将軍家光の時代には日光御成道の整備が始まり台地上が日光御成街道になる。

貝殻坂の勾配は9.5%、さいたま市の無名坂を除いて名付けられた28坂の最勾配。

 

 貝殻坂上から東を望む、左遠くに筑波山、当時、東照宮参拝の時代は見通せた。 

 5‐大門宿本陣表門 元禄7年(1694)に建立され、文政7年(1824)に修理されたと門柱に記録されている。 県指定文化財 個人所有の建築物

 

大門宿脇本陣表門 安永5年(1776)徳川家治日光社参に際し建立。市指定有形文化財

さいたま市文化財探索時2016/9/21の画像、当時は修繕中、個人所有の建築物

 修繕後の大門脇本陣表門  2018/5 さいたま市文化財の画像から出典

 6-10:00 東北自動車道高架橋から北方向を望む。

 7-10:21 国道463号と県道105号御成街道の交差点

 8-10:36 大崎2559 野ざらしの庚申塔 享保4年(1720)状態が良い

 9-11:40 天久保坂


10-11:42 さぎ山記念公園

 

野田のサギ山のサギの減退  さいたま市 浦和市立郷土博物館編集

1957年(昭和32年)頃には営巣は最盛期を迎え、巣の数6000個、親鳥1万羽、

ヒナを合わせると3万羽になりました。しかし、1965年(昭和40年)ごろから数は激減

遂に1972年(昭和47年)にはサギは営巣しなくなり、250年に渡る歴史の幕を閉じる。

1984年(昭和59年)国の特別天然記念物の指定解除される。

  私見

250年以上存続してきた野田のサギ山の縮小と消失の原因は、1957年(昭和32年)に使用開始された除草剤PCPによる魚の大量死が1961年(昭和36年)に社会問題化。

この記事を見ると、さぎ山のサギの減少が2~3年の後で符号する。

その後に農薬の進歩、コメ余りによる減反政策、水田の減少。それによる餌植物の減少、農業構造の変化と1960年頃からの営巣林の枯死、一頃は総計3万羽、生存していたが、今は面影は無い。

広大な農作地も小さな生物には生存出来る場所ではなくなったようだ。

11-12:09 膝子一里塚

12-左県道105号、右の路地を進む、途中で県道65号と合流

13-12:50 県道2号線に架かる綾瀬川大橋陽井堰

14-13:01 東北縦貫道を潜り最初の信号左角に設置されている石人形。

 

14-加倉久伊豆神社の庚申塔、左、享保13年(1728)唐破風笠付角柱型。

  右、庚申塔 元禄15年(1702)唐破風笠付角柱型。

16-13:08 浄土宗浄国寺 天正15年(1587)岩槻城主太田氏房の開基

天正19年には寺領50石の御朱印状を拝領、浄土宗関東十八檀林の一つ。

17-13:17 郷土資料 昭和5年(1930)に建てられた岩槻警察署旧庁舎

昭和57年郷土資料として開館、2016年国の有形文化財に登録された。

 17-郷土資料館入口ホール

18-13:18 高札場跡 岩槻市本町1-17-10

 19-13:22 藤宮製菓 蔵造りの酒屋の建物を改装。

 同じ本町通りに蔵作の和菓子屋田中屋本店も創業から160年を越えている。

 20-13:28 岩槻駅到着。

 

  参考資料

 arch.shibaura.ac.jp

 芝浦工業大学 さいたま市岩槻区の歴的建造物に関する調査研究。

 芝浦工大工学部建築工学科 さいたま市内における近代和風建築に関する研究。

 

 「旧鎌倉街道 探索の旅・中道編」 芳賀善次郎著作 さきたま出版会

 

   私見

 岩槻市には文化財、天然記念物など日光御成街道沿いにも沢山あり、これまで過去に三日ほど文化財探索を行ったが、全部は廻れず、建築物などの調査不備の寺社、

商家の建築物は取上げていません。