「私、最近『メシ炊きババア』みたいでさ・・・」
友達がそんなこと言って・・・
笑っちゃいました。
子どもも大きくなってくると何時に帰ってくるのか
わからないことが多くなります。
「夕飯がいるのかいらないのか、はっきりせい~!!」
と何度も言っても教えてくれない。
というか、だれかに誘われたら夕飯はいらないし
誘われなかったら、家で食べるし・・
ということなんでしょうね。

そういえば私もそうだったかも?
母も同じ気持ちだったんだなあと深く反省。
携帯電話なんかなかった頃だし、
急に友達から誘われたら、
やっぱり遊びに行ってました。
でも家族のために食事をつくるということは
それだけで「しあわせ」じゃあないですか?
もうオムツかえたり、夜泣きになやまされたり、
歩きはじめの子どもの後を必死で追っかけることもない
今からおもえば、その時はたいへんだったけど
でも、それって、思いっきり「しあわせ」がつまっていた
と今なら思えます。

子ども達が高校生の頃、
お弁当つくりに頭を悩ましていたけど
それもいつかは終わりがくる。
終わってしまうと・・・
なんかひどくさびしいもの。
高校最後のお弁当は
めっちゃ、リキいれて作りました!
こんなことなら
もっときちんと心をこめて作るんだった!
(時々メンドクサイと思っていた私です)
そんなこと思います。
だって、いつかは子どもも家をでて、別所帯をかまえるわけで
「子どものために食事をつくる」ということは
実は期限が決まっている・・・
そう考えれば、その期限がくるまでは
ガンバって作ろうかな
という気持ちにさせてくれます。
今あるもの
すでに持っているものをたいせつに
あとから振り返ると
それが「しあわせのタネ」だったと気づくのです。
いま持っているモノを大切に!