先週のアナザースカイ 大久保嘉人の回を観て思ったこと。
大久保嘉人はJリーグの不動のイエローカードレッドカード王。
感情の起伏が大きいことの証明だと思う。
お前は観客じゃない。最初からプレーヤーだ。
スペインのサッカーでは、小学生でもクラブをクビになることがあるという。
残酷だと思う人もいるだろう。
しかし、その仕組みには一つの効果がある。
子どもたちは最初からプレーヤーとして扱われる。
誰も観客席に座っていられない。
自分で考え、自分で動き、自分で結果を引き受ける。
競争にはそういう力がある。
「やらなければ置いていかれる」
という環境は、人をステージへ押し出す。
しかし、競争だけでは足りない。
なぜなら、本当に大切なのはステージに押し出されることではなく、自分から上がりたいと思うことだからだ。
そのために必要なのが、僕の言う(いや、従姪からの受け売りだ)羽の生えた想像力である。
何かすごい人を見たとき、
「へえ、すごいね」
で終わる人がいる。
一方で、
「もし自分だったらどうなるだろう」
と考える人がいる。
その違いは能力ではない。
想像力だ。
海外で活躍する人を見たとき、
「自分には関係ない世界だ」
と思うのか。
それとも、
「自分が行ったら何が見えるだろう」
と思うのか。
起業した人を見たとき、
「大変そうだな」
と思うのか。
それとも、
「自分なら何をやるだろう」
と思うのか。
その小さな違いが、観客席とステージの違いになる。
僕はよく、
「人生の主役は自分だ」
という言葉に違和感を覚える。
なぜなら、多くの人は主役だと言われてもピンとこないからだ。
それよりも、
人生は劇だ。そして君は観客ではない。最初から出演者なのだ。
と言ったほうがしっくりくる。
ただ、多くの人は自分が出演者だと信じられない。
だから観客席から他人の人生を眺める。
あの人はすごい。
あの人は特別だ。
あの人だからできる。
そうやって拍手を送る。
しかし、羽の生えた想像力は違う。
ステージの上の人を見たときに、
「次は自分があそこに立ったらどうなるだろう」
と想像する。
失敗するかもしれない。
笑われるかもしれない。
それでも一歩前に出てみたくなる。
競争は人をステージへ押し出す。
しかし、羽の生えた想像力は、人を自らステージへ向かわせる。
だから僕は思う。
プレーヤーメンタリティを育てるために必要なのは、才能でも根性でもない。
何かを見たときに、
「すごいな」
で終わらず、
「俺だったら?」
と考える力だ。
その瞬間、人は観客席を立ち上がる。
そしてセンターステージへの階段を、一段上り始めるのである。
