昔、『地球の歩き方』という海外旅行のガイドブックが、
冗談半分に「地球の迷い方」と呼ばれていた時代があった。

 まだ海外情報が少なく、
載っている情報も結構いい加減だったからだ。 

人は、
ほんの少し外を見ただけで、
「世界を知った気」になる。

 1週間ニューヨークへ行った。 

数回シンガポールへ出張した。 

海外赴任した友達から話を聞いた。 


 すると急に、 

 「海外では〜」 

「ニューヨークでは〜」 

「世界では〜」 

 と言い始める。 


 でも実際には、
その人が見たのは、
巨大な世界のほんの断片でしかない。 


 ボクはアメリカに10年住んだ。 

ニューヨーク、ウエストバージニア、サンフランシスコ。

 香港、タイ、シンガポールにも長くいた。 


 でも、
「アメリカを知っている」
なんて全然思わない。 

 知っているのは、
“ボクが偶然触れた一部”
だけだ。

 なぜなら、
どこへ行っても、
その土地にはその土地のローカルルールがあり、
外から来た人間は結局ゲストだから。 


 そして日本に帰ると、
今度は逆に窮屈になる。

 外見が日本人だから、
「日本の大人の常識を知っていて当たり前」
と思われる。 

 でもボクは、
その“普通”をあまり知らない。 

 だから昔は、
「どこにも完全に所属できない」
感覚があった。 


 最近、
やっと思う。

たぶん人生って、
「正しい歩き方」を探すゲームじゃない。 

 むしろ危険なのは、
他人の作った不完全な地図を、
“世界標準”だと思い込むことだ。 


 『自分の迷い方』。 


 ボクは成功ルートを教えるなんて大それた事は言えない。

 これは他人の迷い方をコピーするのをやめて、
自分の頭で観測し、
自分の足で迷い、
自分の地図を描くための本だ。 


 「地球の迷い方」 


 その冗談がわかる人には、
たぶんこのタイトルの意味も伝わると思う。 


 ボクはバークレーでMBAを取った。

でも、ウエストバージニアのローカルバーで何を注文すればいいかは、卒業後も全然わからなかった。 

 ケインズが何を言ったか、
経営学者たちがどんな理論を作ったか、
ビジネスの世界の「正解」と呼ばれるものは、一通り知っている。

 誰かの言ったことを知っているだけでは何の役にも立たなかった。


 この本でやりたいのは、
そういう理論を要約して賢そうに語ることじゃない。 

 ボクが実際に失敗し、
悩み、
怒り、
迷い、 

海外で浮き、 

日本でも浮き、 

それでも観測し続けた中で、
「あれ?人間ってこう動くんじゃないか?」
と気づいた法則を話したいんだ。 


 面白いことに、後から調べると、世界の頭のいい人たちも、似たようなことを言っていた。 

 でも、 ボクの話は借り物じゃない。 

 ボクは、先に理論を読んで、
それっぽく話しているわけじゃない。

 自分で迷って、 

自分でぶつかって、 

自分で観測して、 

そこから演繹していった結果、
たまたま世界の知性たちと同じ場所に辿り着いていた。 


 正直に言う。
だからボクは、「俺はこんなことをやってきたんだ。すごいだろ」 という気持ちも、ちゃんとある。 

でも、 この本を読んでほしい理由は、「ボクの答えを真似してほしい」 からじゃない。 

むしろ逆だ。 

「それは違うんじゃないか」 ではなく、 

「俺だったらこうするな」
と思ってほしい。 


正解なんてない。 


誰にも完全に当てはまる地図なんてない。 


だから、ボクの経験も、ボクの理論も、最後はあなた自身の味付けをしてほしい。そんなヒントなればいい。


 そのために、まずは自分で観測し、自分で迷え。 

だからこの本は、
学問の解説書ではない。 

答が書いてある本ではない。


 「自分で観測し、
 

自分で迷い、
 

自分で考えるための本」