「格差社会は悪か?」という議論をよく見る。
でも、少し線を引いて考えたほうがいいと思っている。
日本は「格差が広がっている」と言われるけれど、世界と比べれば、所得分布のピラミッドはむしろ平らなほうだ。他の国はもっと縦に長く、差はずっと大きい。
それでも息苦しさがあるのは、格差そのものよりも、「移動」と「思考」の問題だと思う。
まず「移動可能か?」という話。
制度や環境の前に、本人に移動する気があるのかが問われる。
自分が努力して追い越そうとする文化なら、社会は前に進む。
でも、自分は動かず、人の足を引っ張ることで相対順位を上げようとすると、全体は必ず停滞する。
次に「説明があるかどうか」。
確かに説明不足は陰謀論を生む。
ただ、それ以前に自分で考えようとしない人が多いとも感じている。
分からないから陰謀論に行き着く。
けれど、それは「わかろうとしていない側」にも責任がある。
考えないから、分からないままなんだと思う。
「貧乏」は、金銭的な話だけじゃない。
目先のお金に追われると、30年後のことが考えられなくなる。それは、キャッシュが回らず未来投資ができない経営者と同じ構造だ。
そして、お金の問題がなくても、目先のことしか考えられず、30年後を想像する創造力がない状態。
それもまた「貧乏」だと思っている。
頭が、時間的に貧乏。短期でしか物事を見られないと、努力よりも妬み、成長よりも足の引っ張り合いが合理的になる。
でもそれは、個人にも社会にも、未来を残さない。
だから問いはこうだと思う。
格差社会は悪か?ではなく、
どれだけ先の未来まで考えられる人が、この社会にどれだけいるか。
本当の格差は、収入差よりも、
「想像できる時間軸の長さ」なんじゃないかと思っている。
給食費タダ
子どもがより多くの選択肢から自分で選べるようになる環境
どっちがどっちだろうか?
