すごい風です 🌀
ご出勤等の みなさま、どうか ご安全に  

ゆうべのお稽古は、国体からお帰りになった 教士 o先生の 土産話を伺ったり、” 痛くて 引けなくなってしまいました ”と 話すと、ラジオ体操を例えに、分かりやすく ご指導してくださったり 
初心のうちは たくさん引いて、自分の 痛くならない引き方を 知ることが 大切だと 教えてくださりました 

なるほど … 💡
自分のカラダの痛みは 自分にしか 分からない
痛くなるということは 自分に合う 正しい引き方が できていないということ 
自己流にならず、痛くない部分を 使えるように 
自分のカラダを 操縦しなければ 
ちゃんと カラダが 教えてくれてます 

最近、夜に 来てくださる時間が増え、喜んでいる 私たちです✨
ありがとうございます✨

武道館の 大きな鏡の前で、ひとり 射形確認して
息合いで 座る動作などを やってたら、女神 mさんが 射場でやったらいいよ〜〜 その方が 目が届くから って 言ってくださって  そそくさと 射場へ 

久しぶりに、ご結婚されたばかりの mさんが、電車の時間が あいたからと 弓道場へ いらっしゃいました✨
停車していたところに 一方的に 追突され、入院されたりで 大変な目に 遭われたのだそう 
トラウマで 運転できなくなってしまったので、電車で通勤されているとか … 
心の傷が すこしでも 早く癒えますように … 

私も、車で いろいろなところへ 行くようになったので、運転することに 責任を持たなければ と 思いました …
療育中に 聞いたのですが、車の中って、自分の家や 部屋にいるのと 同じ感覚になるのだそうです。

その療育では、まだ小さな 障害を抱える子と あえて 大変な 交通機関を利用することで、そこでの ふさわしい振る舞いを学んだり、自他の区別を 意識することの意味 などについての 学習だったのですが、事故を起こすことも 脳内では 同じことが言えるのでは と 思いました。

自分の部屋にいるということは、周りを意識していないということですもんね 。
暴れても 大きな声を出しても、周りに 目がなければ  意識しようがないことです
実は 迷惑をかけていても、部屋の中だから 気づかない。

怖いことですね 

痛みの話に 戻りますが、病気や ケガなどで 行動が制限されると、自分のやりたいことを優先的に 考えるようになりますね 
人生の 指針を 見つけやすいというか

できないことを 嘆くんじゃなくって、できることを 模索する
その中で、自分の やりたいことを 選んで行く。

不調は、自由になるために 神様がくださった ギフトなんですね 

私は、小さい頃から 自由にならない( 弱かったり、思い通りにならない 含め )カラダのことで ずいぶん悩んできましたが、そんな風に思えれば、生きることが ずいぶん ラクになります。

好きなことだけをしていたら、必ず 非難する人が 出てきますが、そんなのは 好きなことをする オマケのようなもの。
オマケなんだから、いらなければ 手放せばいい 


わが家の 可愛いにゃんこも 
そーやって 生きてったら いいよ 

母親が 子供を愛するのは あたりまえ。
だけど、血のつながりがなくても 
愛することはできるし 
消えて無くなるものでもない

愛すること 愛されることを
おそれなくていい

私が、その証明  

態度に出さなくても 
求めたかたちと ちがっても
それぞれに 同じだけの愛を 


ありがとうございます✨


痛みが引くまでは、徒手と 紐で 射形を カラダに叩き込もうと思います 
大きな鏡が 欲しいなぁ