ハワイ州旗のこと
国旗のホイスト=竿側の、上半分のことを、
旗章学用語でカントンといいます。
オーストラリア国旗の中の、
ユニオンジャックのようなものです。
ところで、ハワイ州旗のカントンにも、
ユニオンジャックつまりイギリス国旗が
入っています。
イギリスの旧植民地の旗などには、
たいてい入っています。
しかし、
ハワイは歴史上一度も、
イギリスの植民地になったことはありません。
ご存知のように、
欧米人によるハワイ諸島の発見は、
イギリスのクック船長ということに
なっています。
実際は、それ以前にも
スペインあたりの船が
立ち寄ったことはあるようなのですが、
記録に残っていないため、
不明なのです。
クック船長の船団はもちろん、
ユニオンジャックをつけて
ハワイにやってきました。
そのときの王族の一人であった、
若き日のカメハメハ大王
(まだ王にはなっていませんでしたが)
も、クック船長と面会したといいます。
やがて、ハワイ島に王位継承問題がおこり、
カメハメハがその有力者として活躍します。
ときにキラウエア火山が爆発し、
カメハメハと戦っている相手の軍が、
溶岩流で大勢、死んでしまいます。
火山の神が、
カメハメハに味方していると、
思われたので、
優位に立ったカメハメハは、
一気にハワイ王に即位します。
カメハメハはハワイ島だけでなく、
ハワイ諸島の統一に乗り出します。
そのとき、重要な鍵をにぎるのが、
欧米船から買い付けた、
銃や大砲などの近代兵器です。
カメハメハは、むろん、
ハワイ古来の文化や信仰を
大事にする王でしたが、
武器などは積極的に
欧米船から買い付け、
諸島の他の王たちよりも、
優位に立っていきます。
そのとき、
欧米船のような船が
欲しいと思った
カメハメハは、
英国船のマネをして、
ユニオンジャックを
自分の船にかかげました。
実際のところ、国旗の意味なんて、
カメハメハにはよく解っていなかったのです。
ところが、ときにアメリカ独立戦争がおこり、
ユニオンジャックをかかげた
カメハメハの船は、
アメリカ船の攻撃対象となりました。
それを知ったカメハメハは、
こう言ったといいます。
「この旗がいけないんだったら、
他の旗に付け替えるさ。
ぼくは色んな旗をもってるんだからね」
欧米からの新しい武器を導入した
カメハメハは、いろいろ苦労があったとはいえ、
とにかく、ハワイ諸島全域の統一に成功し、
カメハメハ大王と呼ばれるようになりました。
そんなわけで、
国旗というものの意味を
ようやく実際に知ることとなった
カメハメハ大王は、
慌てて、ハワイ独自の旗を作るように、
イギリス人に注文しました。
そうしてできあがったのが、
今のハワイ州旗なのです。
英国は宗主国でもないのに、
ユニオンジャックがカントンにつき、
7つのストライプは、
ハワイ諸島の7つの主な島を
表します。
ときは流れ、
ハワイ王国が、
アメリカによって
滅亡され、
なかば強制的に
アメリカの州となった
ハワイ州でありますが、
ハワイ王国の国旗だけは、
そのまま引継ぎ、
今でもカントンに
ユニオンジャックが
入ったままになっているのです。
カメハメハ大王は、
親米的というよりは、
親英的だったかも知れません。
すなわち、王国として、
王を戴いている国どうし、
理解しやすかったのかも知れません。
歴代のハワイ王室の8人の
王様たちも、
たしかに親英的な王様が
多かったようでもあります。
でも、7代めの、
カラカウア王は、
強力に押し寄せてくる
アメリカの圧力に
対抗するため、
ポリネシア諸国と
連帯して、
太平洋連合国を
構想したりしました。
そして、その後見役として、
急速に近代化に成功して
王政をしいている国、
つまり日本に期待を寄せ、
明治天皇に謁見をはたし、
自分の姪の、
プリンセス・カイウラニと
日本皇室の山階宮定麿親王との
縁談を提案したというのは
有名な話ですね。
日本がまだ、
アメリカに対抗しうるだけの
国力をつけていないという
理由で、
この縁談は日本側から
断られることになりました。
もし、その縁談が実現していれば、
ハワイ国旗のカントンは、
日の丸だったかも知れません。
できるだけ、要領よくまとめようと
思ったのですが、
イマイチ冗長な文ですみません。






