北欧のギャグセンス
デンマーク人のギャグセンスについて
いろいろ考えているのだが…
たとえば日本を代表する笑い話って
いったい何なのだろう。
「パンツに穴があいてるよ」
「またかい」
みたいな地口の小話だろうか。
(幼稚園の子供はパンツと聞いただけで爆笑するらしい)
人がずいぶん短く散髪したとき、
「散髪代のもとをとったね」
なんて挨拶するのは、
ギャグセンスなのか?
デンマーク人も、その場合、
同じような発想をするそうだ。
アメリカ人はそんなとき、
「座った位置が散髪屋に近すぎたね」
なんていうらしい。
どうも、アメリカのほうが面白い。
フィンランド王国から
白薔薇騎士一級章という勲章をいただいた
さる高名なフィンランド研究家から、
フィンランドの小話をうかがった。
「天国には神様がすわっててね。
人が死んで、天国にあがってくると、
神様はそのたびに立ち上がって、
新しく来た人と握手をするんだ」
「でもアデナウアーが
天国にやってきたとき、
神様はすわったまま握手をした」
「お付きの天使が神様に、
『どうしてお立ちにならなかったのですか?』
と、聞くと、
『そんなことしたら、
ヤツにこの席をとられちまう』
と言ったそうだ」
アデナウアーは西独の初代首相。
ヒトラーとの握手を拒否したため、
ナチス政権下では辛酸を舐めた。
しかし戦後の混乱の中で、
西独首相という重職につく。
ところが、フィンランドの小話は
ここでは終わらない。
「この小話を聞いた
フィンランド大統領のケッコネンが、
笑いもせずに、しみじみと
『そうか、オレも天国にいけるんだな』
と言ったという」
あのアデナウアーが行くぐらいだから、
オレでも行けるだろう…
という気持ちなのだろうが、
なによりも小話の通じない
ケッコネン大統領というのが
笑いものにされている。
高名な研究家先生は、
「フィンランドのギャグは、
どうもしつこくて、
めんどくさいんですよね」
っておっしゃっていた。
デンマーク人の男性に、
女のお子さんができたとき、
その友人は、きまって、
「おまえにそっくりだね。
…でも大丈夫、服を買えばいい」
というらしい。
かわいい服をたくさん買ってやれ、
という意味なのだが、
「でも大丈夫」ということばが、
このギャグのキモである。
もちあげておいて落とすみたいな、
けっこうギャグの基本ができていて、
ぼくは好きである。
それにしても、
デンマーク人は、
「陽気なおしゃべり」
という民族性ではない。
どちらかというと、
非常にまじめで、
ギャグもあまり通じない。
たとえば、
「あなたはバイオリンが弾けますか?」
と質問されても、
まじめな顔をして、
「わからない。弾いたことないから」
と答えるような人たちである。
本人たちはギャグのつもりでは
ないらしいから応対に困る。
でも、そんなデンマーク人から見ても、
ノルウェー人のほうがよっぽど、
ギャグの通じない人たちだと
認識されているらしい。
モンティ・パイソンの
「ライフ・オブ・ブライアン」
という映画が、
宗教上の理由から、
ノルウェーでは上映禁止だったのだが、
そのときのデンマークでの宣伝文句が、
「ノルウェーで
上映禁止になるほどの
面白さ」
だったという。
このギャグセンスに関する考察も
少々くどくなって、
フィンランド的になってきたので、
ここらへんでひとまず打ち切ることにする。
長々と最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今宵、みなさまにとって、すばらしいクリスマスイブで
ありますように。メリー・クリスマス!