外灘旅情
今回も「昭和」というよりは、イラストなんですが、
昭和初期の人々にとって、
偏見に満ちた中国人像は、こんな感じでしょうか。
日本兒童文庫25「世界童話集」のために
お描きになったものです。
昭和4年刊です。
清朝末期がいかにも世界の中では、
時代遅れのものになっていたのはたしかですが、
逆に昭和初期の上海は、すでに
非常にモダンな街となっていました。
その時代のノスタルジアもこめて、
前回にもご紹介した雑誌「姑娘」の
第28号(1983年5月刊)の表紙絵には、
「外灘旅情」と題して、上海の画を描きました。
今回、ちょこっと彩色してみました。
上海万博も終わりましたが、
今でもどんどん変わり続ける上海、
ちょっと寂しく感じながら、
ノスタルジーに浸っています。
2年前の春、友人と一緒に中国旅行して、
上海から船で帰国したのはとても
いい思い出です。
また、行きたいなぁ。
奇しくも、閩晋漁5179という「工作船」もしくは、
体当たり目的の自爆テロ船の動画流出の話題で
もちきりの日になってしまいましたが、
ぼくがこの画を描いたのは約30年も前、
日本の船で、上海に行く平和な状態を夢見てのことでした。
たしかにあの体当たり攻撃の蛮行は問題ですが、
ここは、百歩譲って、国際関係を重んずるとしても、
そういう状況を生み出した民主の状況、
さらにすべてを沖縄地検のせいにして、
責任逃れをしようとした日本の現政権こそ、
今の私たちに変えることのできるものだと思います。
ぼくの憶測ですが、このビデオはとっくに中国側に
提示されていて、中国に捕られた日本社員の命と
ひきかえに、日本政府は公開しないという約束を、
仙谷がとりつけちゃってたのではないかと思います。
なんにせよ、国民にすべてを知らせない
秘密主義の民主糖政府のやり方です。

