世の中に絶えて桜のなかりせば…… | 日刊「きのこ」 skipのブログ

世の中に絶えて桜のなかりせば……

京阪に御殿山という駅があります。

その名の通り、「御殿」のあった「山」なのでしょう。

今、その山の上には、神社があります。


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ほんと山の上です。


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まわりは坂だらけ。
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昔、昔は淀川の水際は、この山のふもとまで来ていたらしく、

この山の北側のふもとの地名が「渚」です。

そこに、惟喬(これたか)親王の狩猟用の別荘がありました。

その別荘の名を「渚の院」といいました。

その跡地は、後にお寺になっていたのですが、

今は、そのお寺もなくなり……

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フェンスで囲まれた空き地になっているだけ。


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いくつかの石碑がありますが、

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お寺の名残の釣鐘にわずかに「渚院」という文字が読めます。


今は冬枯れで、葉を落としているこの木は、たぶん桜でしょう。

まだ植えてから2・3年でしょうか。


この「渚の院」で、惟喬親王の親友、在原業平が詠んだ歌が、

かの有名な

「世の中に絶えて桜のなかりせば

春の心はのどけからまし」

です。日本人は桜が大好きで、好きすぎて、好きすぎて、

「桜のせいで、春はのどかじゃないんだよ~」

と詠んだのですね。

咲くとともに、すぐに散ってしまう桜の花、

在原業平は、桜の花に惟喬親王の身の上を重ねていました。

かの『伊勢物語』82段の話です。


ぼくが、ずいぶん前にここを訪れたときには、

桜も植えてありませんでした。

まったく「絶えて桜のなかりせば」状態だったのです。

桜の季節にはまだまだ早い今日、

やっぱり桜のない「渚の院」でした。




いやあ、それにしても寒かった。やっぱり春でないとね。

在原業平たちの70~80年後でしょうか、

ここを通ったときのことを紀貫之が『土佐ブログ』に書いていますね。