エネエチケーと著作権のこと
一昨日のブログ「こっそり内緒で」関係です。
万博少年のぼくは、エネエチケーの番組をたくさん観てきた。
少年時代の思い出は、かの局の番組とともにある。
でも、それらの思い出の、アーカイブを、かの局は、著作権保護のため、厳重に見張っている。
どこかのブログでアップしてたりしたら、すぐに削除を求めてくるようだ。
たとえば、「みんなの○○」というスポットのうた番組があるが、一生懸命、音源を集めて整理しているファンの人がいるのに、その音源はいっさい公開できない。
(以前は、だれでもすぐに楽しめるようにアップしていた。)
かといって、エネエチケーでは、たとえ有料でもそれらの音源は公開してくれていない。
せっかく「みんなの」と名乗っていながら、ぜんぜん「みんなの」じゃない。
インターネットでみんながどんどんYoutubeやニコ動を楽しんでいる世の中、
著作権のため、削除にやっきなのだろう。
エネエチケーの映像や音声はかなりアップしにくいようで、ためしに「いつここ」の「アルゴリズム○○」をググってみると出てくるのはオリジナルではなく、海外物
ばかりだ。まあこれは現行の番組なので無理もないか。
知的財産所有権が大切なのはわかる。
でも、それは本当の著作者(つまり原作者とかアーティストとか)にこそ帰せられるもので、局が会社としていつまでも主張するものではないと思うのだ。
どんな知的財産だって、人類の財産じゃないか。
どんなに制作に苦労があったって、広く共有してこそ財産じゃないか、と思うのだ。
あるドイツ文学者
は、その考えのもと、自分の著作をネットで公開している。
知的財産の公開と共有を利点とするネット社会とは、著作権はそもそも相容れないものなのか。
いいコンテンツをつくった人(それがたとえ素人のブロガーであっても、もっといえばたとえそれがパクリであっても)には、なんらかの報酬が与えられるようなシステムが構築できたらいいのに。
もちろんオリジナルを軽視しているのではない。
へたなパクリの中から、本物のオリジナルを見抜く力ぐらい、読者・視聴者も持ち合わせているのではなかろうか。
またオリジナル・コンテンツを作った人々は、広く公開されてこそ幸せに思うのではないだろうか。
そんなわけで、かの国営放送から削除命令が来ないことを願って、一昨日の「こっそり内緒で」というアップのしかたになってしまった。
本当は、堂々とこの思い出の番組について、たくさんの人と語り合いたいのだ。
懐かしんだりしたいだけなのだ。
ブツブツ・・・
ああ、長々と書いてしまった。ごめんなさい。
こんなグチのようなブログはあかんね。もっと楽しいことを考えよう。