「とーさん、おはよーー」
「おはよう」
彼には息子がひとり。
自分の子供だと言う感覚があまりにも薄く、困惑しながらも育ててきた。
あの。
朝の記憶。
抱きしめた体温。
腕の中で安心して泣き止んだちいさないきもの。
変死。
警察。
心停止。
救急車では無理。
まるで準備していたかのように。
なにかに教えられるように。
電話をする。
「妻が亡くなりました」
自分の声に驚く。
妻・・・・。
この状況ではそうなのか・・・。
彼はぐずりだした赤ん坊に気づくとごく自然に、おむつの確認。
慣れていることに、更に驚く。
そっと寝かせ新しい紙おむつとタオルを持って。
バスルームへ。
シャワーの準備。
素早く寝室に戻ると赤ん坊を抱いて。
「こんな場合なんだろうか・・・・」
つぶやきながら手馴れているらしい順序で湯浴み。
うとうとし始めた息子におむつをあてて着替えも終わらせ。
チャイムの音。
玄関へ急ぐ。
そこからがあまりにもとんちんかんで。
訪れた警察官が見たものはパジャマのままで赤ん坊を抱き、事件性の欠片も感じられず、悲愴感のまったく見られない通報者。
寝室には。
死体・・・・。
そして。
何故か妻のことだけを綺麗に忘れてしまった夫。
ひととおり。
作業を終え。
検死のために遅れて訪れた医師がつぶやく。
胸元。
白い胸に。
きずあと・・・・。
「心臓の手術を何度もなさっていたんですね」
なんぼんもなんぼんも。
ひどい傷。
「とーさん、今日連れて来たい子が居るんだ」
「ん?」
16歳。
あの日から16年。
ショックのあまり記憶を失った夫として哀れまれ。
周り中に支えられ。
とくに不都合無く、両親の手も借りて。
育ってしまった息子。
「カノジョ?」
「んーーーーーさぁ・・・?」
食べ終わった食器はいつの間にか息子が片付けてくれるようになっていた。
水音に混じって。
曖昧な答え。
「いいよ、今日は家に居るよ」
彼の亡くなった妻は資産家の一人娘。
名前ばかりの経営者の一人として、あのあとすぐに親族会社に迎えられ。
なんとなくお金にも困らないぬるま湯のような毎日。
毎日出勤しても有能な社員たちの邪魔にしかならないと言う事実。
休日をとって。
念入りに掃除でもしておこう・・・。
彼が主夫業に適性のあった自分に気づいたのはかなり前。
ケーキ・・・作ろうかな。
かなりのマメな主夫である・・・。