目覚ましの不快な音。
一日の始まりになんて騒がしいことだろう。
彼には。
ある一時期の記憶が存在しない。
憶えているのは。
この目覚ましの音。
体温を失った白い肌。
青ざめたくちびる。
開かないまぶた。
泣き叫ぶ幼いいきもの。
彼の毎日はまるで計画表があるかのように一定で面白味の欠片も存在しない。
朝5時に起きる。
目を覚ますための10分間のシャワーとインスタントのコーヒー。
綺麗に片付けられた、と言うより物の少ない無機質な部屋にはかろうじて緑。
家族が持ち込んで世話を強制した観葉植物がみっつ。
すでに記憶が失われてから過ぎた時間がとても長く、痛みすら感じていない。
喪失感がいったい誰のものであるのか。
それすらも思い出せない。
哀れみの視線の意味も。
そのひとのおもかげも。
すっぽりと抜け落ち、泣いたおぼえさえも無かった。
太陽が地平線を淡く染めてゆくと。
照明を消す。
カーテンを開け。
新聞を取りに行く。
三紙。
これも何故なのかわからないまま。
ただ機械的に情報を脳に流し込む。
もうそろそろ。
時計を振り返ることも無い。
台所に移動してふたりぶんの食事を作る。
これが彼の朝。