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自然な関係

ここでは、ノーマライゼーションの考え方に則り、人と人、社会と人、それらをつなぐ自然なつながり。そこにある確かなコミュニケーションの創造を求め、私が感じる日々の雑感を書き連ねたいと思っています。

きょうは、夕方から先ほどまで気の置けない親しい友人がうちに集まって、お茶やビールを飲みながらいつものように意見交換していたのですが、ちょうどそのとき、レコードがかかっていて、それを見た30歳代初めの友人がレコードの針は、内から外に向かって回っていくのではなくて、外から中心に向かって回っていくのですね。

…との発言。

私にとっては、レコードの針は外周の淵に針をのせて、回りながら中心に向かっていくということが当たり前に思っていたこともあって、内から外へとの発想自体に驚いた次第。

思えば、彼が生まれた80年代には、すでにレコードはなく、カセットテープの時代。

それも間もなくMDから、CDへと取って変わられた頃だから致し方ないことだと思う。

そこでよくよく話してみると、CDは、内から外に書き込まれていることがわかった。

私にはこれまた驚き。

外から内に驚き、今度は、逆に内から外とのことに驚き。

ちょっと賢くなった気がした。

まず、以下に訂正し、心よりお詫びいたします(ぺこり)。


昨日、提出用封筒に在中されているはずの書類が入っていないと、

>例によって入っているはずの用紙が一枚足りない。

>いつものことながら、いったいどうなってるんだろう?

…と書き込みましたが、実は、これに関しては当方のミスと判明。

私の作業を何かとサポートしてくれている優秀な女の子の言葉を信頼し、その封筒の中を確認することなく、その旨、説明し、学校にそれ以外の提出書類を出していたのですが、な、なんと、封筒の中に、ないと思っていたものが入っていたとのことだったのです。


…ということで、関係者のみなさんには、心よりお詫び申し上げまする。

ただ、言い訳になりますが、いつものことながらと書いたのは、やはり、これまで、ここ2年間に、入っているはずのものがなかったことが何度となくあったのです。
ご丁寧に角2の封筒の表書きに、在中書類名が列記されているのに、中にはそれがない。

何度、照合してもわからず、ましてや、入学早々のことだっただけにとっても困惑したことを今も覚えています。

と、こんなことを書くと今回のこちらのミスをミスとして認めてないように思われちゃいますよね。
はい、とにかく、昨日の間違いはこちらの間違いでした。

どうもすみませんでした。

きょうは、新学期になって、三日目。

1限目から、6限目まですべて平常通りの授業があった。

東洋医学概論、臨床検査学、病理学、運動系病態学…と、如何にも難しそうな科目が時間割を埋めている。
さらに、これらを履修するには、前年度に履修した、基礎解剖学・生理学の知識を覚えていなければならない訳で、それを覚えていないとなるとそこまでも復習しなければならないという、当たり前のことだが、この先に不安を感じてしまう。


まぁ、それはともかく、角2の封筒に様々な提出書類が入れられて渡された。

緊急連絡先票・スクールバス利用申請書…、が、例によって入っているはずの用紙が一枚足りない。
いつものことながら、いったいどうなってるんだろう?

毎年のことだし、担任が見えないとはいえ、サポートの職員もいる訳で…とまぁ、つい思ってしまう。


特別支援とは、職員のための支援なのか、それでいて、700万円もの給与が保証されているかと思うと力が抜ける。

そこに持ってきて、それらの書類を入れた角2の封筒が、他から何かを郵送されて来たものの再利用。

第三種郵便を思わせる開封の処理がなされているという。

確かにこれだけ見れば、少しでも経費を軽減し、税金の無駄遣いをしないようにとの涙ぐましい思考に頭が下がる思いになる訳だが、やはり、私は、偏屈なのか、このぼろぼろになった封筒を見るたびに、なんともわざとらしさを感じてしまいしょうがない。

ここ数年、盲学校の生徒の減少がみられるにも関わらず、職員の数に変化が見られないのはなぜなのだろう。

年金は減るばかりなのに…。

封筒の再利用も確かに必要だろうが、もっとマクロな見地から予算の見直しがなされ、効率的な学校の運営が必要なはずである。

体重:64.4kg
身長:174cm
BMI:21.3
体脂肪率:20.1パーセント
筋肉量:48.8kg(少ない)
推定骨量:2.7kg
内臓脂肪レベル:11.5レベル(やや過剰)
基礎代謝量:1393キロカロリー (多い)
体内年齢:48歳
体水分率:51.7パーセント

元旦に測って以来、三か月ぶりに音声体重計に乗ってんみた。
2kg減少、筋肉量もも減って、少ないという。
やはり、肺炎に罹り、二週間あまり寝込んだことは大きいようだ。


三か月と言えば、このブログへの投稿もそう。QRコードが比較的簡単に作れると知って、これはなんとか、賀状に生かしたいと、ブログの意味、本来の目的もあまり考えずに、毎ブログを立ち上げた。
いえ、友人に立ち上げてもらった。
結果、賀状にQRコードは掲載したものの、それで終わり。
でも、QRコードを携帯にスキャンし、ブログにつながったときは、おっ、わぁーっと、感動したことを今も覚えている。
でも、以来、断ち切れとなってしまった。


さて、きょう、平成25年度の生徒会総会が新執行部のリードの下、行われた。

冒頭で約20名程度の生徒会会員の自己紹介が行われ、ついで、各委員会や部活動の説明。

そして、配布された用紙に各自加入希望の部活名や委員会名を記入し、数日後には提出するようにとのことで、今回の総会は終わることになった。
が、その場には3名ほどの生徒会担当教職員がいた訳で、それらの方々は、ずっとずっと会の進行を見守っていたようだ。

とは、私、いえ私だけではないと思うが、見えない者にとっては、声が発せられない限り、誰がいるのか、誰もいないのかわからないのである。


そんな中で、ある教職員が「最後に、生徒会のしおりに記載されていることを知っているか」という。
「このあと、各自それぞれにその生徒会規約なるものを読んでおくように…」とのことだった。
が、それって、少し、いやかなりおかしいのではないだろうか。

2、3年生はともかく、入学二日目という新入生に対し、それがあるなら、総会開催に先立ってか、冒頭で生徒会の意味目的なるものを説明すべきなのではないだろうか。

いや、職員がしなくても、新執行部にその旨、アドバイスし、参加者がその意味を理解したうえで、総会に臨むべきことなのではないだろうか。

それこそが、会の冒頭で説明されなければいけないことなのではないかと思う。


思えば、このようなことはこれまでにもいくつもあった。

散々、散々、生徒の希望や要望を聞き、採決にまで至ったあとで、実はこれこれこのような決まりがあって、それは出来ないとか。

規約には何も記載されてはいないにも関わらず、問題が起きたあとで、それも個人にちらっとその場で忠告すればすむことを何日も経ってから、全体を集めて警告したり…。

はたまた標語やスローガンを募集しておきながら、決まったのは、いや決めたのはある限られた職員の独断的思考によって決定。

それも集めた標語やスローガンの中から、単語を拾って寄せ集め、それをもって、応募結果として、公表したりとか。

いや、何も結果発表しないこともある。
言い出せば切りがない。

これが、教育というそれも福祉を唱える教育現場のすることなのだろうか、大いに疑問である。

話は生徒総会にもどるけど、生徒の自己紹介があるのなら、その場にいた、それも担当の職員ならそれらの人たちの自己紹介はあってしかるべきはず。

同席した教職員は何の疑問も、いや、生徒の名前を聞きながら自分は名前すら名乗らないことに何も感じていないのだろうか。

そう、何も感じていないからこそ、何年も同じことを繰り返し、それを前例として進行してきているのであろう。
これは、決して一人、二人の教職員を個人的に批判している訳ではない。

そうしたことが堂々と認められている組織自体に憤りを感じ、抗議したいと思っている。

それにしても、なにかしら教職員の存在を想像しながらも最後の最後になって出てきての発言はこうした中に2年も居続けている私には、いささか、滑稽な感じがする。

そう、まだ名前すら名乗らないでだ。
こうしたことに疑問を持たないのが不自然、異常だと思うのだが…。

私、言いたくはないけど、還暦手前、いつまで経ってもこうした慣習、悪習に慣れることが出来ないでいる。

とまぁ、勢いでここまで書いてみたが、このブログではこうしたことも含め、様々な日々の思いを書き込んでまいりたいと思います。

久々ですが、でも、テストです。
勇気より、愛が大切〓


とは、テレビドラマ「とんび」より…。

愛、わからないけど、なんかそんな気がした。